あっ、どうも。
自己紹介、しようと思います。
ぼく、笹田(ささだ)ムラサキっていいます。
大学1年生の男子。
コンプレックスは、
低い背丈と、
ほとんどソプラノみたいな、声……。
『MINT JAMS』という音楽鑑賞サークルに入っているんですけど、
戸部アツマさんを筆頭に、個性豊かなメンバーの方々がいて、楽しい時間を過ごせています。
懸念は……ぼく以外の1年生メンバーが、ほとんど定着していないこと。
稀に顔を出すぐらいで、なかなかレギュラーメンバーになってくれないのです。
むしろ、足繁くサークル部屋に通っているぼくのほうが、異質……?
まあ、いいでしょう。
あんまり、気にしなくたって。
楽しいんですから……。
× × ×
さて。
きょうは、土曜日。
ぼくは、図書館に来ている。
大学の同級生の紅月茶々乃(こうづき ささの)さんという女の子が、児童文学サークル『虹北学園(こうほくがくえん)』に所属していて、
そのサークルで、小さな子どもを対象に、読み聞かせのイベントを図書館で開催しているのだという。
それで、茶々乃さんに「来てみない?」と誘われて――読み聞かせイベントを観覧することになったわけだ。
…さっそく、保護者のかたに、
「高校生?」とか、
「中学生?」とか、
繰り返し誤認されてしまったのは…べつの話で。
『虹北学園』の上級生のひとが、絵本を読み聞かせる。
そして、
茶々乃さんも、それに続いて――絵本を、読み聞かせていた。
彼女の読み聞かせを目の当たりにするのは、もちろんきょうが初めて。
ゆっくりめのテンポで、ハキハキと、リズムよく、絵本を物語っていく。
引き込まれる。
なんにも知らなかった幼稚園児のころに戻った気分、なんて――大げさかな。
× × ×
イベント終了後、児童コーナーをしばらくチェックしていた。
絵本のことはよく知らないし、もともと、本にあまり触れようとしない子どもだった。
いまも、読書は、苦手だ。
世の中には、こんなに、絵本や、子ども向けの本が存在するのか――と、月並みながら、感嘆する。
本棚をめぐっていて、『旅するウサギ』というタイトルの背表紙が、眼に留まった。
不思議と、その『旅するウサギ』というタイトルに、こころが惹かれる。
手に取ってみた。
出版社は、小峰書店。
手ざわりが、よかった。
子ども向けの本って、こんなに、上質な装丁(そうてい)なんだ――とまたもや感嘆していると、
真横に、女の子の気配がして、
「ムラサキくん」
と名前を呼ばれたから、
「ひゃっ」
……思わず、叫ぶようにして、驚いてしまう。
「…そんな絶叫しなくてもいいじゃん。図書館なんだよ?」
「ごめん……。茶々乃さん」
「はい、よろしい」
ぼくと、ほぼ同じかそれ以上の背丈の茶々乃さんが、興味深そうに興味深そうに、『旅するウサギ』に視線を寄せる。
「ムラサキくん…ハイセンスだ」
「は、ハイセンスとは」
「いい趣味じゃん、『旅するウサギ』を手に取るなんて。……読んだことあるの?」
首を横に振るぼく。
「そーなんだ」
ニッコリと彼女は笑って、
「――絵がいいでしょ。表紙のイラスト」
こんどは、首を縦に2回振る。
「まず、表紙が魅力的だよねー」
「……茶々乃さん、もしかして、読んだことあるの?」
「あるよ」
「……いつ?」
「ん~、小6だったかなあ」
「昔から……本読むのは、好きだった?」
「うん。…まぁほぼ、児童書専科なんだけど、さ」
「児童書専科……」
「子どもの世界から、抜けられない……。いい意味でも、悪い意味でも」
悪い意味?
「――悪くなんか、ないでしょ。たとえ、児童書専科だったとしても」
「――えっ。」
「本を読み続けているだけで、立派だし。
それにさ、読み聞かせだって、茶々乃さん、立派にやっていたじゃんか」
立ちんぼ状態で、しばらく押し黙る彼女。
なにか……マズいこと、言っちゃった??
しかし、彼女は、ぼくの懸念を、
「ありがとう。――そんなこと言ってくれたのは、ムラサキくんが初めてだよ。」
と払拭してくれる。
「……」
「……」
自然と、
ぼくと彼女は、正面に向き合って、お互いの顔に視線を送り合う。
名状しがたいムード……。
……しかしながら、名状しがたいムードも、長くは続かず、
バタバタと行儀悪く走り回っている小さな男の子の足音で、
ぼくと彼女は、図書館の現実に……引き戻される。