生まれて初めてバレンタインチョコを手作りした。
ひとりっ子で、男のきょうだいなんていなかったし、パパにチョコをプレゼントする慣習もなかった。
ママのアドバイスをあたまに入れて、キッチンで悪戦苦闘して、ふたりぶんのチョコレートを作り上げた。
ヒナちゃんも同じだったらしい。
いままで、手作りチョコなんて、作ろうとしたこともないらしい。
お兄さんいるのに、彼女。
…そんなものなのかな。
× × ×
「会津くん――野球部に、行こうよ」
誘ってみるわたし。
「野球部のレギュラーの何人かが、取材に応じてくれるんだって」
「――水谷ひとりで行けば、いいのでは?」
「……そーゆーところが、会津くんはダメダメだよね」
「ん……」
「あっちの人数的に、わたしひとりじゃ、さばき切れないから。だから、会津くんにも協力してほしいんだよっ」
「……そうか」
「3学期に入ってから、非協力的すぎやしない!? 会津くん」
「……すまない」
「……」
「ところで、水谷」
「……なに。」
「ネクタイが、曲がってる」
× × ×
怒り心頭になりながら、野球部グラウンドに向かった。
会津くんのことなんか、どうだっていい!
どうだっていい……けれど、いちおう、彼も取材に連れてきた。
頭数(あたまかず)は多いほうがいい。
彼の取材能力は、いっさいアテにできないけれど。
アテにできない、会津くん……!
……作ったチョコの感想を訊き出す気持ちも、萎えていく。
× × ×
その日の夜。
お風呂上がりのわたしは、バスタオルで髪を乾かしながら、自室に向かおうとしていた。
リビングを通りかかると、テレビを見ながらお酒を飲んでいたママが、わたしに向かって、
「ソラ。――バレンタインは、どうだった?」
「……チョコの、こと?」
「チョコのことに決まってるじゃん。あんだけがんばって作ってたのに、まだ、あんたから、『結果』について聞かされてないし」
「結果……?」
「部活の同級生の男の子に、あげたんでしょ? 感触よ。感触」
「……」
「あらら。教えらんないぐらい、恥ずかしいのか」
「……」
「ソラってそんなに恥ずかしがり屋さんだったっけ」
プイ、と顔をそらして、
ママから、逃げる。
× × ×
あー、もうっ!
モヤモヤ!!
髪が…まだ…ほんのちょっとだけ湿っているけれど、校内スポーツ新聞のバックナンバーを取り出して、勉強机の上に広げる。
会津くんの担当記事に、眼をつける。
……会津くんの誤字を、見つけてやるんだから。
……なめるように、会津くんの書いた文章に、眼を通していった。
彼の誤字・脱字を見つけるごとに、面白い気分になる。
同じ段落のなかに誤字を3つも発見したときは、思わず笑い声が出てしまった。
赤のボールペンを手に取り、会津くんの誤字を直す。
ふだんのイライラを彼の文章にぶつけて、気を鎮めようとする。
……。
でも、しだいに、『やり過ぎなのかも……』という感情が湧き上がってきて、赤を入れる手が鈍ってくる。
会津くんイジメみたいになってきちゃった。
ひとのことは……言えないし。
会津くんが、まちがえるなら……わたしだって、まちがえる。
会津くんの記事の横の、『徹底分析・立浪和義』という、わたしが中日の新監督について好き勝手に書いた記事が、眼に留まる。
……『徹底分析・立浪和義』を読み返してみると、案の定、誤字が見受けられたのだった。
誤字、4つ。
わたしの立浪論、誤字、4つ。
……きっと。
きっと、会津くんよりも、たくさん、まちがえてるんだ、わたし。
誤字の総数を競っても、しょうがない。
しょうがないのは、あたりまえとして。
「……負けてるんだ、まだ。」
そういう、ひとりごとが、口から、出てしまう。
× × ×
まちがいは、だれにだってある。
このブログだって、結構な頻度で、誤字、見つかるし。
――ブログのことは、いいにしても。
ヤボな、まちがい探しは、やめにして。
赤で汚されたバックナンバーを、引き出しにしまって。
「そろそろ――、寝よっかな」