おねーさんが、わたしの部屋にやって来ている。
「それ、あすかちゃんたちの部活が作った校内スポーツ新聞?」
机を見ながらおねーさんが言う。
「ですよー」
わたしは答える。
「ずいぶん積まれてるねえ」とおねーさん。
「バックナンバーは大量ですから」とわたし。
「どういう頻度で発行してたのよ」と苦笑のおねーさん。
「いま思えば……めちゃくちゃだったのかもしれませんね。めちゃくちゃなペースで新聞を作ってた」
「速くて上手いんだよね、あすかちゃんの文章って」
書くのが速くて、しかも上手に書けてる、ってことか。
ほめられた。
照れちゃう。
「まあ、卒業しちゃったから――もう、こういったものを作ることは、わたしはないと思いますけど」
「フーム。そうかなあ」
なにゆえか、考える仕草をして、それから、
「あすかちゃん、すっごく気の早い話なんだけど……」
「えっ」
「スポーツ新聞社に就職するってのは、どう??」
「そっ、そっ、それ、気が早すぎますって!!」
「……やっぱりか。ゴメン」
なに言い出すんだろう……おねーさんは。
× × ×
「大学でも、あすかちゃんの筆力(ひつりょく)が活かせる場があるといいんだけど」
「探してみようとは思ってます」
「他大のインカレサークルとかでもいいじゃない。筆力を活かさないと、もったいないよ」
「やっぱりそう思います?」
「思う思う」
「…照れちゃう」
「どーして」
「どーしても、ですっ!」
スポーツ新聞部のことに話題を戻し、わたしが卒業してからの新体制のことについて説明した。
満を持して? 部長となった加賀くん。
加賀くんの至らない点を、新2年生となるヒナちゃん・ソラちゃん・会津くんが全力で補うのだ。
加賀くんのヘタレっぷりを、ニコニコしながら聴いていたおねーさん。
……一度でいいから、加賀くんをおねーさんに会わせてみたい。
年上に焦がれるタイプの彼は、おねーさんの顔を見た瞬間に、顔が真っ赤になってしまうんではなかろうか。
そういう光景が見られたら……楽しい。
「スポーツ新聞部が、続いていくといいわね」
「はい、伝統の部活になってほしいです。加賀くん次第ではあるけど」
× × ×
ところで――。
「ところで――おねーさんの引っ越しも、間近に迫ってきましたね」
そうなのだ。
来週からおねーさん、ひとり暮らしになるのだ。
と、いうことは……。
わたしのベッドに腰かけているおねーさんと眼を合わせる。
おねーさんは穏やかな笑顔。
その穏やかな笑顔のなかにも……真剣さが含まれているような気がする。
「……さみしいか。やっぱり」
おねーさんが言う。
「ぶっちゃけ、さみしくはあります」
さみしいし、
「おねーさんがこの邸(いえ)から抜けたら、女性メンバーはわたしとお母さんだけになっちゃう。男子のほうが多くなる」
「……それ、イヤ?」
「ちょっぴり、不安かな」
でも。
「――でも、おねーさんが決めたことなんだから、ちゃんと受け容れなきゃいけない。
ちゃんと受け容れて、もっとちゃんとしたい」
「もっとちゃんとしたい、って」
「いろいろです!」
おねーさんのとなりに行き、勢いよく腰を下ろす。
左手で、彼女の右手を握る。
「……お兄ちゃんが。」
「アツマくんが……?」
「『たまには帰ってくるんだぞ』って。…そういう気持ちを、おねーさんに伝えてほしいって」
「……どうして、彼、直接伝えようとしないのかしら。面と向かって言ってくれればいいのに」
「恥ずかしいんでしょ」
「……」
「おねーさんだって、面と向かって言われたら、恥ずかしくなっちゃうんじゃないですか??」
「……」
「お互いにデレデレし合うっていうのも、恋人らしくって、いいとは思うけど」
おねーさんは、少し下向きの目線で、
「……。
アツマくんに、伝えといて。
『わたしが恋しくなったら、呼んで』って。」
なるほどっ……。
ステキだな。
ステキな関係だ、おねーさんと、お兄ちゃん。
おねーさんの右肩に、左肩をくっつけつつ、
「わかりました。」
とわたしは言う。