不安で仕方がなかった。
あすかさんと、板東さんが、衝突するんではないかと……。
あすかさんは板東さんによろしくない印象を持ってるような感じだし、板東さんは板東さんで『ジェラシー』がどうとか言ってたし。
一触即発になるのが怖い。
合宿1日目は、無難に過ぎた。
ふたりがケンカになることもなく、いちおう平穏だった。
気になったのは2点。
まず、板東さんが、姉に対し、積極的すぎるぐらい積極的に絡んでいたこと。
そして次に、あすかさんが、アグレッシブな板東さんを、冷たい視線で眺めていたような気がすること……。
× × ×
合宿2日目。日曜日だ。
朝。居間で暇を持て余していると、あすかさんがやってきて、
「なにか活動しなくてもいいの? KHK」
「10時になってから、活動開始だそうです。板東さんによると」
「……ゆったりしてるねぇ」
不穏な流れになるのを避けたくて、ぼくは、
「あすかさんは、さっきまで、なにしてましたか?」
「わたし?」
「ハイ」
「……テレビ観てた」
「――プリキュアですか?」
「どうしてわかったの」
「いまのプリキュアは、『トロピカル~ジュ!プリキュア』でしたよね?」
「……どうしてそこまで詳しいの」
あすかさんはソファに片肘をついて、
「『トロピカル~ジュ!プリキュア』にね、『あすか先輩』ってキャラが出てくるんだよ。キュアフラミンゴに変身するの。……名前はおんなじだけど、わたしとは似ても似つかぬ容姿だけどね」
「番組内でじぶんの名前が呼ばれたら、気になりますよね」
「ビビっちゃう」
『あら~、あすかさんは、プリキュアなんて観ているの?』
声の主は……板東さんだった。
いつの間にか、ぼくとあすかさんの前に、フラリと現れていた板東さん。
知らぬ間の登場に……ビビる。
そして、板東さんの挑発的なことばに、もっとビビってしまう。
苦虫を噛み潰すようなあすかさん。
プリキュア語りをしてしまったことを、悔いているようだ。
「――もしかして、お兄さんと、きょうだい水入らずで、プリキュアを応援?」
なおも板東さんは挑発。
火に油を注がないでくださいよ。
なにも言い返せないあすかさん……どうやらアツマさんといっしょにプリキュアを視聴していたのは事実らしい。
あすかさんは板東さんの顔をいっさい見ずに、
「利比古くん。わたし、部屋戻る。しばらく、下りてこないから」
――避けたのか。それとも、逃げたのか。
怒鳴り合いに発展するとかのほうが恐ろしいけど、ギスギスした空気が引きずられるのも、そこはかとない恐怖感が……。
× × ×
10時台。
黒柳さんも合流して、KHKの3人で、勉強会を始めていた。
なにについてのどういった勉強会なのかは……オフレコというわけでもないが……とりあえず、伏せておく。
「熱心ねー。みんな」
エプロンをつけた姉が、飲み物の差し入れに来た。
「活動に真剣で、いいこといいこと」
「ありがとうございます!! おねえさま」
瞬時に板東さんが叫びのような声を出す。
「おねえさま」の5文字は……どう考えても、余計なような。
板東さん。あんまり「おねえさま」を連発してると、あすかさんのこころが濁ってしまいますよ……?
ただでさえ、さっき挑発されて、ダークな感情に包まれかけているんだから、彼女。
「なぎさちゃんは元気ねえ」
「はい、おねえさま!! 元気度なら、だれにも負けません」
調子乗りすぎは……危険だと思うんだけどなあ。
「……なにその顔? 羽田くん」
あ。まずい……。
「どうせ、思ってるんでしょ、さっきから調子に乗りすぎてんじゃないか……とか」
図星。
苦笑する姉は、
「まあまあ、仲良く仲良く。飲み物で休憩して、少しクールダウンしてみたら?」
姉のことばには素直に従う板東さん。
「――ですね。おねえさまがそう言うのなら、間違いはありませんし」
そう言って、グラスを手に取る。
ぼくも、グラスに手を伸ばそうとしたが……伸ばす手がピタリと止まってしまった。
というのは、『彼女』が向こうからやってくるのが、視界に入ってしまったからだ。
『彼女』とは、もちろん……あすかさん以外の、だれでもない。
というか、あすかさん、「しばらく下りてこない」って言ったじゃないですか!?
あの「しばらく下りてこない」宣言は、なんだったの!?
なぜなんだ……。
「あー、あすかさん、ご無沙汰」
板東さん、ご無沙汰ってなんですか、ご無沙汰って。
「おねえさまが飲み物を持ってきてくれたの。わたし、感謝感激。このままおねえさまの妹になっちゃいたいぐらい」
仲良くする気、皆無。
絶望。
「……妹?」
静かに戦闘態勢に入るあすかさん。
「おねーさんの妹分なんて……ふたりもいらないし」
吐き捨てるように言うから、ぼくは頭を抱える。
黒柳さんも呆然としている。
「どっちがおねーさんの妹分にふさわしいか、勝負するまでもないと思うんだけど」
あすかさんが売ったケンカを、板東さんが即座に買う。
「そんなこと言うんなら……逆に白黒ハッキリつけたくなってくるってもんじゃん」
「そんなに白黒つけたいんだ? 板東さん」
「当然! またとない機会だもの、この場は……!」
「へえ、言うじゃない!?」
「言うよ!!」
姉も、どうしていいか、わからないようだ。
助けを乞うように、チラチラとぼくを時たま見たりするけれど――ぼくだって、お手上げに近くって。
ぼくとほとんど同じくらい困り顔の姉。
そんな姉に、あすかさんは、こんなことを訊く。
「おねーさん。冷蔵庫に、挽き肉が、たっぷり残ってましたよね?」
「え!? ……う、うん、残ってたと思う」
「もうほとんど11時なんだし――昼ごはんを作り始めるには、ちょうどいい頃合い」
「挽き肉、って……あすかちゃん、わたしに、ハンバーグ作ってほしいわけ?」
「違います。わたしと板東さんが、作るんです」
「……共同作業?」
「そうじゃないです。わたしと板東さんで、ハンバーグ対決」
「――勝負したい、ってこと? どっちがより美味しいハンバーグを作れるのか。それでもって、どっちがより『妹分』にふさわしいかも――」
「おねーさんはすぐに理解してくれるから、助かります」
「……」
「ぜったい勝つ自信、あるんで」
「でも、なぎさちゃんが、ヤダって言ったら……」
「板東さんは完全にその気な顔ですよ」
ああ……。
神様、収拾をつけてくださいませんか……。