明らかに姉とわかるノック音が聞こえてきた。
ドアに近づき、開けてみる。
「利比古。アカちゃんとさやかが、そろそろ来るわよ。階下(した)のリビングで待ってあげてなさい」
× × ×
――ということで、リビングに。
リビングに来て約10分後、アカ子さんとさやかさんが、ふたり同時に姿を現した。
「ハロー、利比古くん」
とさやかさん。
「グッドモーニングです、さやかさん」
「あー、そうだよねえ。まだサンデーモーニングだよねえ」
「きょうは、よろしくお願いします。
……アカ子さんも。」
アカ子さんにも、ぼくは眼を配る。
アカ子さんが明るい笑みで、
「よろしくどうぞだわ、利比古くん」
「……ハイ」
「あらら? 表情が少し硬くないかしら。緊張しなくてもいいのよ?」
「それは、そうですけど……」
「せっかくの二枚目顔が硬くなっちゃったら、もったいないわよ」
「……」
「ハルくんとは比較にならないぐらいハンサムなんだから、利比古くんは」
アカ子さん……。
その発言は……!!
× × ×
「英語は完璧なのよ。帰国子女だから、当たり前といえば当たり前だけどね。
問題は、国語と社会。
わたしとは比較にならないぐらい、この2教科の成績が悪くて……だから、国語と社会を、みっちりと教えてあげてほしいな」
姉は、こう説明。
説明してから、くるり、とじぶんの向きを変えて、
「わたしはご存知の通りコンディション激悪(げきわる)だから、部屋で休ませてもらうわ。……弟を頼んだわよ、アカちゃん、さやか」
「任せてちょうだい、愛ちゃん」とアカ子さん。
「頼まれたからには、ね」とさやかさん。
…まさに、強力な援軍なのである。
さやかさんは、日本の最高学府。
アカ子さんは、1万円札のお人の大学。
最高度に賢い女子のおふたりから……これから、大学受験に向けての指導を受けることになっている。
「英語は問題ないとして――残りの2つの受験科目、か」とさやかさんが言う。
「ふだんの定期テストで、どのくらい点が取れるの?」とさやかさんが問う。
国語と社会の点数をぼくは答えた。
「フム……。」
ボールペンを右手の指でつまみつつ、さやかさんは、
「今の時点でどの程度の大学を狙っているか、だよね……。とりあえず、利比古くんの志望校のリサーチからだな」
と言う。
「ああ、それなら――」
ぼくは、具体的な志望校を列挙してみた。
さやかさんとアカ子さんは互いに顔を見合わせる。
「伸びしろさえあれば――だよね。アカ子」とさやかさん。
?
どういう意味なんだろうか。
アカ子さんはさやかさんにうなずき、
「そうよねさやかちゃん。これから国語と社会が伸びていけば、利比古くんが今言った大学よりも――もっともっとレベルの高いところを、受けられるわよ」
と言った。
「…あの。もっともっとレベルの高い……って、たとえば??」
訊くぼくに、さやかさんは、
「アカ子の大学とか。」
と、アカ子さんを指差しながら……答える。
……それって。
「慶應や、早稲田みたいな大学に……手が届く……ってことですか?!」
意外だった。
そんなことを言われるなんて。
心構え――できていなくって。
「これは決して高望みじゃないと思うわ。利比古くん」
どうやらふたりは、「その気」になっているみたいだ。
ぼくをできるだけ、名門校に導いてあげたい…というような意思が、感じられる。
感じられる、けれど。
高望みじゃない…と、アカ子さんは言うけれど。
「…ぼくの考えを言っても、よろしいですか」
「どうぞ?」とアカ子さん。
「うん。言ってごらんよ」とさやかさん。
ふたりとも微笑んでいる。
その微笑み顔に対して、ぼくは、伝える。
「――やっぱりぼくは、今イメージしてる志望校に確実に受かることを、第一の目標にしたいんです。
苦手な国語と社会の偏差値を伸ばすにしても。
欲張りになるよりも……万全の体制で今の志望校に挑んで、そして、合格したい。
姉譲りの……反・ブランド志向と言えるのかも、しれません。
きょうだいで、血は争えない……というか、なんというか」
アカ子さんも、さやかさんも、微笑み続けていた。
疑問や違和感を抱(いだ)かれなかったみたいで……ぼくは、ホッとする。