髪を梳かしきれなかった。
伝えたいことを、伝えたいひとに、伝える日だった。
だから、納得がいくまで、髪を梳かしてみようと思って……見事に、梳かしきれなかった。
出る時間になって、あきらめて、ヘアブラシを置いた。
× × ×
彼は、
黒柳くんは、
中途半端な手入れしかできなかったわたしの髪を、
気に留めることも、なく。
ちゃんと黒柳くんはノートを持ってきてくれていた。
後輩の羽田くんへの、橋渡し。そんなノート。
旧校舎。
【第2放送室】。
名残惜しい、この部屋。
……名残惜しい机に、黒柳くんが、そっと、羽田くんに向けたノートを、置く。
「――約束、守るよね、黒柳くんは。締切を設定したら、遅れることなんかなかった」
「きょうノートを持って来られなかったら、年明けになってしまうし。遅らせるわけには、いかなかったよ」
「羽田くんの、ためにも?」
「ためにも。」
「…後輩想いだ」
「…先輩として、ね」
「……」
「? どうしたの、板東さん」
「そういう、バカみたいにマジメなところ、わたしは、とてもマネできないよ」
「……ほめられてるの? ぼく」
「決まってるじゃん……ほめてるに。最後の最後まで、鈍いんだから」
「……ごめんよ。」
「黒柳くん。」
「ん――」
「もう、謝らないで。『ごめん』って言われるのは、もうたくさん」
「――板東さん?」
軽く息を、吸い。
「きっと、黒柳くんは、将来、バカマジメゆえに、割りを食うよね」
「……まあ、自覚は、ある、かな」
いつもなら、シャッキリしない彼の口ぶりを、咎めるところ。
だけど。
「でも、結局――、あなたの、バカマジメさに、こころを、奪われた」
彼はキョトンとして、
「奪われた? こころを? だれが…?」
もう一度、軽く息を吸って。
それから。
「……わたし以外のだれがいるっていうの」
いっしゅん、黒柳くんは、意味を理解できない。
けれど、
やがて…やがて、ハッとなにかに気づいたような、顔になる。
うろたえの、黒柳くんの顔面に……静かに、微笑みかけながら、
「告白、していいかな」
型通り、沈黙の、黒柳くん。
畳みかけるしかない。
「するよ……告白。
わたし、
わたし。
黒柳くんのことが、好きになっちゃった」
伝えた。伝えられた。
……唖然呆然の黒柳くんに向かって、どんどんわたしは近づいていく。
「……好きです。あなたのことが。男の子として。」
彼との距離がどんどんどんどんなくなっていって、
やがて、距離は消え失せる。
キスしようと思ったらできる。
でも、こういう関わりかたには、きっと順番みたいなものがあって。
…彼が、なにか言おうとしているのをさえぎって、
彼の学生服に、
わたしは、わたしのからだを、重ねる。
「……巧くん!!」
気づけば呼んでいる、下の名前。
「巧くん、好き!!
あなたのことが、好き!!
離れたくない、離さないで!!!」
気づけば叫んでいる、わたしの想い。
受け止めて。
ずっと、受け止めてよ。
初めて本気で男の子を好きになった、わたしを。
からだも、ぜんぶ。
こころも、ぜんぶ。
……もう、離したくなんかないから。