アメリカンフットボールを題材とした少年漫画『アイシールド21』全37巻を読んだ。
最終巻を読み終え、棚に戻す。
「羽田さん、『アイシールド』全巻読んだんだ」
あ、新田くんが、食いついてきそうだ。
「うん、読んだよ、時間かかったけど」
「時間かかったといっても、羽田さんけっこうなペースで読み進めてたじゃないか」
「そう? よく見えてるね、わたしのこと」
「い、いや、それほどでも……」
縮こまる新田くん。
縮こまらなくても、いいじゃない。
しょうがないわね……とわたしは苦笑いしてしまう。
「『アイシールド21』ってタイトル、ちょっと長いよね」
そう言うと、気を取り直した新田くんが、
「そうだね。『ワンピース』とか『デスノート』とか『ヒカルの碁』とかと比べるとね。…会話のなかだと、『アイシールド』って言って、『21』を取っちゃう」
「略称とかないの?」
「んーっ、『アイシル』……とかかなあ」
「……微妙な略称ね」
「正直、微妙」
――その、『アイシールド』、だけど。
「わたしはさ、」
「?」
「『アイシールド』で、もっと掘り下げてもよかったんじゃないかなー、っていうところがあって、」
「不満がある?」
「不満というか、願望というか。…キャラクターの関係性について、なんだけど」
新田くんは、合点(がてん)がいったように、
「あーっ。羽田さんが言いたいこと、わかるよ」
「わかるの?」
「…ヒル魔とまもり姉ちゃんのことだろ?」
「そうそう!! そこそこ!! よくわたしの思ってることわかったわね、新田くん」
「いや、羽田さんなら、そういうところにこだわっちゃうんじゃないかなー、と思ったから」
「少女漫画的な読みかた、しちゃってるのかしら……」
『アイシールド21』の、もうひとりの主人公的な存在といえる、
ヒル魔妖一。
主人公・小早川セナの幼なじみで、泥門デビルバッツのマネージャーになる、
姉崎まもり。
セナが『まもり姉ちゃん』と呼ぶように、姉崎まもりはセナより年上で――ヒル魔の同級生だ。
「――ヒル魔くんと、まもりちゃんってさ。決して、仲が良くはないのよね」
「まあ、ヒル魔の扱いが、基本ヒドいからな」
「マネージャーなのにね」
「ヒル魔は、他人を人間と思ってないフシがあるからなあ」
「うまいこと言うわね、新田くん。わかるわかる」
「ひとことで、傍若無人だから」
「傍若無人どころじゃないでしょ。限りなく極悪非道だよ、彼は」
「……それでいて、主人公チームの要(かなめ)なんだからなぁ」
「――ヒル魔くんとまもりちゃん、決して噛み合ってるわけではないんだけど。
それでも――泥門デビルバッツっていうチームの仲間として、次第に認め合うようになっていってる、感じはする。
ほら――ヒル魔くんが対戦相手に潰されちゃって、いったん試合に出られなくなることが、あったでしょ?」
「ずいぶん後(あと)のほうの試合で、だよな」
「まもりちゃんが、救護室で、重傷のヒル魔くんを見守ってるのよね」
「……ヒル魔にしても、あの場面では、チームの指令塔として、マネージャーであるまもりに伝えておかなきゃならないことがあって」
「なんだかんだで……ヒル魔くんが、まもりちゃんを信頼してるっていう、裏付けなんじゃないの?」
「信頼は……してると思うよ。ヒル魔はぜったいそんなこと言わないけど」
「まもりちゃんにしても、ヒル魔くんが自分を信頼してる! なんて、簡単にはこころのなかで認められないのかもしれないけど」
「『大事なマネージャーだと思われている』っていう事実に、素直になれない?」
「まもりちゃんは、いわゆる『ツンデレ』とはぜんぜん違うけど――ヒル魔くんの『真意』というか、ほんとうは、マネージャーとして尊重してるんだ…っていう、彼の気持ちというか……とにかく、信頼されてる、大事に思われてる、っていう事実を、素直に直視するのが難しいんだと思う、彼女」
だって、
「たとえば、わたしがまもりちゃんの立場だったとしても、ヒル魔くんのほんとうの認識が見えてしまうのは……怖いよ」
「怖い、か……」
「ありえないことだけど――、もし、ヒル魔くんがとつぜん、
『ほんとはてめぇのこと、信頼してるから』
とか言ってきたら、心臓止まっちゃうぐらいビックリするでしょ!?」
「…まもりも驚愕するだろうし、その場にいる全員が衝撃受けるだろうな」
「……こんなの、わたしの身勝手な妄想にすぎないんだけど、さ」
「まあ、本来――小早川セナの物語だからねえ」
「でも、鈴音(すずな)が出てくるじゃない。セナには鈴音がいてくれるじゃない」
「たしかに…そういう感じでは、あるな」
「関係性。
…セナには鈴音がいるように、ヒル魔くんには、まもりちゃんがいる」
「…そして、まもりのほうでも、ヒル魔を『憎からず』思っている――」
「そういうことだよね。ヒル魔くんとまもりちゃん――そんな関係性なんだよね。だから、もうちょっと掘り下げてほしかったっていう、ワガママ」
「そこは、少年漫画だから。ヒル魔はぜったいに『デレない』し」
「ぜったいに、デレたりしないところ、弱さを見せないところ――普通の男子高校生とはかけ離れているキャラクターだっていうのが、彼の、ヒル魔くんの最大の魅力だっていうのは――よくわかってるよ」
「――そして、ヒル魔の魅力が、『アイシールド21』っていう作品の、最大の魅力にもなっていた」
「つまるところ――そうなのよね。人気投票でも、1番人気で。ヒル魔くんがいなかったら、こんなに長い連載になっていないでしょ」
「当然」
「新田くんが言ったように、『アイシールド21』は、小早川セナの物語ではあるんだけど――そこらへん、不思議だよね」
「なんだかんだいって、ヒル魔の物語でも、あった気がするよ」
「――セナの物語であり、ヒル魔くんの物語でもある、っていうのが、妥当な結論かしら」
「無難だけど、ね」
脇本くんが――眼をパチクリさせながら、わたしと新田くんのほうを見ている。
「ごめんね脇本くん。アイシールド語りすぎちゃった」とわたし。
「ごめんなワッキー。ふたりだけで盛り上がりっぱなしだった」と新田くん。
「……や、面白い話聴けたからいいんだけど……かなり昔の漫画だよね、『アイシールド21』って」
「なにしろ、連載開始、2002年だもんな」
苦笑しながら新田くんが言う。
「2002年って、わたしが産まれた年だ。考えてみれば」
新田くんにしても、脇本くんにしても、2002年度産まれの世代。
「――だけど、語れちゃうから、不思議ね」
と、全37巻を読み切った感慨を込めてわたしは言う。
「僕、漫画も知らないし、アニメがやってたってことだけ知ってて、観たこともなかったし」
「『アイシールド』?」
「『アイシールド』。」
「俺も、アニメは知らないよ」
「エッ、新田としたことが」
「アニメならなんでもかんでも観てるというわけじゃない」
「……新田は、読んでる漫画のアニメ版も、もれなくチェックしてると思ってた」
「なーんでだろうなあ。『アイシールド』のアニメは、まったく観てないんだよ」
「どうして?」
「わかんね。ただ――、」
「ただ、??」
「――まもりの声優が平野綾で、ヒル魔の声優が、ロンドンブーツ1号2号の田村淳なんだよ」
「へ、へえぇ」
「ん、反応イマイチか。中川翔子も、鈴音役で出ているらしく――」
「――あのさ」
「なんだ?」
「ひらの……あやさん?? 声優さん?? はじめて、聞いた……」
「おおおおおっと」
「にににに新田っ!! なっなんなんだよっ!? ビックリさせるなよ」
「ワッキーよ!」
「?!?!」
「勉強不足だぞ……平野綾を、知らないなんて」
「え……」
「知れ、平野綾を」
「新田……」