「お兄ちゃん、珍しく朝早いんだね」
「珍しくとはなんだ、珍しくとは」
「しかもきょうは日曜なのに」
「それがどーした」
「眠りたいだけ眠るかと思ってた」
「おれをなんだと思ってんだ……」
「ほら、最近寒いじゃない?」
「寒いが?」
「お布団、気持ちいいでしょ」
「たしかに……でも、おまえだってそうだろ」
「わたしはいつまでもお布団に甘えてられないの」
「いやわけわかんないんだけど」
「ホエール君もいるし……朝は、バッチリ」
「ますます意味わかんねえよ。ホエール君だれだよ」
「知らないの?」
「軽蔑するような眼で見んな」
「ぬいぐるみ、持ってるとか?」
「どうしてそんなにカンがいいの!?」
「そこでのけぞらなくてもいいだろっ」
「――ぬいぐるみだけど、ホエール君は愛すべきわたしの相棒なの」
「おまえ、だいじょうぶか??」
「なにもおかしいこと言ってないよ」
「……とりあえず、ホエール君のぬいぐるみとやらを、今度おれに見せてくれ」
「エーッどうして」
「兄貴の言うこときいてくれ」
「エエーッどうして」
「見せる気……ないんだな」
「はぁ。かなしいよ。お兄ちゃんは」
「なにキモい自虐してんのっ」
「だってあすかが素直じゃないから」
「わるかったねー」
「チェッ」
「舌打ちしない!!」
「……読書でもすっか」
「ええええっ、どういう風の吹き回し!?」
「天変地異が起こったみたいな驚きかたすんな」
「だって…だってさ…」
「そういう驚きかたはお兄ちゃん許さない」
「ますますキモい」
「あっ」
「とつぜんなに」
「本がなかった」
「それでどーして『読書すっか』なんて口走ったの!? あきれる」
「や、読書はするから。本は持ってくる」
「――なにを読むの」
「――なにを読もうか」
「そこからなの……どうしようもないんだから」
「だっていま複数の本を並行して読んでるんだし」
「お兄ちゃんにそんな器用なことができたの!?」
「……まあ、どの本もなかなか進まないけど」
「読みきらなきゃ、どの本も」
「それはどうかな」
「訳知り顔で言うんじゃないっ!!」
× × ×
「よし、トルーマン・カポーティの『冷血』を持ってきたぞ」
「――ずいぶん重いの読むんだね」
「タイトルからして『冷血』だし、内容の重さに加えて、本も分厚いな」
「ノンフィクション・ノベルだっけ?」
「よく知ってんな」
「わたしを見くびらないで」
「べつに見くびってない」
「わたしは『作文オリンピック』銀メダリストなのよ」
「関係なくないか? それになんだそのしゃべりかたは、愛のモノマネでもしたいのか」
「お、おかしいかしら???」
「『なのよ』とか『かしら』とか、普段使わん語尾を」
「――と、トルーマン・カポーティは、たまたま知ってただけ」
「強気に出たと思ったら、急に強気じゃなくなった」
「カポーティは、ほかにも――『遠い声 遠い部屋』とか」
「名前だけ知ってる」
「……『ティファニーで朝食を』の作者でもあるよね」
「えっマジかよ」
「こらっ!!!」
× × ×
「う~む、読み始めたはいいが、なかなか残りページ数が減ってこない」
「じゃあ休憩して音楽でも聴く?」
「――思いやりがあるじゃないか」
「な、なんでそんなに意外そうなのっ」
「あすか、基本おれに優しくないし」
「優しくないけど、基本……。でもきょうは、日曜だから……」
「なんだぁそれ」
「つべこべ言わずに音楽鑑賞してよっ」
「PCで?」
「音楽聴くために持ってきたんだからねっ」
「おまえのプレイリストを聴かされる羽目になるとは」
「……悪い?」
「あ、そうか、むしろ、聴かせたかったんだな」
「お兄ちゃんに……自分の趣味……見せびらかすわけない……」
「本音と真反対のこと言ってるときの顔になってるゾ~」
「黙(だま)らっしゃい!!!」
× × ×
「……なんだよこのプレイリスト。BlurとかPulpとか、昭和かよ」
「……お兄ちゃんはほんとにほんとに無知なんだね。いまの『昭和発言』で確信したよ」
「ブリットポップって、平成だっけ」
「90年代が平成じゃなかったら、なにが平成なの」
「でもイギリスに昭和とか平成とかないよな」
「バカ! 厚顔無恥(こうがんむち)」
「――そんな難しい四字熟語、よく知ってたな」
「『作文オリンピック』銀メダリストをなめないでよね」
× × ×
「どう? わたしのプレイリスト」
「いいね」
「やったぁ」
「いいんだけど、ブリットポップって、ぶっちゃけ母さんの世代じゃね?」
「……古い?」
「古いから悪いってわけじゃもちろんないけど、母さんの世代だよな、おれたち2000年代産まれだし」
「……おねーさん情報」
「唐突に『おねーさん情報』挟むんじゃない」
「…おねーさんのご両親も、とうぜんわたしたちのお母さんと同世代なわけですが」
「スルースキル磨きやがって」
「おねーさんに言わせれば、『わたしのお母さんはマッドチェスターやグランジの直撃世代だった』って」
「愛のお母さん、そんなにロックなんか」
「お父さんよりお母さんのほうが、おねーさんの音楽的嗜好に与えた影響は強いみたいだよ」
「――で、マッドチェスターやグランジは、今度こそ昭和か?」
「元号にこだわらないでっ」
「――怖いなあ」