お昼前。
谷崎潤一郎の小説を、リビングで読んでいたら、
流さんが、やってきた。
「――流さんだ。」
「読書? 愛ちゃん」
「見ての通り」
「偉いね」
「そうですか?」
「ずっと――読書してたんでしょ?」
「はい。朝から」
「すごいね」
「すごくないです。たったの3時間読書していたぐらいで」
すると流さんは苦笑いで、
「……やっぱり、天才だなあ」
「え!? わたし天才なんかじゃないです」
「じゃあ……『天才肌』としておこうか」
んー、
「流さんにホメられるのは素直にうれしいんですけど」
「うん」
「――それはそうとして」
「うん?」
「流さん――『出番』が少なくて、退屈してるんじゃありませんか?」
彼は目が点になって、
「で、『出番』???」
「そんなに、クエスチョンマークを重ねるように言わなくても」
「愛ちゃん――ずいぶんアクロバティックに話題を換えたね」
「いや、これはぜひ、言っておきたかったんです」
「なぜに」
「流さんも――大事な、戸部邸の一員ですから」
わたしは本を閉じて、
「テレビでも、視(み)るかな」
リモコンに手を伸ばして、
「流さんも視ましょうよ?」
「視るよ。――退屈だし」
あ、退屈だって認めるんだ。
「といっても、この時間はニュース番組とかですけど」
「なんだっていいよ」
「では」と言ってわたしは、テレビの電源を入れ、日テレに選局する。
流さんが、静かにわたしのとなりに座った。
日テレのお昼のニュース番組を視る。
ニュースを視ながら、ふたりであーだこーだと意見を交わす。
いや、意見交換というよりは――ニュースを話のタネにしての雑談、というのが、より正確だろう。
話していたら、あっという間に15分のニュース番組が終わってしまった。
で、次は例によって、キユーピー3分クッキング。
キ『ュ』ーピーではない。
キ『ユ』ーピーである。
……このブログの中の人も、過去に、キ『ュ』ーピーと間違った表記をしてしまったことがあるらしい。
気を抜いたら……キユーピーの『ユ』が大文字であることを失念してしまう、ということ。
日本語の文章を書くのも、並大抵のことではない。
きびしい。
――3分クッキングの調理風景に眺めいるわたし。
お料理番組だと、つい没頭して視てしまうのよね。
「集中してたね。さすが愛ちゃんだ」
「レシピを、その場でおぼえたいので…」
「…視ただけで、記憶できるの?」
「3分で、インプットです」
「どひゃあ」
「な、なんですか、そのリアクション」
「かなわないな……っていう気持ちを、込めたんだ」
「ふ、ふだん……『どひゃあ』なんて、言いませんよね、流さん」
「新境地」
「……え?」
気を取り直して、
「ヒルナンデス! が始まりましたけど、わたしが昼食当番なので、そろそろ作ってきます」
「さっきの、3分クッキングのレシピで、作るとか?」
「まさか、まさか」
「…そうだよね」
「あらかじめ、お昼の献立は決めておいたので」
「ぬかりないね。…そうだ。たまには、リビングでお昼を食べるのもいいんじゃないかな」
「あ、いいですね♫」
「ぼくはテーブルをきれいにしておくよ」
「おねがいします~」
× × ×
食べ終わって、ゆったりまったり、くつろいでいる。
「美味しかったよ」
いつもと同じように、わたしの料理をホメてくれる流さん。
「――大学の成績評価だと、どれくらいですか?」
「もちろん、Aプラスさ」
「またまた~」
「い、いや、Aプラスしかないよ」
「――優しい。」
その優しさに、感謝しながら、食器を片付ける。
「お母さんとは、大違い――」
「愛ちゃんの、お母さん?」
「ホメてくれないんですよ、母は」
「きみに、料理を教えたのは――」
「――わたしに料理を教えてくれたのは、自分自身の、失敗体験です」
「でも、お母さんの、手ほどきだって――」
「ありました」
「なら、やっぱり、こんなに美味しいものを作れるのは、お母さんのおかげが大きいんじゃないの?」
「……対等だったから。わたしと、母は」
「対等?」
「意地の、張り合い――。
母がわたしの料理をホメてくれない『お返し』に、わたしも母の料理をホメなかったり、そういうバトルが、よく勃発してました。
――子どものころのこと、ですけどね」
「は、激しいんだね」
「懐かしいです……」
しみじみと、テレビ画面に眼を向けた。
ヒルナンデス! が絶賛放映中。
流さんも、テレビのほうを向いて、
「愛ちゃんは……『笑っていいとも!』とか、知らない世代なのかな」
「えーーっ」
「……知ってたの?」
「『いいとも』ぐらい知ってますよぉ」
「……悪かった」
「タモさんって、なんで『森田一義』名義で、いいともに出てたんでしょうねぇ?」
「理由があったような気も、しないでもないが……」
「いいとものオープニングテーマ、あったじゃないですか」
「昔は、タモリも歌ってたっていう――」
「作曲したのが、伊藤銀次さんっていうかたなんですけど」
「よ、よく知ってるね」
「伊藤銀次さんは……わたしのおとうさんの、知り合いの、知り合いの、知り合いの、知り合いらしくって」
「……それは、かなり『綱渡り』な情報だなあ」
「……ここだけの話ですよ、流さん」
「不安だ……」