ついに『作文オリンピック』の作文が完成した!
郵便局に、作文その他もろもろが入った封筒を託した。
あとは結果を待つだけ。
当たって砕けろ――かな。
試行錯誤の連続だった。
途中、うまくいかなさ過ぎて、荒れる時期もあったけれど。
文章を書くことは、楽しいばかりじゃないけれど。
苦しむのが――悪いというわけではない気がする。
なんというか、
苦しいけど、有意義だった――この1ヶ月間、作文に取り組んだ1ヶ月間。
つらいのが良かったなんて、マゾっぽいけどね。
× × ×
抱えていたタスクも片付いた。
でも、やるべきことは、まだまだある。
夏祭り。
お邸(やしき)の人間に関わるいろいろな人々がいろいろな方面から来るらしい。
必然的に、大所帯。
誰が来るかなんて、いちいち挙げていたらキリがない。
もちろん、都合が悪くて来られない人もいる。
だけど、大所帯。
大人数で群れをなして、お祭りの迷惑にならないかしら。
いくつかの班に分かれるとか、提案してみようか。
――遠足なのか、修学旅行なのか。
盛り上がるイベントなのは間違いない。
作文が一段落したので、スポーツ新聞部の面々を夏祭りに誘ってみることを始めた。
ただ、加賀くんは、気後れしちゃうだろうから――と、あえて誘わなかった。
いきなり知らない人たちの大挙する群れに混ざるのも、かわいそうだから。
誘ったとしても、加賀くん99%尻込みするだろう。
こういったイベントに交(まじ)わらせるのは、時期尚早だと思う。
ごめんね――加賀くん。
でも、わたしなりの気配りなんだ。
また今度ね。
というわけで、残った3人は、桜子さん・瀬戸さん・岡崎さんである。
ところが、桜子さんと瀬戸さんには、フラれてしまった。
フラれたといっても、お祭りに行きたくないわけじゃなくって、それぞれごもっともな事情があってのこと。
『土日も夏期講習があるから』と、桜子さんには断られた。
あまり、意識してこなかったが、桜子さんも瀬戸さんも岡崎さんも高校3年生――ということは、受験生である。
3人とも大学進学を希望している。
とりわけ桜子さんは、1学期の終わりごろから、放課後の活動教室で大学受験関連書籍を机に広げることが増えてきた。
「部活にまで勉強を持ち込まなくてもいいだろ」と言う岡崎さんを、「あなたは呑気(のんき)でいいよね」といなす場面もあった。
桜子さんと岡崎さん……7月の出来事に始まって、まだギクシャクしているけれど、大学受験に対する意識の違いも、ギクシャク度をエスカレートさせているのかもしれない。
ともかく、桜子さんが受験勉強でいちばん忙しい。
進路を優先させないとね――仕方がない、断るのももっともな理由。
2学期になったら、岡崎さんとのギクシャクがおさまるといいな。
『ほかの人に誘われてるから…』と、瀬戸さんには断られた。
『ほかの人』が誰なのか、容易に見当がつく。
瀬戸さん、はぐらかすのがヘタだ。
そこが瀬戸さんらしいんだけどね。
……神岡恵那(かみおか えな)さん。
水泳部3年。
もう、バレバレ。
筒抜けになってる――筒抜け、というのは、神岡恵那さんとの親密さが、ことあるごとに情報として入ってくるんだもん。
いつだったっけ――瀬戸さんが神岡さんとスポーツ用品店デートしてたこと、それが目撃されて、またたく間に校内に広まった。
「ちょっと席外すから…」と瀬戸さんが活動教室を出ていくとき、十中八九、プールで泳いでる神岡さんの様子を見に行くんだってことも、筒抜けだ。
――もうちょっと空気を読んでほしいかも。
桜子さんのこと、もう少し気にしてあげてもいいのに。
神岡さんと夏祭りに行くってことは、気持ちが神岡さんのほうにかな~~り傾いてるってことでしょう。
だけど瀬戸さんの気持ちも分からないでもないし、個人の意志を尊重して――『神岡さんと存分に楽しんでください』と、心の中だけでつぶやいて、了解した旨(むね)のLINEメッセージを、彼に送信するのだった。
問題は岡崎さんだ。
問題っていうのは――主に、わたしの問題。
17歳の誕生日の夜に、ふとしたことから岡崎さんを過剰に意識してしまって、それからいろんなことがあった。
顔を見られなかったり。
「近寄らないで!」と拒絶したり。
活動教室に行くのがつらくなったり。
「お兄ちゃん」と呼んでしまったり。
修羅場みたいになって、気づいたら泣きながら岡崎さんを抱きしめていたり(なんであんなことしたんだろう)。
抱きしめるのは――どう考えても、やりすぎだった。
でも、ああするしかなかった。
本能?
衝動?
――正直、
この感情が、
どんなものなのか、自分自身で、わかんない。
恋する心なのか。
はたまた――、
いや、
恋する心以外に、どんなものがあるっていうんだろう。
それでも、
岡崎さんに向かう心が、恋愛感情だと、わたしは未(いま)だに認められていない。
なんか、ズレてる。
ハルさんのときとは――違うんだ。
ハルさんに対する心は、純粋な恋愛感情で間違いがなかった。
アカ子さんに負けるとわかっていても、わたしは純な恋愛感情を押し通した。
じゃなかったら、失恋したことに気づいたとき、あんなに泣いて喚(わめ)いたりしない。
失恋したらおかしくなるぐらい、強い強い恋愛感情だったんだ。
だけど――現在(いま)のこの気持ちは、なんなんだろう?
『抱きしめるなら、好きってこと』
――そういうふうに、割り切れなくって。
純粋な感情じゃない。
単純な感情でもない。
だとしたら、歪(いびつ)な感情。
でもたとえ、歪な感情であっても――、それは、
甘酸っぱい感情。
あいまいな、甘酸っぱさ。
わたしの感情を、きちんと整理整頓したい。
だからわたしは、勇気を出して岡崎さんを誘うことにした。
ダメと言われても、限界まで押し通す。
強気すぎるくらい強気になっちゃえ、あすか。
強情だと思われたっていい。
× × ×
意を決して、LINEアプリのボタンを押す。
『こんにちは』
意外なくらい早く、
『こんにちは』
というメッセージが返ってくる。
『週末に夏祭りがあるのをご存知ですか?』
『知ってる』
迷わずわたしは文字を入力する。
その言葉を。
単刀直入な、お願いを。
『来てください。
来て、わたしと一緒にお祭りをまわってください。』
胸の鼓動は速くなっているけれど、
それすらも、予定調和だった。
送信してしまったら、緊張はどこかに行ってなくなってしまった。
岡崎さんの、彼の答えは、わたしを絶望させるような答えではないことを――返信が来る前から、確信しきっていた。
岡崎さんは絶対OK、って言ってくれるだろうから――なんの不安もなかった。
× × ×
予感は、パーフェクトに的中して――、
わたしは、岡崎さんと一緒に、夏祭りを過ごすことになった。