【愛の◯◯】星崎は『下の名前』にとらわれて

 

初期の初期のミスチル

 

 

圭二「Mr.Childrenのベストアルバム『Mr.Children 1992-1995』を小鳥遊に聴いてもらったわけだが……感想は?」

 

小鳥遊「ミスチルにも、売れない時代があったんですね!」

 

圭二「ほんと無邪気に言うなぁ小鳥遊は~。…なあ、おまえもそう思うだろ、イチロー?」

 

イチロー「(なぜかキレ気味に)売れない時代の苦労も知らずに……」

 

圭二「い、イチロー??」

 

イチロー「小鳥遊は無邪気すぎるって言ってんだ」

 

圭二「お、落ち着こうぜ。にしてもイチロー、おまえ小鳥遊のことになるとなぜかムキになるよな」

 

イチロー「どういうことだよっ」

 

圭二「そんなに後輩に厳しく当たらんでも」

 

イチロー「おれは、言うことは言うんだ――元は、小鳥遊の教育係だったんだし」

 

圭二「いまはおれのほうが教育係みたいになってるけどな」

 

イチロー「小鳥遊が、おれに対して生意気だったのがいけないんだ」

 

小鳥遊「イチロー先輩」

 

イチロー「……」

 

小鳥遊「イチロー先輩、いまでもわたしのこと、生意気だと思ってますか? 不満があるんだったら、言ってくださいよ!」

 

イチロー「……」

 

圭二「イチロー、小鳥遊がつぶらな瞳で訴えかけてるぞ。おまえも、彼女の顔を見てやれよ」

 

イチロー「(むしろ、小鳥遊に背を向けてしまい)ミスチルの話だったよなっ!!

 

小鳥遊「(イチローの背中に向かって)……売れない時代があった、って言っちゃいましたけど。わたし、売れない時代の曲もいいと思いましたよ」

 

イチロー「(背を向けたまま)なぜ? 根拠を言えよ

 

小鳥遊「先輩……、大学教授みたいなこと言いますね」

 

イチロー「うっせぇっ」

 

圭二「イチローのことばが汚くなり始めた」

 

小鳥遊「――若々しい、と思ったんですよ、純粋に。

 爽やかだけど、切なかったりもする。

『星になれたら』は――シングルじゃないんですよね」

 

圭二「だな。でも、シングルにしてもいいくらいの名曲だ」

 

小鳥遊「名曲ですよね」

 

圭二「だろー? 小鳥遊とは意見、合うね!」

 

イチロー「なに勝手に盛り上がってんだ、このッ」

 

圭二「(スルーして)セカンドシングルの『抱きしめたい』までは本当に売れてなかったんだ。サードシングルの『Replay』で、ようやくセールスの矢印が上向きになった」

 

小鳥遊「つまり、ブレイクの兆候が見え始めた、ってことなんですね」

 

圭二「小鳥遊はもの分かりがいいね~~」

 

イチロー「(吐き捨てるように)どこがっ

 

× × ×

 

編集長「イチローどうした? おまえ、ツンデレみたいにツンツンした顔になってるぞ」

 

イチロー「編集長……小鳥遊に……素直になれません」

 

編集長「それはツンデレだなあ」

 

イチローどこのライトノベルのヒロインですかっ

 

編集長「イチローツンデレになっても、あんま面白くないよな。――なぁ、小鳥遊がツンデレになってるところとか、見たくないか?」

 

イチロー「もっと手に負えなくなるから、小鳥遊のツンデレ化はイヤです」

 

編集長「相性だねぇ~~~、圭二にはあんなになついてるのに」

 

イチロー「そういえば……」

 

編集長「ん?」

 

イチロー「編集長は、大のミスチル嫌いで有名でしたよね」

 

編集長「もはや、アイデンティティなぐらいだ」

 

イチロー「だから、圭二と小鳥遊がミスチルの音源聴いて盛り上がってる場所から、こんなに距離をとっている。ミスチルの曲から、耳を遠ざけてる」

 

編集長「だってアンチなんだも~~~ん」

 

イチロー「編集長は……何年前からミスチルのアンチなんですか」

 

編集長「百年前から

 

イチロー「……また適当なことを」

 

 

 

 

 

 

ミスチル、か。

最近とんと聴いてねえなあ、ミスチル

かつてはカラオケでよく歌ってたりしたんだけど――。

嫌いじゃない、むしろミスチルは好きだ。

――『開放弦』の編集長は、ミスチル嫌いを公言してるけど、公言しちゃっていろいろ大丈夫なんだろうか?

むしろ、好きの裏返しとしての、嫌いなんじゃないか……。

ほら、可愛さ余って憎さ百倍、って言うし。

いったい――編集長のミスチル嫌いの、最大の理由は!?

 

 

音楽雑誌『開放弦』を、キャンパスのベンチに座って読んでいた。

なおもページをめくり、

イチローさんと小鳥遊さんは、案外お似合いなんじゃないだろうか?』

とか、妄想にふけっていると、

 

「――戸部くんがこんなところで雑誌読んでる」

 

眼の前に、野生の(!?)星崎姫が、あらわれた!!

 

「あきれたー。戸部くん、雑誌読みながら、自分の世界に入り込んでるみたいだったんだもん」

「気づかなくってごめんな」

 

おれがページを開いている『開放弦』の紙面をのぞきこむようにして、

「こんな雑誌読んでるの? 戸部くん」

「悪いか」

「――知らなかった、こんな雑誌。出版社どこよ」

「そんなことより」

「…なによ」

「顔が近いぞ」

 

とたんにシュバッ、と身を遠のける星崎。

やれやれ。

フレンドリーなのは、歓迎だが。

 

気を取り直すようにして、星崎が言ってくる。

「戸部くんあなたハタチになったんだってね」

「あー、なったよ」

「お酒、飲めるじゃない」

「だな」

「……アルコール、弱そう」

「……決めつけんなよ」

「わたしは強いよ」

「あっそ!」

「とうとう、戸部くんを打ち負かすときが来たわね」

「は!?」

「飲みよ、飲み。わたしはお酒を呑むけど、逆に戸部くんはお酒に呑まれるの」

「そんなにおれを酔わせたいか」

「ちょうどいいタイミングでしょ? 後期も、もうすぐ終わるし。『後期お疲れさま会』、しようよ」

「打ち上げってことか? おまえとサシ飲みなんて、なんかいやだ」

「サシ飲み前提? 気が早くない?」

「うっ」

「まあ、サシでもいいんだけど――それよりも」

「なんだよ」

「わたし――戸部くんの住んでるお邸(やしき)に、また行ってみたい」

「そりゃまたどーして」

「……愛ちゃんの様子が見たくって」

 

ケッ。

 

「ねえ、今週末、お邸(やしき)にお邪魔してもいい? 打ち上げも兼ねて、さ」

「打ち上げって……まさか昼から飲む気か」

「……愛ちゃんに会えるんなら、ノンアル打ち上げでもいい」

 

ケッ。

つまるところ、愛が目当てなんじゃねーか。

 

「――愛にあんまりちょっかい出さないんだったら、いいぞ」

やったぁ~

「…お姫さまみたいに喜んでやがる」

なにそれ……喜んで損した

「一気にしょぼくれんな、せわしない」

「……『お姫さま』とか、言わないでよっ」

「だって姫ちゃんじゃねーか、おまえの名前」

「『名前』がコンプレックスだって、再三言ってるでしょ!?」

「いい名前だと思うぞ――『姫子』でも『姫香』でもない、純粋に、漢字一文字で、『』」

 

「……」

 

「お~い、気は確かか??」

 

「自分の名前――あんまりほめられたこと、なかった」

「良かったんじゃんか」

「そうねえ……、

 名前ほめられると、余計に戸部くんを殴りたくなってくるの

 

「……暴力は、ほどほどにな」