【愛の◯◯】おとうさんといっしょ

 

ベッドに寝っ転がって、なんにもしていなかったら、ノックの音が聞こえてきた。

 

身を起こしたら、

『愛。お父さんだ

という声が聞こえてきたから、すさまじくビックリ。

 

おとうさん!?

おとうさんが!?

わたしの部屋の前まで、おとうさんが!?

 

ノックしたってことは。

 

おとうさんが、おとうさんが、わたしの、部屋に……!!

 

× × ×

 

5分だけ待ってもらって、それから部屋に迎え入れた。

 

 

「ヘン……かな。わたしの着てるものとか、髪の手入れ具合とか」

恐る恐る言うわたし。

「そんなことないと思うぞ。――自然な感じで、いいじゃないか」

「し、自然な感じっていうのは、裏を返せば……無造作、っていうことでしょ」

「うろたえなくたって」

苦笑いをわたしに向けて、

「無造作でも、愛は愛だから」

「……よく分からないかも」

「かもな」

「お、おとーさんっ!!!」

 

「なあ、愛」

「……?」

「この歳になると、足腰にも衰えが来るものでな」

「……座りたい、ってこと?」

「その通り。

 ――お父さんの座る場所、おまえが指定してくれないか」

 

えっ……。

 

「い、いきなり言われても、困っちゃう…かもで」

 

どうしよう。

 

おとうさんを、部屋のどこに座らせよう。

 

……。

 

……早く、決めないと、だな。

 

……よし。

 

「――ベッドがいい。

 いまわたしが座ってるところの、隣に……来て」

 

「ほぉ」

 

「おねがいっ」

 

「積極的でうれしいよ」

 

「……積極もなにもないからっ」

 

× × ×

 

「おとうさん……」

「なにかな、愛」

「わたしのベッドに座った男子って――利比古とアツマくんだけなの」

「お父さんは、3人目の『男子』ってことか」

「お、おとうさんは、『男子』とはいえないでしょ!? …どう表現したらいいのかしら」

「だよな。気持ちは分かる。日本語は、難しい」

「…うん」

「お父さんもな、海外ぐらしが長いと、日本語を忘れかけることがある」

「ほ、ほんとうに忘れるわけじゃないんでしょ」

「――たぶん、おまえのほうが、お父さんよりも、日本語、得意だろう」

な、なに言い出すかと思いきや。

「おまえの得意教科、国語だったろう??」

「…それが?」

 

得意教科が国語って、それは高校生時代までの話だし……。

 

「も、もっと別の話をしよーよ、おとうさん。日本語がどうとか、横道にそれると、収拾つかなくなっちゃうでしょ」

「…そっか。」

 

どうにかして…別の話題を作らなきゃ。

焦りつつ考えを巡らせるわたし。

 

そんなわたしに、

 

「お父さんは――おまえとこうして話してるだけで、すこぶる楽しいんだがな。極端に言えば、話題はなんだっていいんだ」

 

という、おとうさんのことばが、食い込んでくる。

 

話のネタを考えるのをわたしは中断する。

 

「――こんなにおまえと間近で触れ合えるのも、超久々なんだし」

 

たしかに……それは。

 

 

触れ合える、か……。

 

おとうさん、わたしにもっと、甘えてほしいのかな……?

 

 

「……おとうさん。

 もうちょっと……寄っても、いい?」

「寄っても、とは」

「距離をもっと近づける……ってこと」

「ひっつきたいんだな」

「……。

 半分だけ。

 半分だけ、図星。」

「半分、とは」

「……説明、できない」

 

アハハ、という、おとうさんの笑い声……。

 

笑い声を聞いて、ラチがあかなくなって。

 

甘えてほしいのなら、こっちから甘えにいこう……と思い。

 

おとうさんの肩に、わたしの肩を、合わせて。

 

 

「――ゴメンね。大学生なのに、お子さまで」

「そんなこと言うなよ。――年齢不問で、甘えてきていいんだからな?」

 

 

× × ×

 

「憶えてる? おとうさん。小さい頃、『大きくなったら、おとうさんのおヨメさんになる!!』って、わたしよく言ってたのよ」

「あー、記憶にある」

「……でもね」

「でも?」

「いまは……違うの」

「ホーッ」

「おとうさんも、大好きなんだけど」

「アツマくんは、もっと大好き、か。

 くやしいな」

「……1ミリも悔しそうじゃなさそう」