眼の前で立っているのは、同級生の若松花(わかまつ はな)。
幾分小柄な花(ハナ)が、すぅっ、と息を吸って、
「部長就任の挨拶、したいと思います」
とわたしたちに告げる。
「新部長になる、若松ハナと申します」
そう、硬めの表情で言ったかと思うと、
「あの……。
部員のみなさん。
いつも、ありがとうございます。」
と…なぜか、わたしたちに感謝する。
いや、新部長に就任する挨拶だよね?? これ…。
…あたたかい笑いが起こる。
笑いが起こるのは自然な流れ、なんだけど。
「ハナ。もっと就任の挨拶らしいこと言ってよ。ビシッと決めていこうよ」
と…同期部員として、わたしはたしなめる。
同期部員だし。
しかも、わたしは……副部長に、なるのだから。
× × ×
「ハナを……部長に、ですか?」
猪熊先輩の意向を知らされたのは、先週のことだった。
『居残ってくれ』と言われたわたしの正面に猪熊先輩、左斜め前に小路先輩が座っていた。
わたし含めこの3人しか居ない放送部室だった。
「ハナを部長に指名する…理由って」
意向を告げてきた猪熊先輩に向かって、訊いた。
すると、落ち着き払って彼女は、
「かがみさん。ハナさんが部活を休んだことなんて、今まで一度も無かったですよね?」
「…はい。ハナは入部以来、皆勤賞なはずです」
「それに、遅刻したことも無い」
「…はい」
「まず、そこが――部長職に適任である理由」
「……」
「ハナさんは部活動に向かう姿勢もすごく真面目です。努力しているから、実力もすごく伸びています」
「……」
猪熊先輩は苦笑いし、それから、
「――『わたしだって真面目だし、努力してる』って思いましたか? かがみさん」
と、ストレートに言ってきた。
返すことばを言いあぐねるわたしに、
「薄々気づいちゃってるんです――あなたが、ハナさんと張り合おうとしてるって」
と、猪熊先輩は。
動揺しかけているわたしに、
「かがみーん。あんたさ、少なからず、じぶんが部長に指名される…って思ったりしてたんでしょ」
と、小路先輩が言ってくる。
鋭い指摘。
…見抜かれてた。
わたしのこころの内を見抜いていた小路先輩は、
「副部長を新設することになったから。正式に。顧問の先生もOK出してくれた。
かがみん。…あんたには、副部長をやってほしい」
と。
猪熊先輩が、穏やかに、
「ヨーコがわたしに言ったんです。
『かがみんは、部長であるよりも副部長であるほうが、うまくやって行けると思う。部長を支える立場のほうが向いてる。助けを求められたら、全力で助けてあげられる…。2年間あの子を見てきて、そんな印象を、強く感じたから』
と。」
「――亜弥の再現力はすごいなあ。わたしの言ったこと、そっくりそのまま憶えてるんだもん」
椅子の背にもたれて、小路先輩が言った。
「どう? ――納得、できてない? もうちょっと、わたしらの考えの深いところまで、知りたい??」
小路先輩はそう言って、わたしの顔を見つめてきた。
わたしは……見つめ返して、しばらく彼女と向き合って……それから。
× × ×
「――頼りないかもしれないけど、頑張るから。
これからも、これまでどおり、無遅刻・無欠席で。そこは、みんなに約束するね。
無遅刻・無欠席だけが取り柄のわたしだけど……こんな部長を、どうぞよろしく」
ハナはぺこり、と頭を下げ、就任挨拶を終える。
拍手が、放送部室に響く。
…後方に座っていた前代部長の猪熊さんが、
「かがみさん。副部長就任の挨拶も、お願いします」
と告げてくる。
「そうだね。所信表明演説してよ、かがみ。放送部史上初の副部長なんだから」
ハナが言う。
「前に来てよ。交代」
そう言って、わたしをみんなの前へと促す。
「『副』部長なのに、『所信表明演説』って」
ハナのことばにツッコミを入れつつ、立ち上がって前へと歩いていくわたし。
× × ×
10数人を前にして、副部長になったわたしは話し始める。
「――まず、挨拶に入る前(まえ)段階で、言っておくことがある。
ハナは……無遅刻・無欠席だけが取り柄なわけじゃ、ないから。
ハナの取り柄はもっとあるから。5つぐらいなら、すぐに思いつくよ、わたし。
……ここで取り柄を列挙してもいいんだけど、あんまり長くなってもいけないからね。また今度にしておく」
――ハナの笑顔が眼に入ってくる。
わたしのことばが、どんな印象を与えたんだろうか。
副部長という立場で、部長のハナに、これから――どう接していくべきなんだろうか?
考えなきゃ。
じぶんで。