高2の冬休みだというのに、あすかのテンションが低い。
朝飯のときから、浮かない顔だった。
さては――。
× × ×
あすかの部屋を、できるだけ優しくノックする。
か細い声でなにかしゃべってるようだが、よく聴き取れない。
「入らせてもらうぞ」
× × ×
毛布をかぶって、ベッドの上で丸まっているあすか。
「顔ぐらい見せてくれや」
「だって、寒いんだもん」
「そりゃ、寒い上に、こころも冷えるわな。
――悲しい夢を見ちまったあとじゃ」
「……どうしてわかるの……」
悲鳴にも似た声で、あすかが言った。
毛布から、少し顔を出す。
泣き出しそうな眼。
「おれはおまえのお兄ちゃんだからな」
そう答える。
なにか言う代わりに、毛布から完全に顔を出したあすか。
「とりあえず、どんな悲しい夢だったか、話してくれよ」
ためらっている様子だったが、
「話すとラクになると思うぞ」
そう言うと、うなだれながらも、ポツポツと弱々しい声で、語り始めた。
耳を澄まし、あすかのことばを聴き取ってやる。
× × ×
やっぱり――父さんがいない、ってことは、重くて、
こういうふうに、寂(さみ)しさを紛らわせられないことが、どうしてもある。
悲しい夢を見るのも、無理はない。
「……目が覚めたら、寒くて、怖かった」
引きずってんなぁ。
「もう大丈夫だぞ……お兄ちゃんが、おまえのつらさ、受け止めてやったから」
「お兄ちゃん……」
「なんだ?」
「お兄ちゃんは……悲しい夢……見ないの?」
「おまえが見たみたいな?」
コクン、とうなずく妹。
「そりゃあ、見るときもあるさ」
「……そういうときは、どうやって乗り越えるの」
「邸(いえ)のみんなと関わることで、かな」
「……例えば?」
「例えば、あすか、おまえとおしゃべりして、ときにはおまえに罵倒されたりして――、そういう触れ合いのなかで、自然と立ち直っていく」
妹の顔をじっくり見据(す)えながら、
「おまえの顔見ると、元気が出るからさ」
体温が戻ってきたように、妹の顔に赤みが出る。
「じつは、そんなに不安にならないんだ。
おまえだけじゃない、
愛や、利比古や、母さんや、流さんや――みんなの顔を見て、コミュニケーションとってれば、寂しさも、へっちゃらだ」
だから――。
「ひきこもろうとしないでくれよ、あすか。こんな寒さで、毛布を頼りにするのは、わかるけどさ」
ゴシゴシ、と眼を拭う妹。
涙があったのかもしれない。
「わたし……お兄ちゃんみたいにメンタル強くないよ……」
「気のせいだ、そりゃ。兄が保証する」
よしよし、と、妹のあたまをなでてやる。
落ち込んでしまってるのは事実だから、無理に妹を引っ張り出そうとはしないでおく。
さりげなく、暖房の設定温度を上げて、
「ほれ、ホエール君も、ついてるぞ」
妹のお気に入りのゆるキャラ『ホエール君』のぬいぐるみを、手渡しする。
ホエール君を抱きしめたはずみで? 毛布が、妹のからだから、ずり落ちる。
「よしっ、出てこれた」
おれは言う。
毛布からようやくの脱出だ。
「お兄ちゃん」
「どーした? なんでも言えよ」
「ベッドに、座って。となりに、座って」
× × ×
「――ありがとう、わたしを助けてくれて」
あすかの横に座ったとたんに感謝された。
面と向かって感謝はできなかったらしい。
「迷惑、かけちゃったね」
「きょうだいだろ、迷惑もなにもない」
「そうだね……」
それから約10分間、お互いなにも言わず、となりあっていた。
「……あのねお兄ちゃん」
「うん」
「あのね、あのね、」
「『あのね』って何回言うつもりか」
「あのね、あのね、あのね、」
「オイッ」
「あのね……、お父さんのこと、訊きたくて」
「……」
「お父さんは、どんな音楽を、よく聴いてた?
どんな本を、よく読んでた?
どんなテレビ番組が好きだった?
どんな食べ物が好きだった?」
「……」
「ごめん――いっぺんに訊いても、困っちゃうよね」
「……ガキんちょのころの思い出しか、ないからさ」
「うん、わかってる」
「記憶にある範囲だったら……答えられる。それでも、いいのなら」
「ぜんぜんいいよ」
さりげなく、
あすかが肩を寄せてきたのがわかって、
甘えたくもなるよな……と、しみじみ思っていたら、
コンコン、とドアを叩く音が。
「間が悪いな、愛も」
「わかるんだ、ノックしたの、おねーさんだって」
「こういうときに水を差すのは愛だって相場が決まってんだ」
「ひどーい」
ちょんちょん、と人差し指でおれの脇腹を突っついてくる。
行ってきなよ、というあすかの合図だった。
× × ×
『明日美子さんが、あったかいポタージュスープ作ったって』
「――やっぱりな。」
『やっぱりって……?』
母さんは、なにもかも勘付いてるって、相場が決まってんだ。
こんなときは、あすかをあっためるために、母さんはポタージュスープを作る。
「少しだけ待ってくれ」
『少しだけ、ってどのくらい』
「あー、『少しだけ』じゃすまんかもな。長くなるかも」
『もっとハッキリしてよ』
「母さんに『あすかをあたためてる』って言えば、通じるから」
『……あたためてるんだ。』
「そうだ。わかってくれるよな」
『……なんとなく。』
笑いながら、おれはあすかに目配せする。
『アツマくん――』
「んー?」
『きょうだいは――仲良しが、いちばんいいよ』
「あたりまえっしょ」
『ちゃんとお兄ちゃん、してあげてよね』
「わかってら」
『よろしくね』
そして、ふたたびベッドに腰掛ける。
あすかの顔を見る。
なんのポタージュ作ってるのかな……と言いたげな顔だ。
元気が、戻ってきている。
「さてと、兄の義務を果たそうかな」
「義務って。大げさな」
「父さんの――思い出話、だったよな」
「よろしくお願いします、お兄さま」
「ああ。よーく聴くんだぞ、あすか。
まず、父さんの好きな音楽はだな……」