流(ながる)さんは、戸部邸のお兄さん的な存在だ。
春から、大学職員として、お勤めを始められている。
アツマさんとともに――ぼくより年上の男子で、頼もしい存在。
リビングに来たら、ソファで読書している流さんを見つけた。
流さんもぼくに気づき、本にしおりを挟む。
彼は積極的に、
「利比古くん。コーヒーでも飲まないかい」
「あ、いいですね」
「じゃ、キッチンに行ってくるよ。――インスタントでも構わないかい?」
「ぜんぜん構いません。……ただ」
「ただ、?」
「流さん……あの……」
「どうしたんだい」
「『今回』は……、短縮版になってしまうんです」
「短縮版?
――ああ。ブログ記事の分量が1000文字程度になってしまうってことか」
「……さすがは流さんです、そのとおりなんです」
「『中の人』、土曜に限って忙しいんだってね」
「知ってるんですか!?」
苦笑いで彼は、
「影が薄いといっても、ぼくだって戸部邸メンバーだからね。『中の人』とは案外近しいのさ」
× × ×
リビングのテーブルに、コーヒーカップ2つ。
「――あと600字以内で締めなきゃね」
「そういうことなんです。流さんには申し訳ないんですけど」
「いいんだいいんだ」
流さんは、熱いコーヒーを飲み、カップを静かに置く。
「きみに真っ先に訊きたいのは――」
「――はい」
「『お姉さんロス』になっていないか、ということだ」
『お姉さんロス』…。
それは、つまり。
「姉が引っ越してしまって、寂しくないか、恋しくないか……ってことですよね」
「ズバリだ」
「平気です」
「…ほんとに?」
「いつまでも、姉に甘えるなんて、ダメなんですし」
「…そんなに、利比古くんが、マジメだったとは」
「フマジメに見えてたんですか!? かなりショックです」
「い…いや、つまりね、予想以上にオトナなんだな、ってこと」
「高校3年生なんですよ、ぼく。8月には18歳なんですよ、ぼく」
「……そうだね」
「成人年齢が引き下げられましたよね? もういくつ寝ると、ぼくも成人年齢になるんです」
「……たしかに」
「自立すべき時期が来てるんです、たぶん」
「それは、きみの、お姉さんから……」
「そうですね」
今度は、ぼくのほうが苦笑いになり、
「姉のほうは――いまだに、ベタベタしたがってる気はしますけど」
「きみに?」
「ぼくに」
「……」
「姉の『帰省』が、5月の3日じゃないですか」
「……うん」
「お邸(やしき)に入った瞬間に、ぼくに抱きついてくる予感がします」
「……。なるほど」
「抱きつかれたら、ぼくはどうすればいいんですかね」
「それは……それは、受け止めてあげたら、いいじゃないか」
「やっぱり?」
「…やっぱり」
ぼくは、天井を見上げ、
「ヘンな話なんですけど。
姉に抱きつかれる感触って……柔らかいんですよね。
想像以上に。」
「想像以上、とは……だれの、想像?」
流さんのほうに目線を戻し、
「すみません、やっぱし、今の無しで」
「……」
「どうしてぼく、こんなに気色悪いこと、言っちゃったのかなあ。文字数も、とっくに1200を過ぎてるし」
「きみは……きみのままで、いいと思うよ」
「それもまた……意味深ですね、流さん」
「……コーヒー飲んじゃおうか。冷める前に」