「ハルさんの応援に来てください」
「おれが行く理由が……」
「応援が足りないんです。もっと必要なんです」
「嫌いな奴の応援なんて……する気になれない」
加賀くんといい――男子ってなんでこうめんどくさいんだろ。
「じゃあ野次を飛ばすだけでもいいです。思う存分ハルさんに怒りをぶつけてください。日頃のうっぷんを晴らすいい機会ですよ」
「わざわざ試合場まで行って、なんでそんなこと……」
「ハルさんのプレーも観ないで、アンチを自認するんですか?」
「観なくたっていい。観たって変わらない。こんな厄介なことになるなら、同じ学校じゃなきゃよかったのに」
「同じ学校にいるのも――運命ですよ」
「そういう考えは好きじゃない」
「すれ違ったまま終わり、なんて後味悪すぎ」
「勝手にそう思っといてくれ」
「岡崎さん、
岡崎さんは、きちんと落とし前をつけるタイプだと思ってたのに。
中途半端に終わる前に――、
ケリをつけるって」
岡崎さんの顔つきが変わった。
「全部ちゃんとするって。
ハルさんのことだけじゃなくって。
たとえば、
桜子さんとのこととか――。
人間関係のこと、卒業までにちゃんとケリをつけてくれるって思ってたのに」
岡崎さんは独り言のように、
「ケリを、つける……」
「そうですよっ。
桜子さんのこと、好きなんでしょ!?」
「こ、声が大きいよ」
構わず、
「打ち明けたからには――もっと、ちゃんとしてくださいよ」
真顔でじっ、と岡崎さんを見つめて、彼のことばを待った。
なのに、
「話がすり替わってるよ――桜子のことと、ハルのこととは完全に別問題だ」
――なにそれ。
なんでこんな煮え切らないわけ?
期待外れで、罵倒もできない。
おもむろにきびすを返す岡崎さん。
説得、失敗。
失敗以上に――失望。
がっかりして、体育館裏の壁を蹴った。
痛かった。
痛かったけど、だれもそこに来る気配がなかったから、もう一度蹴った。
× × ×
ヒリつく足に、お湯が滲(し)みる。
浴槽につかりながら、放課後のイライラを鎮(しず)めようとする。
ストレス発散には、不満を声に出すのがいいと思って、
どうせだれも浴場にはいないんだから、思いっきり、
「岡崎さんなんて大キライっ」
と叫んで、お湯のなかで右脚を蹴り上げた。
……岡崎さんの背中を蹴るような感触には、程遠い。
なんだか、むなしくなってきたところに、
浴場の入口が開く音がした。
おねーさんが静かに入ってきた。
× × ×
おねーさんが身体(からだ)を洗っているあいだじゅう、スポーツ新聞部の男子部員に対する不満をぶちまけ続けていた。
その罵詈雑言(ばりぞうごん)を、黙って聞いていたおねーさん。
彼女も、湯船にポチャリとつかって、
「……言うとラクになるのは、わかるけど」
穏和(おんわ)な口調で、
「怒ってばかりいるのも……よくないよ」
「たしかによくないです。それは知ってます。でも、金曜日になると、溜(た)まってるものも一杯一杯なんです」
「岡崎くんに対する不満がいちばんみたいね」
「彼には失望しました」
「いっしょにタコ焼き食べたから……なおさら?」
「どうして知ってるんですかおねーさん……夏祭りのこと」
「だって」
浴槽にもたれながら、
「あなたと岡崎くん、同時にいなくなったじゃない」
ズバリの指摘。
わたしは押し黙る。
「『ホエール君』」
追い打ちがかけられる。
「かわいいよねホエール君。わたしも欲しかった。岡崎くんだったら、もうひとつ――」
「からかうのはやめてくださいっ」
不満の矛先は、いつの間にかおねーさんに。
当のおねーさんは、ゆったりとお湯を満喫している。
「ここに水鉄砲があったら、おねーさんに連射してたのに。」
「あらそう♫」
「なにそのリアクション」
もう、踏んだり蹴ったりだ。
おねーさんのことなんか知らない……なんて言わないけれど、これ以上この場にいても仕方がない。
勢いよく、湯船から立ち上がる。
すると、
「男の子ってさ」
おねーさんが呟(つぶや)き始める。
「男の子って、頑固に見えて――素直じゃないだけかもよ」
――わたしは、おねーさんのほうを見ないで、浴場を出る。
× × ×
バスタオルを頭にかぶせながら部屋に入ると、LINEの通知が来ていた。
不意打ちだった。
岡崎さんから、ひとことだけ。
『アンチでもいいなら』
× × ×
「おねーさん、おねーさん!」
「なぁに慌てて? 髪、ちゃんと乾かさないと――」
「そんなことどうでもいいんです!!」
「え、何ごと?」
「――おねーさんの言った通りでした。
岡崎さん、素直になれないだけだったんです」
「話が見えてこないよあすかちゃん」
「そんなことどうだっていいんです!!」
「な、何ごとなの……」
「岡崎さん、来てくれるって! 明日の試合!
ハルさんのサッカーを、観てくれるんです!!
わたし、岡崎さんのこと、大好き!!」