【愛の◯◯】高橋留美子で盛り上がったあとで、わたしは奇妙な出会いを経験する

 

きのう、『漫研ときどきソフトボールの会』のサークル部屋で、

3年の日暮真備(ひぐらし まきび)先輩と出会った。

 

よく眠る体質が、同じ名字である『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のキャラクター『日暮熟睡男ひぐらし ねるお)』と似ている。

彼女は、自分からそうおっしゃっていた。

 

日暮(ひぐらし)という名字は、そのほかにも、漫画に因縁があるらしく――、

 

「『日暮』ってさ、熟睡男(ねるお)だけじゃなくって、『かごめ』の名字でもあるんだよねえ」

 

きょうもサークルのお部屋にやってきたわたしと新田くんに、ソファに身をゆだねながら、彼女が言ってきた。

 

「『かごめ』?」

よくわからないわたしに、

「『犬夜叉』のヒロインが、『日暮かごめ』っていうんだよ」

と、新田くんが、すかさず説明してくれる。

あー。

犬夜叉』、名前だけ知ってる。

高橋留美子が作者であることぐらいは……わかる。

けれど、『犬夜叉』って、

巻数を調べたら、50巻以上もあったのよね、たしか。

どんな大作? って感じだけど……、

さすがに、50巻以上も読むのは、相当なエネルギーが必要だと思ってしまう。

少年漫画って、果てしなく長い作品が、多いのかしら。

ONE PIECE』とか、もっともっと長いのよね。

しかもまだ終わってないし。

ところで、週刊少年ジャンプって、ONE PIECEが終わっちゃったら、どうなっちゃうのかしら?

――、

わたしの思考が、どんどん横道にそれていくなか、

新田くんと日暮さんの会話が、どんどん弾んでいく。

 

「『犬夜叉』のかごめみたいな美人に、わたしもなりたかったよ。

 こんなお子様体型とお子様フェイスじゃ、だめだね」

「かごめに妬(や)いてるんですか? 日暮さん」

「ちょっとだけ」

「……『うる星やつら』のラムや、『らんま1/2』のあかねとは、違ったタイプのヒロインでしたよね」

「『めぞん一刻』の響子さんとも違うよ」

「まあ、たしかに」

「わたしの眼の前にも、犬夜叉みたいなイケメンが現れたらなー、って、昔は思ったりした」

犬夜叉より、殺生丸(せっしょうまる)のほうが、イケメンっぽくありませんか?」

「ん、そうかも、言われてみたら。するどいね新田くん」

 

会話に聴き入りながら、スマホを使って、情報を検索するわたし。

……そうか、殺生丸って、こういうキャラか。

高橋留美子漫画のキャラクターについて、少し詳しくなった。

 

「新田くん、わたしね、『らんま1/2』だったら、少しだけ読んだことあるよ」

わたしも、会話に混じってみる。

「アニメは?」と新田くん。

「観たことない」とわたし。

「アニメも面白いんだけどな」と新田くん。

高橋留美子はアニメに恵まれてるよねえ」

日暮さんが、割って入ってくる。

新田くんは苦笑気味に、

「恵まれてる、というか、日本で1番恵まれてますよね」

 

そうなんだ。

 

「『うる星やつら』のアニメなんか、すごいよね」

「日暮さんやりますね。『うる星』のアニメも、わかるんだ」

押井守さまさま、ってとこもあるけれど」

「日暮さん通(つう)だ。通の口ぶりだ」

「――ありがと、新田くん」

 

ふたりの会話のキャッチボール、途切れず。

 

わたしの顔を、のぞきこむように見て、

「羽田さんごめんね、置いてけぼりにしちゃって」と日暮さん。

いえいえ。

「楽しいお話が聴けて、幸せな気分です」

日暮さんは満更でもなく笑って、

「ちょうど、わたしの背後の本棚にね、『うる星やつら』全34巻が入ってんの」

すかさず新田くんが、

「サンデーコミックス版ですよね? 全34巻ということは」

「そ。新田くん見てみなよ、本棚」

 

彼は立ち上がり、本棚を楽しそうに楽しそうに眺めて、

「うわ~、新装版のほうじゃなくって、連載当時の単行本だ」

 

新田くん、すごくすごく物知り。

 

「ねぇ、新田くん、『うる星やつら』って、面白い?」

後ろから声をかけるわたしに、

「面白いよ。初期の絵柄が、やや人を選ぶ気もするけど……1話完結のエピソードが多いし、読みやすいと思う」

彼は『うる星やつら』第33巻のページをこなれた手つきでめくりつつ、

「なにより――世界観に、味がある」

 

「新田くん、語れるねえ、キミも」

「それほどでも、日暮さん」

 

――なんだか、お互いの『実力』を認め合ってる感じの、おふたり。

ウマが合うって、こういうことか。

 

× × ×

 

副幹事長の有楽碧衣(うらく あおい)先輩が、入室してくるなり、

「羽田さんと新田くんに渡したいものがあって」

「なんでしょうか? センパイ」

わたしから訊くと、

「ビラが余ってるの」

そう言って、有楽センパイは、新入生会員ふたりに、サークル宣伝のビラを手渡しする。

「新入生っぽい子がいたら、配ってくれないかな」

新入生っぽい子、ですか。

 

「碧衣(あおい)、もう1年生に、仕事押し付けるの?」

難色を示すように日暮さんが言うが、

「じゃあ、真備(まきび)、あなたが余ったビラを全部配ってくれる?」

「……それは、ヤダ。疲れる」

あっさりと、降参する。

 

「喜んで引き受けますよ、センパイ」

わたしは、前向き。

「羽田さんはやっぱり、頼もしいね」

『やっぱり』というのが、いささか引っかかるが、

有楽センパイに信頼を寄せられて、さらにやる気が上昇する。

対照的に、新田くんは、うつむき加減に、

「……さばき切れるかなぁ」

たしかに、こういうのに自信がある人のほうが、少ないよね。

新田くんに理解を示しつつ、

「持ってるビラ、半分くらい、わたしにちょうだい?」

とお願いする。

「えっ、羽田さんの分量が、増えるよ」

「お安い御用、だから」

「自信があるの?」

「ないと言ったら、ウソになる」

「マジか」

「マジよ」

 

× × ×

 

ビラを抱えて、部屋を出た。

 

さーて、ビラ配り、どう攻めていこうかなー、と思って歩き始める。

 

すると。

 

さっきまでわたしがいた、『漫研ときどきソフトボールの会』のサークル部屋の入り口から、微妙に距離を取って、女の子が立っている。

 

もちろん、この子とは、初対面なわけだが――、

部屋の近くに立っているということは、

サークルに興味がある新入生の子と、いきなり遭遇することができたということかもしれず、

 

「こんにちは」

 

と満点スマイルであいさつしてみる。

 

ビクッ! というリアクションの彼女。

わたしが積極的すぎたかな。

 

無言で彼女はわたしと相対(あいたい)する。

 

凛々(りり)しい顔。

芯が強そうな女の子、というのが、第一印象。

黒髪は、いまのわたしと同じぐらいの長さ。

 

ジーンズが、ぴたっと合っている。

そこがうらやましい。

 

――もとい、

「『漫研ときどきソフトボールの会』を訪(たず)ねに来たの?」

直球ストレートの質問を、投げかける。

彼女は約5秒間押し黙って、それから、

「……はい」

と控えめに答える。

敬語じゃなくてもいいのに、と思って、

「あなた1年生でしょ」

「……そうですが」

まだ、敬語だ。

「わたしも1年生」

「……はぁ」

遠慮がちな眼で、彼女は相づちを打つ。

「羽田愛っていうの。とりあえず、ビラ受け取っといて」

そっと受け取る彼女。

「よかったら、見学していったら?」

「……きょうは、いいです」

 

そう言って、彼女はエレベーターのほうへと、歩(ほ)を進め始めてしまった。

 

あれ。

強引だったかな。

追いかけて、引きとめたりしたら――もっと強引になっちゃう。

黙って彼女を見送るしかなかった。

残念だ。

悔やみつつ、遠ざかる彼女の背中を見続けていた。

そしたら、

途中でいったん、彼女は立ち止まり、

一瞬だけ、わたしのほうにふり向いて、

そしてまた、スタスタと歩き始め、

やがて、姿を消していった。

 

ん~~、

また、来てくれるのかなあ、彼女?

失敗だったかもしれない。

わたしとしては、来てほしいという思い、なんだけど。

 

いちばんわたしが、気になったのは、

一瞬、彼女がふり向いたとき、

その顔が、

なんだか――怒ってるように、見えてしまったことだ。

 

錯覚であってほしい、

なんて。

それは、勝手な願望――。