きのうの電話。
葉山先輩に『ほんとうに順調なの?』と不安がられてしまったけど、なんとかごまかして、はぐらかした。
演技。
わたしはどれだけ役者になれていただろうか。
…嘘をつくためのお芝居だったんだけど。
センパイに、現実と反対のことを言っちゃった。
わたし、どうしようもなく嘘つきだった。
そんなわたしの嘘つきに、センパイは感づいていたかどうか?
…微妙。
電話だけじゃわからないってことも…多いし。
後ろめたさを感じながら……スマホの向こうのセンパイの、キョウさんとのノロケ話を聴いていた。
× × ×
マンションの近所にある蕎麦屋さんに入店した。
11時15分。
まだ、そんなに混み合っていない。
入り口付近に並べられていたスポーツ新聞片手に席につく。
当然のごとく、もりそばを注文する。
それから、横浜DeNAベイスターズ関連記事そっちのけで――競馬面を開き、きのうの日本ダービーの詳細を報じる記事を見る。
武豊のガッツポーズがカラー写真でどでかく載っている。
右下には全馬着順と配当金。
右下のその欄に眼を凝らすわたし。
――もりそばが運ばれてきた。
素早く、スポーツ新聞を閉じる。
となりの椅子に新聞を置き、葉山先輩の勝負馬券に思いを馳せながら――割り箸を持つ。
× × ×
コワい顔してたかも、わたし。
コワい顔で、スポーツ新聞の競馬面とにらめっこ……。
おいおいどういう女子大生だよ…って、ほかのお客さんや店員さんが、こころのなかでツッコミを入れていたかもしれない。
あ。
そもそも……わたしが女子大生かどうかなんて、お店にいたひと、だれも知らなかったのか。
蕎麦屋さんで……周りから、わたしはどう見られていたんだろう。
若い女の子という認識の……その先。
× × ×
ちょっとだけモヤモヤしながら、マンションの部屋に戻った。
とりあえず、お湯を沸かす。
そして、インスタントコーヒーを作る。
食後のコーヒー。
苦みには慣れているはずなのに、きょうはなぜか、いつもよりちょっとだけほろ苦い。
ベッドに座る。
壁に背中を委ねる。
スマホで適当に音楽を流しながら、ぼんやりする。
…やがて、音楽を聴くことにも、ぼんやりすることにも飽きる。
× × ×
アツマくんが恋しい。
ぜんぜん会えていないから。
5月最初の土曜日……微妙にすれ違ったまま、マンションの前で彼と別れてしまった。
あのときの、掛け違いになったボタンのような関係を……月末まで引きずってしまった。
よりを戻したいという想い。
その想いを……いまだ、抱え込んだまま。
時刻は13時に近づこうとしていた。
今なら。
今なら、アツマくんと、『つながる』かもしれない。
このタイミングでなにもできなかったら、6月まで引きずっちゃう。
スマホを掴む。
深呼吸する。
深呼吸を3回繰り返してから、電話帳のボタンを押す。
× × ×
『――なんだよ。昼間は忙しいんだぞ。就活、まだ終わってないんだし』
初っ端から、たしなめられた。
胸にチクリと針が刺さる。
……だけど。
「わかってるから。あなたの迷惑にならないように、手短にするから」
と、努めて優しく、言う。
『ほーん。用件は?』
「まずは……。
ごめんなさい、アツマくん」
『は?』
「ごめんなさい。とにかくごめんなさい」
『お、おぅ……』
「……」
『ち、沈黙すんな。困るから』
「そうよね。
言うわ、わたし……。勇気を出して」
『…?』
「――会いたいんだけど。」
『…それって』
「会いたいの。あなたの顔が見たいのっ」
『つまり、デートのご要望か?? 愛よ』
「――そういうこと。」
『じゃあ――あした、会うか』
「えっ。――いいの!?」
『いいよ。』
「…………ありがと。」
『やめーや。昼間っから、そんなしんみりした声は』
だって。
うれしいんだもん。