「……なるほど。長崎新幹線とか、キョウさんの好きな鉄道の話題を振ろうかと思ったけど、つい話の流れで、自分の趣味に走ってしまったんですね。……」
いつもより遅く邸(いえ)に帰ってきた愛が、葉山と電話で話している。
× × ×
「きのう葉山先輩、キョウさんのお家(うち)に遊びに行ったんだって」
「ふーん」
「ちょっと! もっと関心ありそうにしてよ」
「ん――、キョウくん、は、理系だったんだよな」
「そうよ。建築を専攻するんだって」
「理系って、すごいよなぁ」
「そうよ、アツマくんも尊敬して」
「……とりあえず、キョウくんには一度、会ってみたいな」
「アツマくんに似たところがあるって、葉山先輩が」
――なぜ笑いながら言う。
「葉山先輩ともども、お邸(やしき)に呼んでみる?」
「無理強(じ)いはダメだぞ」
「そんなのわかってるよ。――しぐれちゃんとか、香織センパイとか、千葉センパイとか、ここに呼びたいひと、いっぱいいる」
「おまえ結構人脈あるよな」
「そうかしら?」
「いいことだ」
「アツマくんが言うのなら、いいことなんでしょうね」
「なんだそりゃ」
「あした文化祭なんだろ? 帰ってくるのが遅かったから、もうこんな時間だし、早く寝たほうがいいと思うぞ」
「そう言ってアツマくんは朝遅くまで寝てるんでしょ」
「寝ぼすけが前提かよっ」
「祝日の朝だし、絶対布団のなかでずっとぬくぬくしてるよ」
「そんなに自堕落じゃねーよ……おまえの文化祭には、ちゃんと行ってやるよ」
「朝からちゃんと来てよね。遅刻しないでね」
「う……」
「そこでうろたえない。」
× × ×
とっとと自分の部屋で寝るべきだと思うのだが、
なぜか愛は、おれの部屋のベッドに座っている。
「遅くまで文化祭の準備してたんだよな」
「そうよ」
「どんな準備?」
「リハーサル」
「なんの??」
「ひどい」
「は!?」
「…言わなかったっけ、劇、するって」
「アッそうだった忘れてた」
「逆にどうやったら忘れるのかなあ……」
「すまんすまん。劇のリハーサルか。なるほど」
「ほかにも、クラスの出し物手伝ったりもしたんだけど」
愛は眼を細めて、
「今回の『6年劇』は……難産だったよ」
「まあなあ……おまえらは脚本合宿とかやってたんだし」
「脚本合宿なんて、序の口だったよ。稽古が、波乱ずくめで」
「稽古か」
「――だって、演出家と主演女優が、乱闘騒ぎ一歩手前になるんだもんね」
ら、乱闘騒ぎ???
「どういうカオスなんだそれは……」
「わたしが全力で止めに入ったからよかったものの」
「なんで稽古がプロレスみたいなことになるのか」
「…アツマくんにしては巧(うま)いたとえね。そうね、プロレスやってるようなものだったのかも」
君たち、女子高生だよな。
稽古が始まってから、今日に至るまでの一部始終を、愛は滔々(とうとう)と語った。
明日に備えて早く寝る気もないらしい。
「……ふぅむ、つまり演出家の水無瀬さんって子が、曲者(くせもの)であったと」
「主演の八洲野(やすの)さんにしたって、手がかかったよ」
「おまえも……大変だったんだな」
「大変だった大変だった。
だから……」
「んん?」
「こっち来て――いたわってよ、アツマくん」
……ベッドでおれを待ち構えるようなポーズをとる愛。
ほんとうにコイツは……。
「おまえはマジでご都合主義のかたまりみたいなヤツだな」
「なんなのよそれ!! ビンタしてほしいの!?」
「瞬間湯沸かし器みたいにキレ出すのも、様式美か」
「いみわかんないよ」
――しかし、おれはスンナリと、ベッドに一緒に座ってあげようとするのだ。
愛のために。
「こっち、むいてくれよ」
スネて壁のほうを向いてしまう愛。
長い長い髪に、隠れる背中――。
それでも、おれは、ピッタリとからだをくっつけて、
愛と背中合わせになる。
「――なあ、覚えてるか? 去年の今ごろだったか、ふたりでカラオケに行ったよな」
「――正確には、去年の11月の終わり。」
「よく覚えてんな」
「あなたより記憶力には自信あるから。それに、」
「それに?」
「デートのことだったら、なおさら忘れない」
「……」
「……」
「……カラオケのあとで、回転寿司食べたっけか」
「食べたわね。ずいぶんお皿が積み重なって」
「ふたりして大食いだったなあ」
「…なにがいいたいのよっ」
「…受験勉強との、兼ね合いもあるけどさ。
文化祭、終わったら、
カラオケとか、回転寿司とか……また、行ってみようや」
…唐突に、軽く笑い出す愛。
「どーしたぁ?」
「や、おかしくって」
「なにがぁ」
「だって。わたしも――まったくおんなじこと、考えてたんだもん」
「カラオケに、回転寿司??」
「それもあるけど――上位概念」
「は?」
「『デート』っていう、上位概念があるじゃないの」
背中合わせだから、愛の顔は見えない。
だけどわかる。
照れくさくなって、じんわりと赤く染まっていく、愛の表情が、手にとるように。
照れながら、可愛く微笑む、そんな愛の顔を想像すると、なんともいえない気分になってしまって、恥ずかしくなる。
「――ノロケてる場合じゃねぇっ」
「? どうしたのよ」
「なんでもねえよっ」
「なんでもあるわね」
「チィッ」
「舌打ちするってことは、ね」
「おまえ……準備で疲れてるんだろうし、早く寝ちまったほうが」
「ここで寝ようかしら」
「バカ」
――おれの小言(こごと)には一切構わずに、
「ね、羊が一匹、羊が二匹……って、羊を数えていったらよく眠れる、っていうでしょう」
「それがどーしたそれが」
「これ――回転寿司にも、応用できて」
「!?!?」
「お寿司が一皿、お寿司が二皿……って、数えていくの。ひと皿ずつネタを変えていくともっといいわね。『ハマチが一皿、えんがわが二皿、マグロが三皿……』って」
いや、その理屈はおかしいだろ。
ハマチが一皿→えんがわが二皿→マグロが三皿だったら、
皿の数が1皿→3皿→6皿って、どんどん増えていくじゃねーか!!
…『数列』っていうんだっけ? こういう場合。
私大文系だけど、これくらいはわかるぞ。
まあ……あまりにもアホくさくって、愛にツッコむ気もまったく起こらなかったし、
うわ言(ごと)を言いながら、次第に愛はムニャムニャとなって、
挙げ句の果てに、おれの背中にスヤスヤとなりながらもたれかかって、
――眠ってしまいやがった。
おれの背中、どんだけ好(す)いているのか。
さ~て。
コイツを自分の部屋のベッドに運搬する仕事が発生したわけだが、
ま、しばらくは――このままにさせてやるか、
愛のために――な。