右耳にペンを挟んで、黄昏れるように遠い目をしている麻井会長。
麻井会長のそんな様子は珍しかった。
声をかけねばならない必要があったのでぼくは、
「麻井会長。」と呼んでみたが、ぼくの呼び声に気付く様子もない。
「あーさーいーかーいーちょーうー」
今度はイヤでも気が付くように呼んでみた。
すると小学生の女の子が居眠りから目覚めたようにハッ! と呼びかけにようやく気付いてくれた。
初々しかった。
初々しい表情のまま彼女は、
「何の用……羽田」
いつもの殺伐とした口調とは違うので、少し戸惑う。
そういえば、先週の番組収録のあいだも、ギスギスした感じが、会長から抜けていたような錯覚があった。
錯覚じゃなかったのかも。
「編集作業を、やりませんか?」
「どの編集」
「先週撮影したままになってたバラエティですよ」
「ああ…そうね」
長い髪の毛の先を親指と人差し指でクルクルといじって、会長は腰を上げた。
立ち上がると、あらためて会長は小柄なんだなぁって思う。
「羽田っ」
「あ、はいっ」
「アタシの身長低いって思ったでしょ」
「すみません…」
× × ×
会長は無難に仕事をこなした。
出来上がったら、ちゃんとテレビ番組になっているのだから、すごいものだ。
だが、会長の編集ぶりを眺めていた黒柳さんは首をかしげて、
「起伏がもう少しあったらいいのでは?」
あん、と黒柳さんを睨みつける会長だったが、いつもの気迫が見られない。
「構成面もですけど、演出面にしても、司会の『素人っぽさ』をもうちょい強調したほうが良かった気がします」
実はこのバラエティ番組の司会は、放課後、そこらへんを通りがかっていた生徒を麻井会長が勝手に捕まえて抜擢したのであった。
「せっかく、自分がテレビ番組の司会をやるなんてその時まで思いもしなかった人を、司会に仕立て上げてるんですから」
黒柳さんは続ける。
「ハプニングがあって当然なんです。――けど、会長のこの編集だと、『素人司会の持ち味』が殺されてしまってるような印象を受けます」
黒柳さんの物言いが、とてもキッパリとしているとぼくは思った。
「たしかに、内容に気を取られすぎていたのは認める。
構成はダラダラしてるように見えるかもしれないけど、今回の素材でこれ以上盛り上がりを出すのは現実離れ、期限もあるんだしね。
あと、素人臭さを出し切れなかったのは、クロ、あんたの撮影のまずさにも責任があるよ。肝に銘じなさい」
自分の撮影をダメ出しされて、黒柳さんは悔しそうな表情になったけれど、
「クロ――期限まで少しだけ時間あるから、編集の手直しを手伝って」
「いいんですか、会長!? これまで編集には手出しさせなかったじゃないですか」
「これまではこれまで」
「手伝ってもいいんですか、ぼくが……!」黒柳さんが感極まったような顔をしている。
「いいからそこ座んなさい!」椅子をガーッと引く会長。「あんたの意見、取り入れたいから」
良かったですね、黒柳さん……!!
「クロ、素人っぽさってのは、具体的にはどのカットが?」
「そうですね、たとえば、タイトルコールのあとで、ずっこけそうになるじゃないですか、ほらここ……」
× × ×
会長と黒柳さんのやり取りを遠巻きに眺めていた板東なぎささんが、
「よかったね」
「よかったですね、黒柳さん」
「や、会長が」
「会長??」
「――会長、元気、回復してるみたい。ヘコんでたから……この一週間」
えっ!?
「えっ!? ヘコんでたんですか、会長!?」
たしかにテンションに違和感はあったが――。
落ち込んでたのか。
でも。
「よくわかりましたね板東さん。やっぱり、女子同士だから……なんですか?」
通じ合いというか、テレパシーというかシンパシーというか。
板東さんは得意そうに、
「鋭いじゃない羽田くんも。そう、女同士だから、会長の凹(ヘコ)みも敏感に感じ取れるの」
「黒柳さんのアドバイスのおかげですね!」
「今日はそうだったねぇ」
感慨深そうな板東さんである。
× × ×
会長と黒柳さんの共同編集作業が長引いていたので、板東さんと一緒に第2放送室を出た。
まだ日が高い。
板東さんの斜め後ろを歩いていた。
駐輪場の手前まで来て、やにわに板東さんが立ち止まった。
「ね、羽田くん」
ぴょいっ、と彼女が振り返る。
「わたしたちで、もっともっと、会長に元気をあげようね」
「元気を……ですか」
「会長を応援してあげなきゃ」
ね? とぼくの眼をのぞき込むようにする板東さん。
「――羽田くんには、会長がさみしそうになってるとき、背中を押してほしいかな」
「会長は…さみしがりとは真逆な気もしますけど」
「わかんないよー?」
それから板東さんは再びぼくに背を向けて、
「とにかく、会長をバックアップしてあげようよ。羽田くんにできないわけないんだから」
と言い、手を振りつつ、駐輪場の中へと消えていくのだった。
できないわけない、か。