都内某所。
コンテストの二次予選会場である。
× × ×
小路瑤子(こみち ようこ)の出番が来た。
着席し、眼の前のマイクを調節するヨーコ。
なぜか、マイクを調節しながら、会場の後ろのほうに座っているわたしに向かってウインクするヨーコ。
どこまで…余裕があるんだろうか。
普通は、緊張して当然な場のはず。
× × ×
『見ててよ、亜弥』
朝、会場のホワイエでヨーコは言った。
『二次予選なんか、通過点なんだから。楽勝楽勝』
そう言って、ガッツポーズのような仕草をしていた。
× × ×
始まる前からガッツポーズなんて……ヨーコらしいけど、びっくりするぐらいの自信過剰。
やる気まんまんで勝つ気まんまんなのはいいけれど……間違った方向に行きはしないか、一抹の不安もおぼえていた。
――じぶんの名前を言ってから、ヨーコは朗読を始める。
気持ちいいぐらいの声のハリ。
完成された発声。
練習嫌いとは思えない。
わたしが羨んでしまうぐらいの、発声の力強さ。
今すぐにでもアナウンサーになれそう……は、言い過ぎか。
だけど。
天性の発声と滑舌――。
最初から持っているものが違うのではないかと落胆してしまうほどの、ヨーコの実力。
天稟(てんぴん)の才という形容がピッタリ。
× × ×
疑問だったのは――『読書なんてキライ』と公言していたヨーコが、なぜ一貫して朗読部門にエントリーしてきたのか、ということだった。
理由を尋ねたことがある。
『えー? 朗読のほうが、性(しょう)に合ってるし』
ヨーコは答えた。
『だって、じぶんの感情が思いっきり出せるじゃん。エモーショナルなんだよ、アナウンスよりも』
『エモーショナルって……。完全に、ヨーコ個人の意見じゃないですか』
『個人の意見で悪い?? 亜弥』
『それは……』
『現に、わたしは朗読で結果出してきてるんだし。わたしの思ってること、だれも否定する権利なんてない。悔しかったら、朗読っていう同じ舞台でわたしを超えてみやがれ、って感じ』
発言は飛躍するし、自信は過剰。
だけど……わたしではヨーコに敵わない、という自覚があるから、咎めることができない。完全なる、批判を実力で黙らせるタイプ。
……なんだけれど。
× × ×
一抹の不安は、ヨーコの出番になってからも、拭えていなかった。
ヨーコの朗読に引き込まれるとともに、ざわり…という胸騒ぎ。
どうしてこんなに悪い予感が……。
ヨーコは、ここまで、うまく行き過ぎている。
うまく行き過ぎているからこそ……わたしのなかで悪い予感が拡がり続け、
その悪い予感が……明確に、形作られた、瞬間。
ヨーコの朗読は……停(と)まっていた。
× × ×
『1回『噛んだ』ぐらいで、くよくよしなくても』
なんて、言えるはずもなく。
1回『噛んだ』ら、そこで全て終わってしまう。
それが……放送部コンテストの世界の……残酷な現実。
× × ×
ホワイエ。
「……先に行ってて」
沈んだ声で言うヨーコ。
視線は床に落ち続けている。
遠巻きに見守っている他の部員の子たちに、わたしは目配せする。
ヨーコのことはわたしに任せて、先に帰ってください……というサイン。
「わたしは……残ります」
「なんで」
「ヨーコのことを、放っておくわけにはいかないので」
「……なぐさめたいわけ?
亜弥のなぐさめなんか、いらない。放っておかれるほうが、100倍マシ」
「そういうことを言われたら……ますます、放っておけなくなる」
敢えて。
敢えて、わたしは――いつもの口調を、投げ捨てる。
「ヨーコが立ち直るまで……わたし、この場に立ってる」
「……なにバカなこと言ってんの。この場ですぐに立ち直れるわけないじゃん。亜弥だってわかるでしょ!? それぐらい」
「立ち直れそうにないのなら……せめて、あなたが、帰る気になるまで。じぶんの家に帰らないわけにはいかないでしょう?」
「……」
「そうよね?」
「……なんでタメ口モードに突入してんの、あんた」
「ヨーコがヨーコじゃないから……かしら」
「意味不明」
「意味不明でもいいわ」
「……バカ亜弥」
× × ×
「ねえ、ヨーコ」
「……」
「お菓子――買ってこようかしら、わたし」
「お菓子って――唐突すぎるでしょ。おかしいよ、亜弥」
「おかしくないわよ」
「お、おかしいからっ!」
ほんとうに――この子は。
手を焼かせるんだから。
「――失敗しても、お腹はすくものよね。
そうでしょう?
そういうふうに、できてるのよ――結局。
今のヨーコも、たぶん、お腹、すいてきてるはず。
……図星なのね。わかるわ、わたしには。
今のあなたにいちばん必要なのは……糖分。
だから……お菓子を買ってきてあげるわ。
もちろん、わたしの自腹で。
いい子にして、座って待ってるのよ?
――わかったかしら? ヨーコ」