【愛の◯◯】びしょ濡れの、眼。

 

寒い朝

キッチンで、グツグツ煮える鍋のなかのスープを、おたまでグルグルグルグルかき回している。

 

――きょうこそ、あすかちゃんに謝ろうって、決めていた。

決意は、たしかにあった。

 

だけど――どんなタイミングで、「ごめんなさい」と切り出したらいいのか。

そこが、わかんない。

わかんないまま、鍋をひたすらグルグルグルグルかき回しているわたし……。

 

渦巻く、鍋のスープ。

堂々巡りのわたしのこころを……反映しているみたい。

 

 

火を止めて、フタをした。

力なく、ダイニングテーブルの椅子に座る。

 

きょうも、あすかちゃん、このダイニングキッチンに、やってこないのかしら。

朝ごはんも、夕ごはんも、わたしといっしょに食べたくないのかしら。

 

むなしいし……さびしいよ。

 

彼女と、距離が、離れ過ぎで……悲しくなってきてしまった。

 

冷え込む、ダイニングキッチン……。

 

× × ×

 

30分間も、考え続けていた。

考え続けていたといっても、同じことを、ひたすら繰り返し脳内でこねくり回していただけ。

答えなんか、出るはずもない。

 

 

――だれかの気配がした。

 

ダイニングの入口付近に、だれかがやって来ている。

 

それを確信したわたしは、入口付近に歩み寄っていく。

 

 

 

――あすかちゃんだった。

 

 

 

来てくれたんだ……! と喜んだのも、束の間。

 

様子が明らかにおかしいことに気づいた。

 

フラフラになっている、パジャマ姿。

 

ふらつき続けて――やがて、彼女のパジャマ姿のからだは、床に崩れ落ちた。

 

ぐったりして――いまにも、倒れ込みそうになっている、あすかちゃん。

 

慌てに慌てて、わたしは、あすかちゃんを受け止める。

 

「どうしたの!? 気分悪いのよね!?」

消え入りそうな声で、

「悪いです……」

とあすかちゃんが答える。

「悪いのなら、どうしてわざわざ、こんなところまで――」

「おねーさん、朝はかならず、ここで朝食の支度をしてるはずだから。だから、だから……おねーさんなら、助けてくれるって」

 

「あすかちゃん……!」

 

「たぶん、カゼなんだと思う、わたし。それで……いちばん看病してほしいひとが……おねーさん以外に……思い浮かばなかったから」

 

「わかった、わかったから。しゃべりすぎたらダメ。あんまり声を出し続けると、ますます悪化しちゃうよ」

 

「……ごめんなさい。おねーさんの、言うとおり」

 

 

ほんとうに久しぶりの……あすかちゃんの、「ごめんなさい」。

 

情けなかった。

もっと早く、「ごめんなさい」を、わたしから、あすかちゃんに、言うべきだったのに!

 

後悔の埋め合わせは……あすかちゃんの看病以外に、ありえない。

ここで彼女を助けてあげないと……ほんとうにどうしようもない、最悪の女になってしまう。

抱きとめた彼女の熱を測る。

彼女の言うとおり……十中八九、カゼをひいている。

 

× × ×

 

あすかちゃんの部屋。

 

一通りの手当ては、してあげた。

 

眠っているあすかちゃんの様子をひたすら観ながら……混沌としたじぶんの感情を、必死に整理しようとする。

 

感情がまとまるわけがなかった。

冷静になるのは、無理だった。

 

ベッドの上で苦しそうにしているあすかちゃんに、視線を落とし続けた。

 

そしたら、涙が……どんどんどんどん、こぼれてきた。

 

 

最低最悪だ。

わたし、あすかちゃんに……ヒドすぎた。

 

『おねーさん』のわたしから、すぐに謝れば、済む話だった。

どうして素直さが足りなかったんだろう……。

わたしが素直になれないから、あすかちゃんの精神(こころ)も身体(からだ)も、すり減りっぱなしだったんだ。

せっかく、推薦入試合格っていう幸せをつかんでいたあすかちゃんを……一気に不幸にさせてしまった、わたしの、大罪。

 

眼がびしょ濡れになる。

後悔の涙が、ボロボロ流れ落ちる。

 

 

「……ないてるの? おねーさん」

眠りから覚めたあすかちゃんが、ボショリ、と言う。

 

あすかちゃん……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい

「そんなに、なかないでよ……なきすぎだよ、おねーさん」

 

涙の詰まった声で、わたしは、

「――休もうね、学校。わたしが、そばにいて看病してあげるから。あすかちゃんが治るまで……ずっと、そばにい続けてあげるから」

「おねーさんのだいがくは……どうするの?」

「サボるに決まってるでしょう……」

 

「おねーさん」

「……」

わたし、うれしい。おねーさんの、やさしさが、うれしい

「……そう。」

やさしいおねーさんは、『せかいいち』

「……ありがとう。」

ずっと、ずっと、せかいでいちばんの、ちきゅうでいちばんの、おねーさんだよ? おねーさんは

……うん。そうだね