夕食後。
わたしのお母さんが、わたしの部屋を訪ねてきた。
お母さんは床座り。
本棚やらCD棚やらを、勝手に…物色中。
「…だいぶ、大学の文学部生らしい本棚になってきてるわね」
上から目線で言うんだからっ。
「哲学や宗教学のたぐいの本が、大幅に増えてきてる」
「それは当たり前よ、お母さん。専攻がそうなんだし」
「……ホメてあげようと思ったのに。『ちゃんと勉強してるのね~~』って」
「……ちゃんと勉強してたのは、昨年度だけ。2年生になってからの有様は……言う必要もないでしょ」
「ずいぶん自虐的なのね」
「……」
「自虐的になるしかないです、って顔に出てるわ」
……あんまり見つめてこないでよっ。
「要するに、ふんだんに本はあるんだけど、読むパワーがありません、ってことでしょ」
「……そうよ」
「こっちの積読も、ヒドいことになってるし」
「……」
……冗談みたいなことばっかり言うんだからっ!
「――お母さん。短気よ? わたし」
「それがどうかしたのかしら」
「ムカムカしたら、積読スカイツリーを破壊しちゃうかも…ってことよ」
「わぁ、非行少女」
「お母さんっっ」
「――たしかに、短気ね。キレるとすごい勢いで立ち上がっちゃう」
「わかるでしょ!? …昔っから、ケンカっ早(ぱや)かったでしょ、わたしって」
「たしかにたしかに」
「小学校低学年のときなんか、毎日のように男子とケンカしてた」
「そうだったわねー」
「…だんだん丸くなっていって、高学年になったら、ケンカの頻度が週1回になったけど」
「仕方ないわよ。それが、オトナになるってことだったのよ」
「…まあ、こころも、からだも」
「避けられないわよね」
「……」
「あなたも思春期になっていったし、ケンカの相手の男の子も思春期になっていった」
「……名前も忘れちゃった男子ばっかりなんだけど、ね」
「あっちのほうは、忘れられないのかもしれないわよ??」
「あ、あっちって、どっちよっ」
「宿命的にモテるのよね、あなたって」
……。
きのうのおとうさんとは別の意味で、収拾がつきそうにない。
ので。
「お母さん。わたし、早く寝ちゃいたいんだけど」
「え、あしたが祝日だから?」
「違うからっ」
「じゃあ、どーして」
「お母さんがじぶんで考えてよっ!」
思わず、掛け布団を頭から被ってしまう、わたし。
「愛がお布団に籠もっちゃった」
「……」
「カメさんみたいね。掛け布団が、甲羅だわ」
「……うるさいっ」
「カメ云々は置いといて」
「……??」
「今晩…あなたの部屋に、わたしの布団を敷きたいんだけど」
う、うそっ。
× × ×
床の布団にお母さん。
お母さんの存在が…わたしの入眠時刻を、少しだけ遅らせる。
× × ×
そして……。
こんな夜に、限って。
とてつもない悪夢が、わたしに、襲いかかってきて。
× × ×
死ぬかと思った。
衝撃的なほど恐ろしい夢だった。
衝撃的だったから、夢の詳細を表現できない。
ことばにしたってムダなくらい、怖い怖い悪い夢。
怖いだけじゃなくって。
悲しくって。
陰惨と悲惨のミックス。
…目覚めと同時に、強烈な頭痛が襲う。
耐えきれないぐらい重く鈍い頭痛。
心臓もどくどく、と鳴って。
痛い、痛い。
からだのいろんなところが、痛さで悲鳴を上げている。
ぜんぶぜんぶ悪夢の反動。
泣きたいくらい……つらい。
「……愛? どうしたのよ」
お母さんが、起きていた。
「――コワかったっ」
「コワい?? なにが??」
「夢が、コワかったのっ!! それぐらい、分かって……!」
お母さんはじっくりと、わたしの様子を確かめていく。
わたしの全体に、眼を配って。
わたしの全部に、気を配って。
「……泣いちゃってるじゃないの、あなた」
言われて初めて気がついた。
取り乱しているから、ティッシュの場所も分からない。
「とりあえずこっちに来てみなさい、愛」
「来る……って」
「なぐさめてあげるから」
「なぐさめる……って」
「――しょうがない娘(こ)ね」
ベッドのわたしに抱きかかる。
わたしをベッドから降ろす。
降ろしてから、わたしのからだをギュッと包んでいく。
「お母さん……少し、抱きかた、キツい……」
「そう? うまくできなくて、ごめんなさいね」
「なぐさめてくれるのは……うれしいけど」
「はいはい」
「コドモになっちゃった……。わたし、小学生みたい」
「よしよし」
声を上げて、泣く。
そんな……コドモな泣きかたをするのを……回避できなくって。