スポーツの日!
――ということで、KHKで制作したスポーツニュース番組の映像を、お邸(やしき)で観ている。
『はい! どうもこんにちは、キャスターの板東なぎさです。』
キャスターの板東さんが、解説役の先生とともに、桐原高校の運動部が参加した試合のVTRを振り返っていく、という流れ。
『それではまず野球部の練習試合の模様をお届けしたいと思います。…その前に嬉しいお知らせです。故障で離脱していたリリーフエースの平和台くんが部活に復帰しました』
そして平和台センパイの顔写真が映し出され、
『これからの平和台くんの活躍に期待したいですね!
では練習試合。今回は泉学園との交流試合でした。観客人数は、およそ――』
アバウトな観客人数を読み上げる板東さん。
どうやって観客の数を調べたのか。
日本◯鳥の会でも雇ったというのか。
というか、観客数、言う必要あったのか――?
『解説は英語の駒沢先生です。よろしくお願いします』
『あ、よろしく、よろしくなんだけど、なんだけどさ……』
『なんですか? 駒沢先生』
『ぼく、野球部の顧問でもなんでもないんだよね。部外者なんだよね。正直、どうしてこの席に座ってるのかわかんないんだけど』
『それは、ウチの監督や顧問の先生が解説をすると、公平性が保てないからです』
『公平性…?』
『身内はどうしても桐原びいきの解説になっちゃいますから』
『身内っつったって、野球部関係者ではないけれど、ぼくだって桐原の教員だよ?』
『そうでした。――どうしましょうか?
あ、麻井ディレクターから、『できるだけ公平にお願いします』とのお言葉いただきました』
『そう言われてもなぁ……あとどうでもいいけど麻井、おまえ顔色だいじょうぶか?』
『巻きでいきましょうよ駒沢先生~』
『ええっ……』
『先生はMLBのアスレチックスの試合を生で観戦されたことがおありとか』
『…あるよ。京浜じゃなくて、オークランドの』
『うちの麻井ディレクターはその実績を買ったんですよ』
『…麻井、おまえもこっちに来て話さんか?』
『おおっと!! なんと駒沢先生のよもやの出演依頼!! どうする麻井律!?
――ダメだそうです。
ディレクターは、あくまでディレクターだからと。
なんで、とっとと試合のVTR行きましょうね~』
『……板東、おまえ普段からそんなノリだったか!?』
あらためて、脱線が――多い。
これも、「味」といえば「味」なんだが――ううむ。
「なに唸(うな)ってるの、利比古」
「アッお姉ちゃんだ」
「コーヒーあるけど、飲む?」
「あ、飲むよ。砂糖とミルク忘れずに」
「はいはい♫」
ぼくに砂糖とミルク入りのコーヒーを手渡す姉、自分のほうはいつものようにブラックコーヒーである。
そのブラックコーヒーが入ったカップを持って、ドカッとソファに座り、テレビ画面を見やったと思ったら、とたんに姉は画面のほうに身を乗り出すのだ。
「野球やってるじゃないの!」
「そうだね。ウチの高校の練習試合だけどね」
「でも野球でしょ?」
「そ、そうだよ」
「野球ならなんでもいいわよ」
「あ、そう…」
「――なにこれ、『プロ野球ニュース』??」
「そんな番組が、むかしフジテレビであったらしいね」
「え、いまでもやってるけど」
「それは初耳」
「スカパーだけどね」
「なるほど」
「いまはBSとかCSとかほら、『棲(す)み分け』ってやつ」
「…詳しいんだね」
「小泉さんの影響で。少しは、ね」
「あー、小泉さんかぁ」
小泉さんはお姉ちゃんの学校のOGで、無類のテレビ好きなのである。
「……いいねえ、こういう雰囲気」
「雰囲気、って、番組の雰囲気?」
「そうよ。素人の自主制作番組、って感じがビンビン伝わってくるじゃないの」
「…会長が怒っちゃうよ」
「麻井さんにはナイショよ☆」
「…」
「解説の先生のたどたどしいしゃべりが何とも言えないわね」
そうだなあ。
急遽、解説の席に座らされた駒沢先生もお気の毒だけど、なかなかどうして、たどたどしいしゃべりではあるが、サマになっているのだ。
サマになっている、というのはちょっと失礼だけど――要するに、解説が解説として成立している。駒沢先生が、ちゃんと「解説者」になっている。
――不思議だ。
「――お姉ちゃん」
「ここでスクイズはないでしょっ」
「――お姉ちゃんってば」
「あ、ごめん☆」
「ねえ、疑問なんだけどさ――どうしてぼくたちは、スポーツってものに、こんなに熱くなれるんだろうね?」
「それは謎だよね。たかがスポーツなのにね、言っちゃえばさ」
「うん…」
「…たかがスポーツ、されどスポーツ、なんだよ。
スポーツっていう、『おとぎ話』なんだけどさ」
「うん。野球だって、フィクションとも言えるわけじゃないか。フィクションとノンフィクションの境界線で、盛り上がれるだけ盛り上がってる」
「難しいこと言うようになったんだね」
『……駒沢先生がおっしゃられるように、平和台くんが抜けた穴はやはり大きかった。終盤に粘りを欠いた大きな要因であるわけなんですね……』
「フィクションといってしまえばフィクションだし、エンターテイメントにすぎないといってしまえば、そうなんだけどさ」
『……なんだか妙な感覚だな』
『どうしました? 先生』
『いや、この席に座ってるってこと自体が妙な感覚なんだけど。――それ以上に、野球を解説するってのが、なんだか『非日常』を演出している…そんな気がして』
『非日常を演出している……ですか。
フーム、
先生は解説者というより、詩人ですねえ!』
『詩人!?』
「――ぼくも野球、好きだよ。お姉ちゃん」
「――そっか」
× × ×
「ね、利比古、あんたと最後にハマスタに行ったの、いつだっけ?」
「え、もう忘れちゃったよ、だいぶ昔だよ」
「……またいつか、行けたらいいよね」
「そうだね……」
「ラミレスをヤジってやるんだから」
「 」