日曜日。
母校の文化祭にやって来たわたしは、隈(くま)なく校内を見て回っていた。
うん。
運営、シッカリしてるね。
わたしの次の代の生徒会長である飯塚くんも――なかなかやるじゃん。
「あっ。
申し遅れました。
わたしは、元・生徒会長の小野田です。
このブログの中心を担っている戸部あすかさんたちと、同期」
だれかがやって来る可能性が著しく低い場所の木陰(こかげ)で…わざとらしく、呟いてみる。
× × ×
それはそうと――。
再び人だかりに戻ってきたら、髪は長めで顔はよく目立つ二枚目ボーイが、視界に入り込んできた。
濱野くんである。
元生徒会副会長の濱野くんである。
彼とわたしは同期。いっしょに、生徒会を運営していた仲。
お~~い、と右手をわたしは大きく振る。
彼はすぐ気づく。
「朝から来てたの?」
「うん。開場から居たよ。濱野くんは?」
「おれも、朝から」
「もー。連絡、寄越(よこ)してくれたって良かったのに」
「…申し訳なかった」
「…濱野くんってさぁ」
「?」
「徳山さんから来たLINE、スルーしそうだよね」
「!?」
とってもビックリして彼は、
「で…デリケートな話題は、人混みに似合わないよ」
って言うけど、面白いからわたしは、
「濱野くん。99%動揺してるでしょ」
と、揺さぶっていく。
「あ、あっちの、ステージパフォーマンス、盛り上がってきてるね…」
そう言って視線を外しちゃう。
逃げたいんだね。
「はまのくーーん」
「……」
「わたしから逃亡するのは、別に構わないんだけど」
「……」
「丸山くんの居所(いどころ)だけは、教えてよ。」
「丸山の……?」
「知ってるよねえ。なんたって丸山くんは、わたしと濱野くんの『部下』だったんだから」
観念した様子で、彼は、
「今年の生徒会スタッフは、濃い紫色のTシャツを着てる。目立つから、すぐに分かる」
と言うが、
「生徒会スタッフのTシャツの色ぐらい、とっくに把握してるから。配置だよ、配置。丸山くんはいったい、どのエリアの担当なの?」
とわたしは、追い込んでいく。
「…往年の怖さが、蘇ってきたな」
なにを言いますか。
「なにを言いますか。わたしはただ、丸山くんに早く会いたいだけ」
…弱い溜め息とともに、濱野くんは肩を落とす。
× × ×
メガネ、変わってない。
やや童顔なのも、変わってない。
「頑張ってるかね。元・書記、現・副会長」
面と向かって言うと、
「ボチボチですよ」
と答えてくる。
「目線が少し、下がり過ぎかもね。猫背は良くない」
「はい…」
「丸山くんってさあ」
「はい…?」
「もうちょっと、相手の眼を見て話すことのできる子だって思ってたんだけど」
「…え」
「眼が、クロールしてる」
「??」
「あっ、ごめーん。『眼が泳いでる』って言いたかったんだよ」
「…こっちこそ、すみません。遠慮してるふうに見えますか…? ぼく」
「少しだけ、ね」
「……」
「遠慮なんて、要らないからさ」
「すみません」
「謝らない。
あんまり謝り続けるなら……怒るからね」
――狼狽(うろた)えさせちゃったか。
「曇らせないでよ、メガネを」
「く、曇っては……ないです」
「そっか。曇るとしたら、丸山くんのココロか」
「えっ」
「出ちゃってる?? もしや、元生徒会長の、威圧感が」
「そんなことは、ないかと…」
「良かった」
笑顔に努めて、
「丸山くん。
似合ってるよ。
そのTシャツも。
最高学年で副会長止まりっていう、絶妙なポジションも。」
「…ホメられてる気がしないです、正直」
「ホメたつもりなんだけど」
硬い表情になってきちゃった。
今度こそ、メガネも曇っちゃうか――。
「――あんまり運営を阻害し過ぎるのもアレだから、とっとと買っちゃうね、ドリンク」
「……どれにしますか? 会長」
「あ、会長って言った。そこは、『元』会長、でしょーが」
「うぐ……」
笑い声を漏らしそうになるわたし、だったけれど、
「代金は、ちゃんと払う。元生徒会長の権限でドリンク無料サービス…っていうの、好きじゃないから」
と、ちゃんと伝える。
× × ×
「うぐ……」っていう、丸山くんの、あの反応。
かわいかった。
かわいかった。
ホントに。
× × ×
「ホントに――かわいいんだから。」
ドリンク入りの紙カップ片手に、ひとりごと。
できるだけ閑散としている空間に、向かって行きたかった。
× × ×
旧(ふる)い倉庫がある。
ここの倉庫を使う人間は、少ない。
倉庫裏の壁にひっついて、やがて体育座りになる。
丸山くんからもらった紙カップを、ことん、とコンクリートの地べたに置く。
胸を、いっしょうけんめい、押さえる。
というのは。
ドキドキが、収まってくれないから。
丸山くんが手渡してくれたドリンク。
早く、飲まなきゃ。
でも。
焦り始めるほどに――わたしの胸が、高鳴りを、やめてくれなくって。
「丸山くんの――卑怯ものっ。」