愛より早く起きることに決めていた。
目覚まし時計のアラームをセットした。
前回、アラームをセットしたのは、大学受験のとき。
だから……およそ3年ぶりのアラームか。
× × ×
けたたましいアラームが鳴った。
覚悟を決めて、ガバリと上体を起こした。
勢いで、掛け布団がベッドからずり落ちた。
寒い。
寒いが……寒さに震えているヒマなどない。
スマホの動画を参考にしつつ、ラジオ体操。
もちろん、第一も第二も。
第二までやり遂げると、いい具合にからだがあったまってくる。
ウダウダやってるヒマは皆無。
行動を開始しないと、愛が起きてきてしまう。
× × ×
そっと、愛の部屋のドアを開ける。
よかった。
愛はベッドで熟睡中だった。
――おれの、勝ちだ。
いや。
勝ちとか負けとか、そういう話では、本来、ないんだが。
それでも――愛より先に起きて、愛の寝顔を見ることができて、『やった!!』という感情を抑えきれない。
あぐらをかいて、愛の熟睡を観察する。
観察も、そこそこに――時計を確かめる。
時計の針が示すのは、午前5時25分。
……さっさとやっちまうか。
音を立てすぎないように立ち上がる。
幸せそうな愛の寝顔を見下ろす。
見下ろすのは、ほんの少しだけ。
ベッドの端に静かに腰を下ろす。
すぐそばに、眠っている愛。
夢の世界に浸っているんだろう。
ごめんよ、愛。
夢から、覚めさせてしまって。
肩を優しく、2度叩く。
すぐには目覚めず、おれ側に寝返りを打ってくる。
おれの右手を、愛の右肩にくっつけて、さすってみる。
ムニャムニャ…とうわ言を言うように口を動かしたかと思うと、徐々に、眼を開けていく。
間近のおれの存在に、気づく。
とたんにバァッ!! と跳ね起きる。
「……!」
びっくりする愛。
まあ、そうだよな。
「おはようさん」と、愛に顔を向けて言う。
からだ半分掛け布団に包まれて、愛はおれの顔をまじまじと見る。
「どうしたよ」
「どういうことなの……これ」
「起こしに来た」
「信じられない……あなたがわたしより早く起きて、わたしの部屋まで起こしに来るなんて」
「まだ、現実味、ないんか?」
「夢じゃないのよね。現実なのよね」
「おまえの腕をつねって、現実なことを思い知らせてやろうか」
「……お断り」
顔を背けてしまう愛。
壁掛けのカレンダーを、眺めているようだ。
もちろん、カレンダーの1月22日には、でっかい花マルがしてある。
顔を背けたまま、
「アツマくん」
「うむ」
「まず、わたしを起こしてくれて、ありがとう」
「おう」
「起こされて、悔しくもあるけど……とにかく、ありがとう」
「おう」
「それから、それから……」
ここでいったん息継ぎをして、
「あなたの、誕生日が、来たわね……おめでとう」
ったく。
「それで、祝福したつもりかぁ??」
軽~い口調で、愛の背中めがけて、ことばを投げかける。
「……あなたがベッドに座ってると、祝福がしにくい」
「なんじゃそりゃ」
「と、とにかくっ、こういうシチュエーションは…ダメだと思うのっ」
掛け布団から抜け出し、床に立つ。
おれに背を向けたまま、手ぐしでじぶんの寝グセを直す。
そしてようやく、おれの方向に振り向いてくれる。
おれもベッドから立ち上がっている。
お互い、近づく。
160.5センチの愛を、正面から見下ろす。
なぜか、吹き出しそうになってしまう。
「……なにがおかしいわけ!?」
「す、すまんすまん」
「お笑い番組のコントじゃないでしょーがっ」
「すまん、わかってる、わかってるから」
「そんなニヤついた顔で謝んないでよ…」
「かわいいな」
「!?」
「朝から、愛が、愛らしさ、全開だ」
「ぎゃ、ギャグで言ってんじゃないでしょーね!?!?」
――顔を真っ赤に、しながらも。
「……諸々(もろもろ)、許してあげる」
「お」
「エキサイティングすぎる土曜の朝だけど……」
「お?」
「ぜんぶ、わたしは、受け容れてあげる。……感謝してよね?」
「おー」
「……。
あらためて。
お誕生日おめでとうございます、アツマくん。」
「――やたら丁寧に祝ったな」
「……丁寧じゃ、ダメ?」
「ダメじゃないよ。」
「……おはよう、って言うの、忘れてた」
「いまさらかいな」
――けっきょく、ぽすっ、と、おれの胸に抱きつきながら、
「おはよう。大好き」
と言って、愛は、愛を、傾けてくるのである。