【愛の◯◯】受話器マークの、向こうには。

 

日曜日。

朝。

ベッドの暖かみから、なかなか抜け出せない。

 

スマホの着信メロディ。

だれだろう。

画面を見る。

 

『北崎 沙羅』という表示。

 

……。

とりあえず、電話に出てみることにする。

 

 

「…もしもし?」

『おっはよー、なぎさー』

「なんでモーニングコールしてきたの? 初めてだよね? 日曜の朝に電話かけてくるの」

『そういえば、初めてだねえ。初体験(しょたいけん)だ』

 

ふざけたようなサラちゃんの声。

まったくもう……。

 

「サラちゃん。わたし、二度寝する気まんまんだったんだけど」

二度寝? ダメだよ、ダメっ。わたし許さないから、二度寝なんて』

「あのねえっ」

 

「あのねえっ」と言った勢いで、上体を起こしてしまった。

不覚。

 

「……」

『お~い、なぎさ~』

「……起き上がっちゃった。サラちゃんのせいで」

『起床、おめでとう』

「どういたしまして」

『おいおい』

 

率直な疑問を、ぶつけたくて、

「――なにを伝えたくて、モーニングコールかましてきたわけ? 教えてよ」

『んーっとね』

「焦らすの、なしだよ」

『わかってるって。――ことしもさ、あと2週間もないわけじゃん』

「うん」

『もういくつ寝ると、大学受験シーズンなわけでしょ?』

「…うん」

『あんたもわたしも、一般受験組でしょ?』

「……うん」

『お互い、勉強、がんばろう、って。それが、わたしが、伝えたかったこと』

「……拍子抜けなんだけど」

 

ほんとうに、それだけなの? サラちゃん。

 

『あんたは、拍子抜けかもしんないけど。わたし、ぜひとも背中を押したくて』

「……意外だよ。サラちゃんに、そんなに、わたしを応援する気があったなんて」

『だって、なんだかんだで、なぎさのことは、好きだしさ』

「――なっ」

『あー、恋愛感情とかではないよ。女の友情的な意味で、好きってこと』

「……ビックリするじゃん」

『ごめんねえ』

 

勉強机に移動して、置いたスマホに呼びかける。

「サラちゃん」

『なーに、なぎさ』

「長電話してると、勉強時間が削られちゃうと思うんだけど」

『なるほど。……ヤル気になったわけか、受験勉強を』

スマホの横の問題集を見ながら、

「わたしより、ずーっと余裕そうだよね、サラちゃんは」

 

『……』

 

サラちゃんの反応が、途絶えた。

 

……あれっ?

 

慌て気味に、

「わ、わたし、マズイこと言っちゃった!? サラちゃんが余裕だとか、余計だった!?」

 

『……』

 

「も、もしかして、サラちゃん、意外と切羽詰まって――」

 

『――ゴメンゴメン、親に、呼ばれてた』

「――ほんとう? それ」

『なにかと騒がしいんだよ、日曜の北崎家は』

 

 

……ほんとうのことを、言ってほしい。

ほんとうのことを、言ってくれないと、苛立ってきちゃう。

 

× × ×

 

通話終了後、朝ごはんを食べてから、身支度をして、近所の公立図書館に行った。

 

自習室で、受験勉強に取りかかったが、1時間も経たずに、勉強をする気持ちが萎えていった。

 

自習室から出て、図書館の書架(しょか)を適当に眺めたけれど、書架から本を取り出す気にもなれなかった。

 

× × ×

 

退館してしまった。

 

図書館の周りの道を、ぶらつき始める。

寒い。

 

寒いうえに、モヤモヤが晴れない。

気持ちの、モヤモヤが。

 

…サラちゃんらしくなかった。

受験に向かっていく余裕が、あるのか、それとも、ないのか。

はぐらかされた…。

余裕が足りなくて、不安を抱いているのなら、弱音を吐いてくれたってよかったのに…。

 

友だちでしょ? サラちゃん。

 

 

わたしは歩き続ける。

歩き続けながら、考える。

 

このモヤモヤを、だれかに、打ち明けたい。

 

だれに?

 

 

「…黒柳くんが、いいな。」

 

 

声が、

声が、出ていた。

声が、ひとりでに。

 

なんで、気持ちが、声になって出たのか、

じぶんでも、わからない。

だれにも、わからない。

 

混乱して、立ち止まる。

 

 

わたし……こんなにも、黒柳くんに頼りたいんだ。

頼りたいんだ。

頼りたいんだ……!

 

 

――そっか。

 

黒柳くんのいない日曜日が、

黒柳くんと顔を合わせられない日曜日が、

 

耐えられないのか……わたし。

 

 

コートのポケットから、スマホを出す。

電話帳の、『黒柳 巧』という名前を押す。

深呼吸する。

深呼吸しても、鼓動はどくん、どくん。

受話器マークを押すのに、ものすごい勇気が必要で、苦しい。

苦しい、けれど。

苦しいのは、彼を、求めている、証拠だから。

 

だから、

 

勇気を振り絞りに振り絞って……受話器マークを押して。

眼を閉じて、やがて聞こえてくる彼の声に、すべての神経を、とぎ澄ます。