【愛の◯◯】『詫(わ)びカツ丼』

 

気持ちよく目覚めた。

快眠、快眠…っと。

 

すぐさま、カーテンを開ける。

うん、晴れ。

 

いまごろ、利比古とあすかちゃんが朝食を作ってくれているはず。

わたしは、スウェットを着たまま、勉強机に向かう。

せっかくふたりが朝食当番やってくれてるんだから、わたしもがんばらないとね。

 

× × ×

 

いつもより少しだけ遅い朝食。

自由登校期間ゆえ。

 

「おまえきょう学校行かんの」

いっしょに朝食を食べているアツマくんが訊いてくる。

「きょうは自宅学習」

「ふーん」

「あなたこそどうなのよ」

満面の笑みで、

「おれはもう春休みだ。レポート出しちまったからな」

「ずる~い」

「くやしかったら早く大学生になってみろってんだ」

…彼の余裕に、少しムッとくる。

 

「それはそうとな、予告しておくが、週末に星崎が来るぞ。たぶん日曜日に」

星崎さん――。

アツマくんの、大学の同級生の女(ひと)。

「どうした、しかめっつらして」

「――してないよ」

「星崎に来てほしくないとか?」

そうじゃない。

「そんなこと思ってるわけないじゃない」

「じゃあなんでそんなにモヤモヤした表情になってんだ」

 

それは……。

 

「…もしかして、おれと星崎が大学でいっしょにいるとこ想像して、ヤキモチ焼いてるとか?」

 

「どうしてわかるの……」

 

「あーっはっは!! 愛、おまえもウブだなあ~」

「……勘違いしないで。本気で星崎さんに嫉妬してるとか、そういうわけじゃ全然ないし。つい……想像しちゃっただけ」

 

わたしは急いで朝食を食べ切り、

「ごちそうさま」と言って、立ち上がる。

 

お皿を流しに持っていくわたしに、

「――星崎も、そうとう面倒くさいやつでな」

「――わたしとどっちが面倒い?」

「――甲乙つけがたい」

 

アツマくんのからかいが、ムカムカを加速させる。

乱暴に音を立てて、食器を洗う。

 

× × ×

 

ムカムカのまま、部屋に戻って、受験勉強。

 

……せっかく朝からアツマくんといっしょにいられるのに、

なんだか、波長が合わない。

ムカっ腹(ぱら)立ててるのは、わたしのほうなんだけど。

 

 

このまま、すれ違ったままは良くない。

そう思って、勉強を中断し、階下(した)にアツマくんの様子を見に行く。

 

× × ×

 

大きなソファにゴロゴロゴロゴロ寝転んで、マンガ雑誌を読んでいた。

 

「……だらけ過ぎじゃないの? あなた」

 

つい、こんなことばが出てしまう。

 

「英気を養ってるんだ」

「とてもそうは見えない」

 

必死でこっちは受験勉強に勤(いそ)しんでるのに。

アツマくんの怠けぶりが、わたしをイライラ状態にさせる。

 

「だらだらするのにも……限度があるでしょっ」

詰(なじ)るような、攻撃的な口調が、エスカレートしていく。

「もっと、やるべきことがあるんじゃないの!? 朝からそんな怠けた姿、わたしに見せないでよ」

 

彼はマンガ雑誌に眼を向けたまま、

「――怒ってんの?」

「――怒ってんの、じゃ、ないわよっ!」

 

そこらへんにあったクッションを掴(つか)んだ。

そしてそのクッションを、マンガ雑誌めがけて投げた。

見事に吹っ飛ぶマンガ雑誌

コントロール抜群だった。

 

「あ、あぶねぇだろっ!! いきなり」

 

――わたしはプイッ、と彼から眼をそむけて、

階段に向かって、駆け出した。

 

× × ×

 

やり過ぎだったのかな。

いくら、怒ってるからって。

 

アツマくんへの苛立(いらだ)ちと、わたし自身への苛立ちが、ごちゃごちゃとミックスされる。

 

集中できない……。

 

部屋に戻って、現代文の勉強をしていた。

問題集を解いた。

そしたら、読解問題で、選択肢を間違えた。

いつもは、いつもは――このレベルの問題なら、ほぼ100パーセント間違わないのに。

解説欄を何度も読み返す。

わたしの読解の筋道が……間違っていたことに気づく。

もし、

入試本番で、こんな問題を間違えて、点を落とすべきでないところで、点を落としてしまったら――。

 

いつもと精神状態が違うから……と、自分で自分を安心させようとしても、拭えない不安。

次々に湧(わ)き出す不安。

 

不安の根っこを、取り除きたい。

どうすれば?

 

わたしは30分間考え続けた。

 

――出た結論。

 

アツマくんと仲直りするしかない。

 

 

× × ×

 

 

彼はリビングで屈伸をしていた。

 

「ストレッチ?」

「ああ」

「マンガは読まないのね」

「飽きた」

「…ほんとかしら」

「おまえがクッションを投げてくれたおかげで、やるべきことに気づいたんだ」

「…それが、ストレッチなのね」

「――ずいぶんと笑顔だな、おまえ」

「だって…」

「さっきはあんなに怒っていたというのに」

「だって……。

 アツマくんに、謝りたいんだもん」

「反省した、ってことか?」

「そういうこと。

 ……クッション投げつけて、ごめん――」

「――ちょっと待った」

「えっ?」

「おれのほうから――先に謝らせてくれよ」

「アツマくん……」

「朝から、いろいろ気を悪くさせたみたいで、申し訳なかった。ごめん」

「……わたしこそ、ごめんなさい。変な態度とって」

「悪いのは、おれのほうだよ」

そんなことない……

「なんでそこで、しんみりするかなあ」

どうしても、仲直りしたくって

「もう仲直りできてるだろ?」

まだ、足りない気がする

…足りてるから。

 

そう言うと、彼は、わたしの頭に優しく手を乗せて、ナデナデしてくれる。

 

……で、わたしはいつものパターンで、彼の胸にギュッ、と抱きついていく。

 

見事に、不安、解消。

 

 

× × ×

 

 

「――わたしにしてほしいこと、ある?

 あったら、言ってよ。

 なんでも、してあげるよ」

「んんっ……」

「遠慮しないの」

「わかった……じゃあ、おことばに、甘えて」

「どうぞ、なんでも」

「……カツ丼を作ってくれないか

 

× × ×

 

「おまちどおさま」

「お、味噌汁まで作ってくれたんか」

「こんなの朝飯前だもん」

「いまは昼時だけどな」

「――冷める前に食べて」

「わかった。ありがとな、愛」

 

「美味しそうに食べるね、アツマくんは」

「愛が作ったカツ丼が美味くないわけないだろ」

「――カツ丼ってね」

「?」

「意外と、料理本にレシピ載ってないのよね。親子丼はたいてい載ってるんだけど」

「ほほぉ」

「わたしは、カツ丼の早くて美味しい作りかたが、頭にインプットされてるから――本のレシピを頼る必要、ないんだけど」

「インプットされてるって、おまえのお母さんに教えてもらったとか?」

「……ま、そんなところ」

「ふむふむ……」

「どうしたの、なにか企(たくら)んでるみたいな顔になって」

「や、思いついたんだ」

「な、なにを」

「――羽田母娘(おやこ)の共同名義で、レシピ本を出してみたら、売れるんじゃないのかなあ、って」

「また突拍子もないわねえっ」

「イヤか??」

「わたしがお母さんと本なんか出すわけないでしょっ」

「え~~」

「母は母、娘は娘!」

「――だったら、こうしてみるのは?

 YouTuberになるんだよ。

 例えば、カツ丼作ってる動画を、アップしてみるんだ。

『愛ちゃんチャンネル』とか、そういう名前つけて――」

黙らっしゃい