「あすかちゃん、夕食作るの、手伝おうか?」
「え、いいんですか、おねーさん」
「たまにはわたしも手伝いたいし。夕食当番、みんなに任せきりだったし、最近」
「でも、受験勉強――」
「そこは要領よ、要領。誰かさんと違って、やるべきことはテキパキ片付けられるんだから」
「あ~」
誰かさん、とは、
もちろん、わたしの兄のことである。
エプロンをつけたおねーさんは、手際よくわたしの料理を手伝ってくれる。
魔法のようにリズミカルに野菜を切っていくおねーさん。
――たしかに、兄の要領の悪さとは真反対だ。
「アツマくんね――レポートの課題の本読みながら、眼が泳いでんのよ」
「それはひどいですね~」
「カポーティの『冷血』って分厚いし、果たして今年中に読み終えられるのかしら」
「ほんとうに出来の悪い兄でごめんなさい」
「あすかちゃんが謝らなくてもいいよ」
兄は情けない。
ただ――。
「おねーさん」
「ん?」
「兄が要領よくないのは、普遍の真理だと思います」
「普遍の真理って」
「だってそうでしょう?」
「満面の笑みを浮かべながら言わなくても」
苦笑するおねーさんだけど、同意の色が表情には滲(にじ)み出ている。
そうだ。
兄は要領よくない。
だけど。
だからこそ。
「――でも、そんな不器用なところを、おねーさんは好きになった」
「え」
おねーさんの野菜を切る手が止まった。
「要領が悪いのが、かえって憎めないどころか、愛くるしく感じてしまう」
おねーさんはドギマギしながら、
「愛くるしく……かぁ」
「ごめんね、おねーさん。『愛くるしい』以外に、いい表現が、思い当たらなくて」
「ううん、いいのよ。あすかちゃんの指摘はズバリだし」
ふたたび野菜を切り始めるおねーさん。
あっという間に、タマネギをみじん切りにしてしまう。
魔法使ってるみたいだ。
おねーさんは、魔法少女なんだろうか?
いや、18歳は、もう魔法少女の年齢じゃないか。
……魔女?
魔女……なんか、おねーさんにはしっくりこない。
だとしたら。
やっぱり、もう少しだけ――、
おねーさんは、魔法少女。
× × ×
夕食の準備があらかた終わったので、ふたりでダイニングでくつろいでいる。
「お兄ちゃん、来る気配ないですね」
「真面目に読書にいそしんでるのかしら」
「どうだか」
「五分五分ね」
「ずいぶん見積もり甘いんですね」
ふふ……とおねーさんは小さく笑う。
「ところで寒いよね、最近」
「冬将軍が来たんでしょうか」
「冷え込むのはあんまし好きじゃないのよ」
「……おねーさんの魔法で、あったかくなりませんか?」
「ま、魔法!?」
「だっておねーさん魔法使えそうだし」
「ファンタジーじゃあるまいし……」
「ホントに~??」
「異能力なんかないって。ひょっとしてあすかちゃん、ライトノベルの読みすぎ?」
「いいえ」
「……幻想を壊せるわけでもないし、ビリビリとレールガンを出せるわけでもないし」
「なんですかそのチョイスは」
「ライトノベルの異能力で、知ってるの、これぐらいしかないから」
「むしろよく知ってましたね」
「読んだんじゃなくて、知ってるだけ。松若さんが教えてくれたのよ」
「松若さん、電撃文庫も守備範囲なんだ…」
「そういうわけじゃないの。電撃文庫守備範囲なのは、お父さんのほう」
「松若さんの、お父さん?」
「そう。お父さん経由で、いろいろ情報が入ってくるんだって」
「へぇ~」
「……なんの話だったっけ」
「『彼女』と違って髪は長いけど、おねーさんにしたって、ビリビリとレールガンを撃てそうな雰囲気はあるなあ、って話」
「そんな話じゃなかったでしょっ!!」
「ほら……勉強とかスポーツとか料理とかピアノとかその他もろもろ、『レベル5(ファイブ)』じゃないですか、おねーさんは」
「中学2年生じゃないからっ!!」
「わかってますよぉ~」
「……ごめん取り乱した」
「はい」
「……ねえ、あすかちゃん」
「はい?」
「立川って……ここから、かなり近いよね」
「なにをいまさら」
「近い割には……行く機会、少ないよね」
「そうですねぇ」