リビングのソファに、徳山さんが、うつむいて座っている。
「――顔、上げてくれたっていいのに」
苦笑しつつ、わたしは言う。
「徳山さん。――広いでしょ? このリビング。広いってレベルじゃないかもしれないぐらい。広々としてて、開放感があって、いいでしょ」
そう言ってから、
「天井、見上げてごらんよ。高ーい天井なんだよ? 見上げてみれば、もしかしたら、ちっぽけな悩みなんて、吹き飛んじゃうのかも…」
…ますます彼女が目線を下げてしまった。
…だよね。
天井見上げただけじゃ、悩みなんて消えっこないよね。
しかも、いまの彼女、ちっぽけな悩みどころじゃない、深刻な状態なんだし……。
「……不用意なこと言っちゃったかも。ごめんなさい」
「……」
「ゆっくりしていってよ。そっとしておくから」
そうはいっても。
そっとしておくだけじゃ、そのまま、になってしまう。
解決が、近づかない。
どうしてあげたらいいんだろうなー、と思い、彼女に向かい合う。
彼女の私服姿を見るの、きょうがたぶん初。
コーディネイトをほめてあげたら、彼女の気もちょっとは紛れるかな。
ほめるためには、彼女の装いを、ちゃんとチェックしなきゃならないんだけど。
× × ×
徳山さんとわたしだけの空間だと、間が持たないかもしれない……と思い始めたときだった。
おねーさんが、リビングにやって来てくれた。
やった。
いちばん頼れるのは、やっぱりおねーさんだ。
とっても素敵なカリスマ美人女子大生の到来。
彼女が放つオーラを感知したのか、徳山さんは目線を上げる。
すかさず、わたしは、
「徳山さん。おねーさんだよ。羽田愛さん」
「……あすかさんが、ときどき話してた、女性(ひと)?」
「そう。なんでもできるスーパー女子大生。きっと徳山さんのことも、なんとかしてくれるよ」
「なんでもできるわけじゃないんだけどな」
素敵な苦笑いで、おねーさんはそう言って、
「はじめまして、徳山さん。わたし羽田愛。よろしくね」
「よろしくおねがいします……」と徳山さん。
「気軽に名前で呼んでね」とおねーさん。
「え……」といっしゅんうろたえる徳山さん。
ふふっ……と、おねーさんは微笑んで、
「――あのね。諸事情は、あすかちゃんから聞いちゃってて」
「えっ」
「もっと早く、あすかちゃんが、あなたの置かれてる状況を伝えてくれてたら、あなたの受験に間に合ったのかもしれないけど」
「悪かったです、おねーさん」とわたし。
「ほんとにもう。善は急げなのよ、あすかちゃん」とおねーさん。
「…だけど、終わってしまったことを、とやかく言っても、仕方がない」
徳山さんの前に立って、少し身をかがめて、
「徳山さん。あなたが、少しでも前向きになっていけるように……わたしとしても、慰めてあげたい」
それから、
「せっかく、この邸(いえ)まで、来てくれたんだもの……あなたのちからになりたいって思うのは、当然」
と言い添えて、
「……思う存分、言い散らしたっていいのよ? つらいことが、あるのなら――」
と言いながら、
徳山さんの頭頂部に手を乗せて、軽く、優しく、ナデナデしていく。
おねーさんのスキンシップ、発動だ。
× × ×
「――びっくりした。いきなり頭をなでられるから」
「でも、徳山さんの顔色、おねーさんにナデナデされてから、確実に良くなってるよ」
「ほんとう…?」
「けっこう、話せたじゃん。抱えてることも」
「…それはそうだけど」
「おねーさん、聞き上手だと思わない?」
「そうね…。優しいひとだと思った……愛さん」
「優しくて、美人で、言うことないでしょ。きょうは晩ごはんだって作ってくれるんだよ」
「ほんとうに、わたしも食事に同席して、いいのかしら?」
「遠慮はなしだゾ。徳山さん」
「あすかさん……」
「徳山さん」
「――な、なに。そんな笑顔で、からだまで乗り出してきて」
「お風呂、入っちゃおう」
「!?」
「いまからお風呂入れば、晩ごはんまでにちょうどいいよ」
「……」
「受験の汚れだって、洗い流せるよ」
「……」
「あれ? 友だちとお風呂入るの、初めて??」
× × ×
お風呂場の大きさを説明してから、脱衣所にふたりして入る。
どんどん上着を脱いでいくわたし。
あっさりと、脱ぎ終わってしまう。
いっぽう、徳山さんは、戸惑い気味。
脱衣の手がぜんぜん進まない。
それどころか……わたしの胸のあたりが、気になっちゃってる様子。
「――気になるよね」
余裕顔で、彼女を揺さぶる。
「徳山さんより、大きいもんね」
「なんの……話? なにがいったい……大きいの」
「ダイレクトに来てるじゃん。目線が」
「……わ、わたしっ、同性のからだのこと、不埒に考えたことなんてないっ」
眼を逸らし、ぎこちない手つきで、上着をひとつひとつ脱いでいく。
不自然なくらいゆっくりゆっくりと、最後の1枚をたくし上げていく…。
顔を赤くして、脱いだ上着を丁寧に整える。
そんな彼女に、
「いいね、そのブラジャー」
と、不意打ちのことばをかけてしまう、わたし。
「ば、ば、ばかじゃないの!??! どこがいいのよ」
テンパってるなぁー。
ミントグリーン、だよね?
意外。