はぐれてしまった。
せっかく愛ちゃんたちが誘ってくれて夏祭りに来たというのに、大人数で群れをなすようにして移動していたせいか、いつの間にか一行とはぐれてしまった。
「――どうしよう、ハルくん。迷子になっちゃった」
「迷子は大袈裟だよ。いまのご時世通信機器が発達してるんだし、どうにでもなるよ」
「スマホのこと?」
「スマホのこと。」
それなら早急にだれかと連絡をとらなきゃと思い、スマホのロックを解いた。
するともう通知が来ていた。
だれからだろう、と思ったら――、
あすかちゃん。
『どうぞごゆっくり!』
――そういう文面のメッセージだった。
あすかちゃん、
もしかして、
わざと――?
「アカ子、立ち止まらないほうがいいよ」
「そ、そうよね、迷惑よね」
道行くひとの流れに乗って、いちおう歩きだしたが、気持ちの交通整理に精一杯で、周りの風景に注意が及ばない。
「なんでさっきスマホ見て固まってたの?」
言うべきか言わざるべきか。
「前見て歩こう? ひとの背中にぶつかっちゃうよ」
言うべきか言わざるべきか、頭の中で思考をこねくり回していたが――いまが、言うべきタイミングなんだろう。
「わたしたち、はぐれたんじゃないわ」
「? どういう意味」
「置き去りにしてくれたのよ。
ハルくんとわたしが、ふたりっきりになれるように」
× × ×
みんなと一緒に楽しもうと、来る前は思っていたけれど、
気持ちが変わった。
あすかちゃんの期待に応えたい――なんて、おかしな言い方かしら。
だけれど、あすかちゃんだけじゃなくて、愛ちゃんも同じように考えているんだと思う。
ううん、あすかちゃんと愛ちゃんだけにとどまらない。
わたしとハルくんの間柄を知っているひとならだれでも、同じようなことを望んでいる――そんな気がする。
心のハンドルを切って、方向転換する。
心のアクセルを踏み込んで、
加速して、
加速して、
メーターが振り切れるぐらいに、
感情を昂(たか)ぶらせて。
× × ×
しーん、とした場所に来ている。
ひとの気配が希薄な場所。
でも見晴らしは良くて、花火を視(み)るにはちょうど良さそう。
――花火が上がるまでには、まだ時間があるけれどね。
『ひとの流れに酔っちゃって』と、
半分ウソ混じりのワガママな口実で、
ここに来た。
「…酔いがさめたら、戻ってもいいんだけれど」
「そう言うってことは…ホントは戻りたくないんだな」
「よく知ってるわね、わたしのこと」
「話し方で……わかるかな」
それとなく、
ハルくんとの距離をつめる。
ふたりで夜景を眺める。
どちらからも、ことばを発することなく。
ハルくんの緊張感が伝わってくる。
余裕ならある、
相手の緊張感を受け入れる、余裕なら。
「落ち着いて。ハルくん。」
ハルくんの手を握ったけれど――この動作は、前触れにすぎない。
「落ち着いて、わたしの浴衣姿をよく見て」
きまり悪そうに、わたしに向かい合う彼。
浴衣姿を眺めるには、至近距離すぎるかもしれない。
ハルくんの眼つきに不満を感じたので、
わざと、む~~っとした表情を作って、
のぞき込むようにして、
彼の顔を、見上げる。
「微妙な顔して見るわね」
「だって、浴衣姿見るったって、きみがその、きみの――」
「距離感覚?」
「そうだよ。
きみがしたいことは――なんとなく……わかるけどさ、」
「なんとなく、じゃわたし困るのよね」
さっきまで手を握っていた手は、ハルくんの背中にまわっている。
もういっぽうの手も背中に伸ばして、ハルくんに強く抱きかかる。
ハルくんの全身を、つかんで離さない。
強く抱きとめる。
口先のことばなんて、わたしからも彼からも発しない。
ことばのない世界にいるみたい。
ハルくんの口もとを、イタズラするみたいに見やる。
それが合図、
引き金を引く――合図。
口から顔を遠ざけても、
熱い体温で、彼の顔を見続けている。
イタズラに、優しく――そんな微笑(わら)い顔で。
彼が呆然とするのは――『そうしよう』と思った瞬間からわかっていた。
「これで――愛ちゃんと、おあいこ。」
わたしが言っている意味、彼が理解できないのは当然。
だけれどやがてハルくんは知るだろう。
なにが、『おあいこ』なのか。
わたしのキスの意味は、時間をかけて、ハルくんの全部に染み渡っていくことだろう。
そうでなきゃ――嘘。