アルゼンチンの作家の小説。
有名な自由律俳人の句集。
関西のマニアックな博物館のガイドブック。
宮部みゆきのお散歩エッセイ。
イギリス経験論哲学の入門書。
「――いろんな本が、積み上げられてんな。バラエティに富んでる」
「そう?」
「そうだろ。やっぱり、読書の幅が広いんだな、おまえは」
「そんなことないよ」
「誇れよ、もっと」
「誇っていいの?」
「ああ」
……なぜ、リビングまでわざわざ本を積み上げに来たのかは、いまいち理解できんが。
「きょうじゅうに読むのか? それ、全部」
「できっこないでしょ、そんなこと」
「でも読むために運んで来たんだろ」
「それはどうかしらね」
「は?」
「なんとなく――持ってきちゃったの」
「なにがしたいのかな」
「『本を積まないと落ち着かない症候群』、なのかも…」
「…意味がわからん」
「――ホッとしない? 目の前に、積ん読があると」
「どういう原理か」
「整う」
「なにが」
「気持ちが」
「……」
「知的好奇心が満たされるから、整うのかしら」
「しらねーよ」
「アツマくん、この中から、1冊貸してあげるよ」
唐突だな…、愛も。
愛の積ん読と、にらめっこ。
「……」
「選べないの?」
「難しそうなの、多いし」
「え、さすがに、関西地方の博物館ガイドとかは、難しいもなにもないでしょ」
「興味が……」
「視野が狭いわね」
「る、るせぇ」
積ん読のいちばん上の本を取り、パラパラめくる愛。
「視野が狭いのは、悪いことばかりなわけでもないけど……それでもやっぱり、損よ」
「お説教する気か」
「まさか」
「…本、借りるのは、また今度な」
「いつでもいいわよ。わたしの部屋で待ってる」
「おまえの部屋は本だらけだからな…」
「ノックしてから入ってきてね」
「ったりめーだろ」
「この前、ノックしないで入ってきたでしょ」
「だっけ?」
「釘をさしてるの」
「気をつける」
「気をつけてね」
× × ×
「田中俊太の6打点が、水の泡……」
本のページをめくりながら、昨夜のプロ野球開幕戦を振り返る愛。
「愛、本読むか、ベイスターズの敗戦を残念がるか、どっちかひとつにしたらどーなんだ」
「……亀井の打球がライトスタンドに吸い込まれていくのがフラッシュバックして、本の文字がすり抜けていくわ」
「読書どころじゃなくないか、それ」
「……たしかに」
ピシャリと本を閉じる愛。
「開幕戦って大事なのよ」
「うむ」
「流れ、ってものが、やっぱり、存在するのよね」
「ふむ」
「出鼻を亀井にくじかれた感じ」
「サヨナラホームランだもんな」
「せっかく、監督としての、番長の門出だったのに」
「けど、まだ始まったばっかだろ」
「そうね、きょうとあすで、勝ち越せばいいのよ」
「前向きに、な」
「ん~~っ」と背伸びをしたかと思うと、愛は、
「ついでに?」
「しりとりをしましょう」
「……なんじゃあ!?」
「だから、しりとりよ」
「なんでまた、しりとりしなきゃいかんのだ」
「時間稼ぎになるでしょ」
「……」
「読書もあんまり、気が乗らないし」
「――先攻は?」
「あら案外乗り気なのね、アツマくん」
「いいから早く先攻後攻、決めてくれ」
「なら、わたしから」
「よし…」
「横浜スタジアム」
「『む』?」
「『む』。」
「む、村田修一」
「ちくわ」
「和田毅」
「野球選手にこだわるのね」
「たまたまだっ」
「シュークリーム」
「また『む』かよ」
「ほら、早く」
「む…村田真一」
「チキンライス」
「…酢豚」
「日和(ひよ)った~~」
「爆笑すなっ!!」
「『た』? ――蛸壺(たこつぼ)」
「ボウリング」
「グランドスラム」
「また『む』かよ」
「しりとりに集中してよっ」
「……ムガル帝国」
「ルーマニア」
「アンドロイド」
「ドーバー海峡」
「海ぶどう」
「うなぎパイ」
「イカ焼き」
「ルッコラ」
「ラーの翼神竜」
「な、なによそれ」
「遊戯王カード知らないのかよ」
「知るわけないでしょ」
「続行な」
「……」
「『う』だぞ」
「……梅干し」
「シークワーサー」
「『あ』なの?」
「『あ』で」
「合鴨」
「桃の天然水」
「イソップ物語」
「リンパマッサージ」
「充電器」
「キーマカレー」
「……」
「『え』、だぞ」
「円盤投げ」
「ゲゲゲの鬼太郎」
「宇都宮ぎょうざ」
「座布団。……あ」
「弱い!! アツマくん弱い!!!」