生まれて初めてバレンタインチョコを手作りした。
キッチンで悪戦苦闘していると、
「ヒナ子ぉ、本命チョコか~?」
と兄が冷やかしてきた。
「そんなんじゃないよ」
ちょっとお兄ちゃんは黙っててよ……と思いつつ、言った。
兄はなおも食い下がって、
「…この量は。さては、ふたり以上に渡すんだな?」
「…だから?? だからなに」
「兄貴のおれが、このなかから、おまえの本命チョコがどれなのか、当ててやろうか」
あたしはピリピリとなって、
「ジャマばっかするなら、出てってよっ!」
兄は…笑みを崩さず、
「あるんだな…このなかに、本命チョコが」
「ないよっ!!」
ないよっ。そんなの。
本命チョコなんて。
そんな分類……してないんだからっ!
× × ×
バレンタイン当日。
会津くんにチョコを渡して、それからそれから、もちろん加賀先輩にもチョコを渡した。
平等。
……のつもり。
ソラちゃんも、あたしと同じように、会津くん&加賀先輩の男子コンビに、チョコの入った袋を手渡していた。
どんなチョコが入っているのか、気になった。
× × ×
翌日の放課後。
「あすか先輩から連絡が来てて、女子テニス部の部長さんが、インタビューに応じてもいいよ、って言ってたって」
ソラちゃんが言った。
「…日時とかは?」
あたしは訊いた。
「できるだけ早くがいいみたい」とソラちゃん。
「じゃあ、きょうでもいいんじゃない?」とあたし。
「そうだね。わたしからLINEで交渉してみる」
と言って、ソラちゃんはスマホをぽちぽちと操作する。
× × ×
「オッケーだって。部長さん、運動公園で待ってるって」
ソラちゃんがスマホから顔を上げて言った。
「こっちから、だれを派遣するのか、決めなきゃなんだけど…」
すかさず、あたしは挙手して、
「それならあたしが行くよ。ソラちゃん」
「お、ヒナちゃんやる気」
「やる気あるよ。
やる気……ついでに、」
「?」
キョトンとするソラちゃんをよそに、
「会津くんにも……同行して、もらいたいんだけど」
「ボクもか? どうしてだ?」
会津くんに対し、あたしは、
「……ふたりいたほうが、インタビューもはかどるでしょ。インタビューって、そんなものだよ」
「そんなものかなあ」
「……きっと、そうだよ」
会津くん、疑心暗鬼な顔。
そんな顔、やめてよっ。
× × ×
わが校のテニス部が使用するテニスコートは、校外の運動公園にある。
取材に行くには、少し歩かなきゃいけない。
「歩くの速すぎだよ、会津くん」
前を行く彼に、不満を表明。
「ふつうの速度でボクは歩いてるつもりだが――」
「あたしに合わせて」
「どうしてさ?」
「横並びで歩くほーがいいのっ」
「なぜ?」
……ばかっ。
やむなく、といった感じで、歩く速度を彼は落とす。
隣同士。
背の高い会津くんに……振り向くことなく、まっすぐに前を見て、
「きのうの……『アレ』、どうだったかな?」
「いや、『アレ』ってなんだよ。具体的にしてほしい」
「アレったら、アレしかないでしょ」
「ふぅむ……」
なんなの?
ヘンテコな相づち打って。
これだから、男子は……!
「……ああ、チョコレートのことか」
「気づくの遅い」
反則的な鈍感さに、イライラ。
「まさか、食べてないなんて、言わないよね!? 言わせないよ」
「ん…」
「ど、どーなの、ねえっ」
「食べてない……わけはない」
「だ……だったら、感想を、早く」
「え、感想?」
あーのーねーっ。
「運動公園に着くまでに、感想、言ってくれなかったら、キレるよ、あたし」
本気で、そう言ったらば、
「日高が激怒しても、そんなに怖くはないんだよなあ」
とか、スーパーウルトラ無神経発言をぶちかましてくる会津くん。
「感想!! 感想を言ってって、あたし、言ってるのに…」
会話をずらさないでよっ…!
怒り半分に、悲しさ半分。
…あたしのこころの苦痛が、少しは伝わったのか、
「――美味しかったけど」
とようやく、感想を伝えてくれる彼。
伝えては、くれたけど。
けど。
「美味しかった、から、もう一歩、踏み込んでよ。」
「……えっ?」
「社交辞令じゃん?? 美味しかった、なんて、さ。もう一歩、踏み込んで、あたしの手作りチョコの美味しさを、具体的に説明してほしいよ」
でなきゃ。
「どんなふうに、美味しかったのか、言えなかったら……今学期2枚目の、イエローカード」
「イエローカードは…困るな」
「だったら、踏み込んでよっ」
「…君のチョコレートのことに、踏み込む前に」
「??」
「…手作りだったんだな、あのチョコレートは。いま、君に言われるまで、気がつかなかった」
レッドカード……出してほしいのかな、彼。
手作りじゃないなんて……思っちゃうほうが、おかしいよ。
ねえ!?