【愛の◯◯】しりとりオルタナティブ

 

参考書とにらめっこしていたら、

ドタドタ…と階段を駆け上がってくる音。

 

そしてドバーン、とドアが開き、

ルミナが部屋に入ってくるのだ。

 

× × ×

 

「ギンが……勉強してる!?」

おれを見て驚愕するルミナ。

「1月2日なのに」

「日付は関係ない」

「それにしたってギンが勉強なんて予想外すぎる」

「……そりゃ、お勉強ぐらいするさ」

参考書にマーカーを引きながら、

「遅れは、取り戻さなくちゃな」

 

立ち尽くしてるルミナ。

 

ほんとに、この幼なじみは……。

 

苦笑して、

「とりあえず、腰下ろせよ」

と言うと、床に体育座りになった。

「そこらへんは暖房があんまり当たらなくて、寒いぞ」

「……」

「おまえ寒いの苦手だったろ」

「……もっと、あんたのほうに近づけ、ってこと?」

「まあ、そうともいう」

「ダメ、勉強してるあんたが畏(おそ)れ多くて近づけない」

 

畏(おそ)れ多いってなんだよ。

 

「ルミナが来たから、お勉強は一時停止だ」

「エッ。遠慮せずに続ければいいじゃん」

「――勉強するおれを眺めてても、つまんないだろ?」

「あたしはあたしで勝手に遊んでるよ」

「いや、なにで遊ぶってんだ」

「ギン、Switch持ってたでしょ?」

「持ってるが」

スマブラやってる」

「…ひとりでスマブラやるのかよ」

「わるいー」

「…なんのために、64は最初っからコントローラーを4つつなげるようになっていたと思ってるのか」

「はいぃ!?」

なに突拍子もないこと言ってくるの……という表情のルミナ。

「ごめん、伝わらない言いかたしてしまった。

 要するに…スマブラっていったらやっぱ4人対戦だろ、って」

「いまは4人どころじゃないでしょ?」

「……そうかもしれないが」

「認識、古くない?」

「ウッ」

「なにその微妙なリアクション。……ブログの中の人の焦り顔が眼に浮かんでくるよ」

「余計なことを言ったらいけないルミナ。ゲームキューブで時代が止まってるひとだっているんだ」

「ことし西暦何年よ」

「2021年だろ」

「……20年間冬眠?」

「……発売当時のゲームキューブを抱えて冬眠した可能性もあるな」

 

「まわりくどくてわかりにくい話はやめようよ、ギン」

「――どこから脱線したんだっけ?」

「もう忘れちゃった」

「おいおい」

スマブラはやめた」

「おれも勉強の手が完全にストップしたよ」

「じゃあ、遊ぼうよ」

「『遠慮しないで勉強続けて』って言ってた気がするんだが…」

「忘れちゃった」

 

口から出任せが基本なのか? コイツは。

…まあいいや。

 

床座りになって、ルミナと向かい合いになる。

 

「なにして遊ぶか」

桃鉄

「Switchにこだわる気か」

「Switchじゃなくたって持ってたでしょ、桃鉄

「かなり昔のだぞ」

「昔のだっていいよ。

 ほら、お正月には桃鉄をやるっていう『風習』が――」

「どこの風習だ」

「――お正月に桃鉄やって、ケンカになるまでが『風習』よ」

「そんな風習知らん」

「薄情(はくじょう)」

「薄情で悪かったな。

 だいいち、おまえと桃鉄で対戦してケンカになった記憶がない」

 

たしかに……という顔になったかと思うと、

 

「やっぱやめた、桃鉄

 

まーた口から出任せかよ。

 

「この気分屋」

「そうだね、あたし気分屋」

「きょうは特にひどい」

「――スマブラもやんない、桃鉄もやんないとなると、いよいよやるゲームが思いつかなくなってきた」

「思いつかなくなるのが早すぎる」

「ほかにどんなゲームある?」

「たとえばだな……」

 

× × ×

 

「……どれも、しっくりこない」

「わがままだなあ」

「いまさら~?」

「どうするんだ。戸部くんの邸(いえ)とは違って、ハードやソフトが無限にあるわけじゃないんだぞ――」

あ!!

「とつぜんなんだっ」

「あたし、ひらめいた!!」

「おいまさか」

「そのまさか。

 これから、戸部くん邸(ち)に押しかけてみようよ!

「――ハードもソフトも無限にあるから、か」

「ゲームだけじゃないよ。彼の邸(いえ)だったら、なにかしら面白いものが見つかるでしょ」

「お宝探検隊かよ」

「さっそく愛ちゃんに電話してみよ~っと」

 

× × ×

 

できれば、あしたまでは、こもりっきりでいたかったのだが。

寒い空気に身をさらす羽目になってしまった。

 

「――今年も、おまえに振り回されるんだな」

「どうかなあ? 4月からは、わかんないよ」

「――労働か。」

「仕事で忙しくて、あんたを振り回してる場合じゃなくなるかも」

「おれも早く労働者になりたいよ」

「どこまで本気で言ってんの? それ」

「どこまでも。」

「……あっそ。」

「『卒業するほうが先だ』ってツッコまれるかと思った」

「そうよ、そこも大事。というか、そこのほうが大事」

「学業にも振り回されそうな、2021年だなあ」

「学業といえば――さっきは、大学の勉強をしてたわけ?」

「違う」

「やっぱり違ったのね。大学の勉強じゃないとすると――資格試験、か」

「大当たり」

「……投げちゃダメだよ、その勉強」

「『なんの資格?』って訊かないのか。意外だ」

「あたしは訊かないよ」

「なぜ?」

「いまは訊く気分じゃなかったから」

「――納得」

 

 

気分屋が、

白い息を弾(はず)ませながら、

おれの斜め前を歩いている。

 

「ギン、駅に着くまで、『しりとり』しない?」

「先攻はどっちだ?」

「あたし。

『バニラアイス』」

 

もう勝負は始まってるってか。

 

「『寿司』」

「『シュークリーム』」

「…『無添くら寿司』」

「…ギンのばか」

「ルール違反を犯したつもりはない」

「…『白玉あんみつ』!」

「……『つきあいがこうも長いと不都合もいっぱい出てくるけど』」

「……今度こそルール違反だよ」

「続けるんだ。『ど』だぞ」

「………『どうしようもない幼なじみでごめんね』」

「『猫のように可愛い幼なじみだから気にしてない』」

「『いったいなにがしたくてあんたはこんなやり取りを続けようとしてるの』」

「『ノーコメントだが自分の落とし前だけはつけようと思う』」

「『うっかり本音を言わないでよね』」

「『根はマジメだから本音だって言うさ』」

「『寒気がするぐらい恥ずかしいのは無しだよ』」

「『よく気をつけてみるとしますか』」

「『かなり駅が近くなったからもったいぶらずに言うこと言って』」

「『天才的な決めゼリフを考えてきた』」

「『楽しみだから早く言ってみなさい』」

「『言うけどいいかな』」

「――『何度でも』」

「『もっとがんばっておまえに追いつくよ』」

「……『世の中にありふれてるセリフじゃないの』」

「『ノートに何回も書き直して考えたんだけどな』」

「『なんで何回も書き直した結果がそのセリフなの』」

「『能力の結果だ』」

「『だからギンは甘いのよ』」

「……『洋菓子みたいに甘くたっていい』」

「『いけ好かない幼なじみなんだから』」

「――『ラクな仕事なんてないと思うけど』」

「『どうしてそこで話題変えるの?』」

「『ノーコメントでお願いしたい』」

「『いったいどういう風の吹き回し?』」

「『就職おめでとう』」

「……、

うっかりギンの罠にかかっちゃった』」

「『楽しい事ばかりじゃないと思うが応援するのが幼なじみの義務だからな』」

「『なら早くあたしとおんなじステージに立ってほしい』」

「…『言われなくともわかってる』」

「……『る』……『る』……、

ルール違反みたいなことばっかり言うんだも』」

 

「――、

 わざとルール違反したんだな」

 

「もう駅でしょ。際限、なくなるから」

 

「ま、いいや。

 寒がりなルミナも、だいぶあったまっただろうから」

 

「こころもからだも、ホッカホカよ。だれかさんのせいで」

 

「――ルール違反なのは、お互いさまか」

 

「ルール違反とルール違反で、打ち消しなんじゃないの?」

 

「幼なじみの特権ゼリフだな」

 

「……うん。」