【愛の◯◯】聖職者だけど、スイッチが入ったら口が滑っちゃう

 

目覚まし時計、鳴った。

 

でも、もう少しだけ――眠らせて。

いいでしょ? わたしの目覚まし時計。

 

土曜日の、春の、あたたかさ……。

 

ガチャッ

 

無神経なドアノブの音が聞こえた。

 

「澄(すみ)」

 

安眠を邪魔する、母の呼び声。

 

「澄、起きなさいよ」

 

横向きに寝転んだまま、

「あと3分」

とわたしは応戦する。

「わたしにあと3分だけ時間をくださーい」

 

「……なに寝ぼけたこと言ってんの」

 

鬱陶しい……。

 

「高校生みたいなこと、言うんじゃないの」

 

カチンと来て、

目が一気に覚めた。

 

ガバリ! と起き上がるわたし。

 

「起きたけど……これで、満足?」

「早く顔洗って来なさいよ」

「ムー」

「ムーじゃないっ。

 あんた、きょうは午前中、休日出勤だって、言ってたでしょう」

「……まだ時間にゆとりはあるし」

「そんなこと言ってたら、遅刻しちゃうよ!?」

 

それぐらいわかってるから……と、反抗期的な気分になった。

実家暮らしのせい?

ときどき、反抗期に、逆戻りしちゃうのは……。

 

× × ×

 

「あんたいくつよ」と母が定期的に言ってくる。

言ってくるたび、

中原中也の詩みたいなこと言うのね」

と言い返すのだが、

母は中原中也を知らないので、『なにを言ってるのこの子……』と言い出しそうな表情になる。

 

中原中也は、パラサイトシングルでは、なかった……はず。

わたしより、ずっと偉い。

 

 

寝起きのときの、母とのイザコザを思い返して、肩を落としながら、スポーツ新聞部の活動教室へと向かっていた。

 

× × ×

 

もう部活は始まっていた。

いちばん遅く来たのは、顧問のわたしだった。

 

「あすかさん、元気ね」

「はい、モチベーション、みなぎってます」

さすが、女子高生――。

 

「加賀くんも、真面目ね」

「超ダルいんだけど」

「でも、来てるんじゃないの」

「……」

「立派な出席率」

「……先生、」

「え? なに」

「先生が……いちばん最後に来るのは、カッコつかないと思うぜ」

 

う。

加賀くん、正論。

 

「加賀く~ん、そんなこと言ってないで、手を動かしてよ、手を」

「どうしろってんだ、あすかさん」

「そこにプリントがあるでしょ?

 それ全部、わたしの書いた文章だから、PCに打ち込んでくれない」

「は!? USBメモリ使えば済む話だろ、二度手間かよ」

「そう。わざと、二度手間にした」

「なんで」

「加賀くんの文章入力スキルの特訓」

「あのさあ…」

「…手持ち無沙汰よりは、いいでしょ」

 

あすかさんも、やるなぁ……と思いながら、ふたりのやり取りを眺める。

あすかさん、いまのわたしより、全然しっかりしてる。

なにをやってきたんだろうか、わたしは……。

いったい、ぜんたい。

 

気合、入れ直さなくちゃ。

 

すっくと立ち上がり、

よーーし!

「そ、その掛け声はなんですか、先生」

「あなたを見ていたら、意識を変えなきゃ、と思ったのよ、あすかさん」

「意識を……変える?」

「意識を、高める、ともいう」

「は、はぁ」

「あすかさん、わたしになにか、できることは!?」

勢いづくわたしに彼女は、

「で、では――きょうは桜子さんがリモート出演してくれるので、先生が応対してくれると助かります」

「一宮(いちみや)さんが!」

「ずいぶんうれしそうな顔ですね……」

「だって、一宮さんなんだもん」

「……先生?」

 

× × ×

 

「おはよう! 一宮さん」

『おはようございます……あの、先生、あすかちゃんは?』

「いるよ」

いるけれど、

「――あすかさんの前に、ウォーミングアップがてら、わたしとおはなししましょーよ」

『……いいですけど、積極的ですね、いつもより』

「えへへー」

『ハイテンション……』

 

「えーっと、まずは。

 受験うまくいって、良かったよね」

『おかげさまで』

「自分の妹のことのように、うれしい」

『!? 先生に妹さん!? 初耳――』

「ちがう、ちがう、妹なんかいないよ、たとえ話」

『先生……』

「ひとり暮らし、するの?」

『は、はい、』

「やっぱり。通うとなると、遠いもんねぇ」

『はい。それが主な理由で』

「――西千葉?」

『そうです』

「近いもんね」

『まあ、無難に』

「そっかあ~、ひとりぐらし、はじめるんだあ~~」

『……』

「ひとりで住むなら――連れ込み放題だね、岡崎くん

せ、せ、せ、せんせえっ!!

 教師が、教師がそんなこと言っちゃダメですよっ!!

 

一宮さん、びっくりしてる。

悲鳴あげてる。

まあ…、仕方がない。

 

「そうですよ先生っ、『連れ込み放題』とか、穏やかじゃありませんよっ!!」

となりにいた、あすかさんも、慌てている。

これも…まあ、仕方がない。

 

だけど、わたしは、画面に向かって、続けざまに、

「アドバイス、してあげても、いいんだよ」

『か、かんべんしてくださいっ、いったいなんのアドバイスですかあっ』

「イヤ? アドバイス

『まにあってますっ』

「あらら」

『どうしてそんなに暴走気味なんですか!? きょうに、限って――』

「一宮さん」

『も、もっと慎(つつし)みを――』

「一宮さんったら」

『??』

「……わたしのこと、『澄(すみ)先生』って呼んでもいいのよ」

『どうして……』

「だって、あなたは卒業したんだもん」

『理由になってません、理由にっ。『椛島先生』は、『椛島先生』です!』

 

× × ×

 

「疲れた? あすかさん」

「――半分以上は、先生が暴走したせいです」

「たしかに、突っ走りすぎちゃった」

「新学期までに、反省してほしいです……」

「……いま、反省するのは?」

「なんですかそれ、もう撤収する流れですよ」

「反省会」

「反省会?」

「あなたたち――お昼ごはんは、持ってきてないんでしょう?」

「午前中で終わりの予定だったので……」

わたしがお昼、食べさせてあげるよ

「なっ――」

「おごりよ、おごり。どっかでお昼食べながら、反省会」

「本気で言ってるんですか!?」

「へーきへーき」

「――知りませんよ、わたし」

「ほら。加賀くん見なさいよ。いかにも『お腹が減ってしょうがない!』って顔してるよ」

「責任とるのは、先生なんだから……」

「大げさよぉ」

「……スイッチが入ったら、とっても面倒だってことが、今回よくわかりました」

ごめんね~~、スイッチ、入りすぎちゃったみたい~~

「……」