戸部くんが、グラスに入ったメロンソーダを持ってきてくれた。
わたしの眼の前にメロンソーダがデン、と置かれる。
「わあ~、おいしそ~~」
しかも、
「しかも、サクランボ入り」
「たまたま…あったからな」
「サービス精神旺盛ね」
「そうか?」
「そうでしょ」
メロンソーダを眼の前にして、手を合わせ、
「いただきまーす」
と言う。
すると戸部くんが、
「大仰だなあ……」
とか言ってくるから、わたしは少し不満になる。
「大仰でもなんでもないわよ。わかってないわねえ、戸部くんは」
「それはすまんな」
……まったく申し訳なさそうに思っていない顔の戸部くん。
あのねえ。
でも、メロンソーダは美味しい。
これで、戸部くんの態度がもう少しマトモだったら、言うことないのにっ。
ストローでメロンソーダを飲んでいたら、
「葉山。おまえの好きなものを、5つ挙げてみることにしよう」
とか戸部くんが言い出して、右の手のひらをわたしに見せる。
指を折りながら、
「メロンソーダ。
お馬さん。
麻雀牌。
フランス文学。
そして……キョウくん」
と列挙の戸部くん。
……よく分かってるじゃないの。
「よく分かってるじゃないの」
「まあ、腐れ縁も長いしな」
「腐れ縁とか、ヒドいわねえ」
「ヒドいか?」
「あなたのデリカシーの無さを痛感してるわ」
「……『デリカシーが無い』って言われるのには慣れてる」
「あら、そう」
「……早く、愛の部屋に行ってやったらどうだ? メロンソーダ飲み切って」
「急かさないでよ。気が利かないわね」
「すまない」
ほんとに、戸部くんってば。
…だけど。
「…ありがとね。メロンソーダを提供してくれて。サクランボ入りのおまけ付きで」
と…ストローを指でもてあそびながら、わたしは感謝する。
× × ×
「葉山先輩、センパイの好きなもの、5つ挙げてみます」
え!?
「メロンソーダ。
お馬さん。
麻雀牌。
フランス文学。
そして……幼なじみのキョウさん」
羽田さん、
戸部くんと、まったく同じことを……言った。
「どうですか? これがベストファイブじゃないかと」
「……」
「図星な顔」
……わたしはふるふる、と首を振って、
「図星とはちょっと違うわ。図星じゃなくって……驚いているの」
「驚く、とは??」
「羽田さん。『以心伝心』ってことば、わかるでしょう?」
「わかりますけど」
「――ステキね。『あなたたち』って」
「??」
「だけどね――わたしは、今挙げてもらったベストファイブに、もうひとつ付け加えてあげたい」
「……もうひとつ?」
「そうよ。
メロンソーダ、お馬さん、麻雀牌、フランス文学、キョウくん、
それから……、
羽田さん。あなたを」
ハッとする羽田さん。
「最愛の、後輩なんだからね」
「センパイ……。」
「でしょっ?」
ここは羽田さんのお部屋である。
彼女の身だしなみは、お世辞にも、整っているとは言い難い。
でも、少しずつ、元気度が上がってきているような……ふうに、わたしの眼には見える。
「突然、好きなものベストファイブを列挙されたから、ビックリだったけど」
「ハイ」
「きょうは、あなたの調子、悪くなさそうに見えるから、そこは安心」
「あはは…」
「さてと。――読み聞かせタイムにしましょうか」
「わかりました。きょうもよろしくお願いします…センパイ」
「こちらこそ」
羽田さんの本棚に歩み寄る。
数十冊ものドストエフスキーが、本棚に立ち並んでいる。
その中から、新潮文庫・工藤精一郎訳の『罪と罰』上巻をわたしは取り出した。
彼女からのリクエストだった。
物理的にも内容的にも重い小説だけど、真っ先に思い浮かんだ好きな小説だから……と。
『罪と罰』、救いがないだけの小説じゃないし……ね。
「じゃあ、きょうも『罪と罰』の続きを読んでいくわね」
「お願いします。」
……。
そうだ。
「羽田さん、」
「? なんでしょう」
「いつもは、わたしが椅子に座って、あなたはベッドに座って、対面式で読んでるけれど――」
きょうは、敢えて。
「きょうは――あなたの隣で、読みたいわ」
「え、わたしの隣で!?」
「イヤ??」
「いいえ……イヤじゃありませんけど」
「そう。だったら、決まりね」
――で、ベッドにわたしも腰を下ろして、羽田さんに寄り添いモードになる。
「緊張しなくていいのよ」
「緊張は……してませんよ」
「ほんとーかなー」
「ほ、ホントですっ」
「リラックス、リラックス」
密着寸前なまでに、距離を近づけたら、
「……センパイ。」
と言って、わたしのほうを向いてきて、
「センパイ、シャンプー、変えました?」
なんて、指摘してくるから……羽田さんは、たまらない。