【愛の◯◯】人生が変わる深呼吸

 

音楽鑑賞サークル『MINT JAMS』。

新年度になり、ギンさんや鳴海さんが相談役的な立場になって、

おれたち下級生が、サークルの中心を担うことになった。

世代交代というやつである。

 

いまは、新歓期間。

張り切って新入生を集めるぞ~、と思い、

学生会館のサークル部屋に、きょうもやってきた、

わけなのだが、

 

「……なんでおまえがここにいるんだ? 星崎」

 

星崎姫が、椅子にドッカリと座っている……。

 

「新歓期間のまっただ中なのに、部外者に居座られても困るぜよ」

おれは星崎に言った。

なにしにきやがった。

 

「もしかして、ウチのサークルに入りたいんじゃないの?」

そう言ったのは八木八重子。

「え、でもこいつ、おれと同じ3年なんだぜ」

「1年生じゃなきゃ入会しちゃいけないきまりなんてないんでしょ?」と八木。

それは……たしかに。

 

真意を確かめるため、

「マジで入会希望なんか? 星崎」

すると星崎は微笑みながら、

ぜんぜん♫

 

あ、あのなあ……!

 

「じゃあ、ここに殴り込んできた目的はなんなんだ!? 焦(じ)らしやがって」

「もーっ、『殴り込む』とか、人聞きの悪い」

「…はよ説明せーや」

「じゃあ、説明するね」

「とっととしやがれ」

「あのね――わたしの親戚の子が、この春、ウチの大学に入学したのよ」

「…で?」

「ここを待ち合わせ場所に使わせてもらいたくて」

 

……ありえんだろ。

 

「非常識っつーレベルじゃねーぞ、おまえっ」

「ヒリヒリしないで、戸部くん」

「ぶ、部外者は出てけ」

「ちょっと待ってよ。わたしの話には続きがあるんだから」

「はあ!?」

「その親戚の子はね、児童文学サークルに入りたいって言ってたの」

「……『虹北学園(こうほくがくえん)』?」

「そんな感じの名前」

 

『虹北学園』。

昨年度まで、ギンさんの幼なじみのルミナさんがいたサークルであり、

『MINT JAMS』の至近距離にサークル部屋があったゆえ、

ルミナさんは、たびたび『MINT JAMS』のほうに押しかけてきていた。

 

「――提携してるんでしょ?」

「へ?」

「だから、『MINT JAMS』と『虹北学園』は、提携してるんでしょ、って言ってるの」

「どっからそんな話が出てきた」

「学内だと有名だよ? まるで、ふたつでひとつのサークルみたいだよね、って」

 

お、おい、そこまで話がふくらんでたのかよ。

 

 

星崎の親戚は、紅月茶々乃(こうづき ささの)さんというらしい。

茶々乃さんは、いま、『虹北学園』のサークル部屋で、サークルの説明会に出席しているという。

説明会が終わったら、落ち合う流れになっていて、

いつの間にか『虹北学園』の提携先ということになっている『MINT JAMS』で、茶々乃さんを待っていても、不都合はないだろう――というのが、星崎の言いぶんだった。

 

「ねえ、茶々乃ちゃんをもてなしてあげて、戸部くん」

ほんとうに、こいつは傍若無人だな……。

「もうすぐ茶々乃ちゃん、ここを訪ねてくるから」

「いろいろおまえは言ったが、ここを勝手に待ち合わせ場所にする妥当性が存在するとは、少しも思えん」

「妥当性あるよ。戸部くんいるし」

「それがなんなんだ。『おれなら許してくれる』って腹積もりだったんか」

「あたり」

 

こいつ……これからも、頻繁にこの部屋を利用しに来るんじゃないのか……。

部外者による、私物化……。

頭痛がしてくる。

 

「星崎さんを許してあげなよ、戸部くん」

こんどは八木が言ってきた。

八木も星崎の味方ってか。

「このサークル、女子率低いでしょ? たしかに星崎さんは部外者かもしれないけど――女の子がいてくれるだけで、わたしは嬉しいから」

理屈が……わからん。

 

八木はお構いなしに、

「星崎さん、これからも、よろしくね」

「こちらこそ。歓迎してくれてありがとう、八木さん。どこのだれかとは、大違い」

「戸部くん不寛容だよねー」

「ねー。ひどいよねー」

 

意気投合しつつ、おれの眼の前でおれをディスっていく八木と星崎。

泣けるぐらい、酷い扱いだ。

 

肝心の、『虹北学園』の説明会は、いつ終わるんだよ……と思っていたら、

ドアをノックする音が響いてきた。

 

「戸部くんわたし開けるね」と、八木がドアへと向かう。

八木がドアを開けると、新入生らしき雰囲気の女の子が、入り口に立っていた。

 

彼女が――星崎の親戚の、茶々乃さんだった。

 

× × ×

 

「茶々乃さん、座って座って」

椅子に促す八木。

しかし、茶々乃さんは非常に恐縮そうに、

「わたし、姫ちゃんを迎えにきただけなので……」

「飲み物もあるし、少しくつろいでいくといいよ」と八木。

「賛成。そうしよ? 茶々乃ちゃん」と星崎。

「でも、わたしたち部外者なのに……」と茶々乃さんは恐縮する。

「関係ないよ。ウェルカムだよ」と八木。

「ここは茶々乃ちゃんの入るサークルと提携してるんだから、茶々乃ちゃんは部外者ってわけでもないと思う」と無理くりな理論で押し切る星崎。

「そのとおり、そのとおり」と言いながら、紙コップにジュースを注いで、茶々乃さんに手渡しする八木。

茶々乃さんは、両手で紙コップを持ちつつ、うつむき気味になる。

 

おずおずと部屋に入ってきたし、

終始、恐縮そうだし、上級生に囲まれて、緊張してもいるんだろう。

星崎の親戚の子なんだけど、

傍若無人な態度を取るばかりの星崎とは、似ても似つかない。

 

――ひとまず、茶々乃さんを、落ち着かせてあげたい。

 

「――茶々乃さん」

穏やかに、彼女に向かって、呼びかける。

「肩の力、抜こう」

そう言われた彼女が、おれの顔を見つめてくる。

笑顔をキープするのを意識しつつ、

「こういうときは――深呼吸がいい」

「しん……こきゅう……」

「リラックスできる深呼吸のやりかた、教えてあげるよ」

 

星崎が怪訝な眼で、

「な~んか怪しいよ、戸部くん」

八木も怪訝な眼で、

「そうだよ。いきなり深呼吸とかリラックスとか言い出して、茶々乃さんになにがしたいの!?」

 

わかってねーなぁ。

 

「おまえらの茶々乃さんに対するもてなしかた、かえって逆効果だってこと、わからんのか」

「なにを言ってるの」と言って眼を見開く八木。

「八木のペースに持っていきすぎなんだよ」

「どういう意味……」

「接しかたが、強引だ」

「んなっ……!」

 

「戸部くんになにがわかるっていうの!? 八木さんは真心(まごころ)でもてなしてるんだし、わたしだって茶々乃ちゃんに普通に接してるだけなんだよ」

黙れ星崎

「なによ、それっ!!」

黙らんか

「あのねえっ……!!」

 

「――茶々乃さん、これから教える深呼吸は、大学生活のいろいろな場面で役に立つ。試験もレポートもゼミも卒論も、この深呼吸だけマスターしていれば、乗り切れる」

「オカルトじゃないの!? おかしくなっちゃったの、戸部くん……」と八木。

「茶々乃ちゃん、信じ込んだらダメだよ」と星崎。

 

構わず、

「なにより――心が、整う」

と言うおれ。

 

茶々乃さんが、

「心が、整う……」

と、おれのことばを反芻(はんすう)する。

 

よしよし。

『その気』な表情になってきてるじゃないか、茶々乃さん。

やっぱり、星崎とは真反対で――素直なんだ。

 

「よーし、じゃあさっそくやってみよう。八木、星崎、おまえらもやってみるんだ」

「どういうつもり!? いちばん強引なの、戸部くんじゃん」と八木がわめく。

「八木さんが言うとおりだよ。バカな真似はいい加減にしてよ」と星崎が本格的にキレる。

「もう行こうよ、茶々乃ちゃん。つきあってられない」

ついに、そう言い出す星崎であったが――、

茶々乃さんが、星崎を制するようにして、

「教えてもらおうよ――いっしょに。姫ちゃん」

やっぱり、素直な茶々乃さんは、完全に『その気』だった。

茶々乃ちゃん……戸部くんの言うこと、聞いちゃうの!?

星崎の声が、裏返っている。

「うん」

あっさりと茶々乃さんはうなずく。

「だって、頭に血がのぼっちゃってるし、姫ちゃん」

「茶々乃ちゃん……そんな」

「深呼吸は……いまの姫ちゃんに、効果てきめんだと思う」

 

そのとーりっ。

 

「そういうことだ。観念しろ、星崎」

「ムチャクチャよ……」

「ムチャクチャと思ってくれて結構」

 

そしておもむろに、八木に眼を転じ、

「なあ、八木。おまえは、一浪してるよな」

「それが……なにか?」

「浪人に加え、留年なんて、イヤだろぉ?」

「あ、あたりまえでしょっっ」

「――留年したくなかったら、深呼吸しろ」

「!?」

「フル単になる――『おまじない』だ」

 

 

こうして――、

戸部アツマによる、

『究極の深呼吸・伝授』が――、

幕を開けた。