昼休みにタイミングよくアツマくんが利比古の写真を送ってきてくれたので、わたしはゴキゲンだった。
学校のことをいろいろ聞き出してやろうと思って、うきうき胸をはずませながら、弟がすでに帰っているお邸にわたしは向かった。
帰ってみると、居間のソファーに背中をもたせかけて、利比古は休んでいた。
少しくたびれているんだろうか? 入学式って、そんなに疲れるものかしら。
とりあえず「ただいま」を言ってから、
「なにか疲れるようなことでもあったの?」と探りを入れてみた。
「入学式自体はなんともなかったんだけど」
「だけど?」
「新歓…っていうのかな。部活の新入生勧誘で、『事件』に巻き込まれて」
「事件!?」
ことの顛末を利比古は語ってくれた。
アツマくんが付き添いでよかった。
わたしが付き添いだったら、落ち着きをなくして、いろいろと面倒なことになっていたかもしれない。
「共学校って、そんな激しいんだね」
「激しいのとは…少し違うんじゃないかな」
苦笑いする利比古。
利比古が共学の桐原高校に通うことに関して、わたしには別段の意見はない。
まあ、自由にノビノビと過ごしてくれたらいい。
共学の雰囲気を邸(いえ)でわたしに話してくれるのが、楽しみでもある。
ーーむしろ、気になる女の子のひとりやふたりぐらい、できたほうが、歓迎だ。
「利比古、もう少し休みたい?」
「本音はね」
そう言いつつも、利比古は身を起こして、
「でもお姉ちゃん、写真、撮りたいでしょ?」
さすが弟!
以心伝心って、こういうことかしら。
× × ×
部屋で寝ぼけていたアツマくんを叩き起こして、3人で玄関に出た。
利比古単体の写真のほかにも、姉弟のツーショット写真ももちろん記念に撮っておきたいのである。
「おれは撮影要員かよ」
「なんで寝ぼけてたの、そんなに疲れてないでしょ、あなた」
「走ったから」
「ケヤキの大木まで、でしょ?」
「なんで? なんでケヤキの大木なんて具体的なワードが?」
「すみませんアツマさん、きょうのこと何から何まで話しちゃったんです」
「利比古……まぁ、しかたないか」
そう言ってアツマくんは肩をすくめる。
「もっとしっかりしてよアツマくん。利比古のほうが元気みたいじゃん」
しかし、なぜかアツマくんは夕空を見上げ黄昏モードに入ってしまったかのようだ。
まるでなにかを思い出したかのように。
「この邸(いえ)には、さ」
ぶしつけにアツマくんが切り出す。
「この場所にはこんな思い出が……ってスポットが、いろいろあるんだが」
「あたりまえよね。あなたの実家なんだから」
「玄関、も」
玄関、とアツマくんが言った途端に、胸の鼓動が少しだけ跳ねた。
わたしに思い当たる節があったからだ。
玄関……そう、玄関でわたしは……あのとき、あの夏休みのとき、勢いで玄関を飛び出して……アツマくんが慌てて追いかけてきて、それで、それで……。
その先を想い起こそうとすると、からだじゅうが熱くなってしまうのがわかるから、できない。
「どうしたの、早く撮ろうよ、お姉ちゃん」
そうだ、本来の目的を忘れていた。
アツマくんのオタンコナス。
利比古に、スマホを向けたが、少しだけ手が震えて、余計な手間をとらせてしまった。
アツマくんは、わたしが何回も利比古を撮り直していたので、心底退屈そうにして立って待っている。
オタンコナス。
「ずいぶん撮影が難航したな。なんでだ?」
「難航したのはだれのせいだと思ってるのよ、ほんとにもうっ」
とぼけるアツマくん。
とぼけるな。
どうしようもなく、アツマくんに近寄って、利比古に聞こえないような小声で、早口で伝えておいた。
『わかってるわよ……。
玄関だってこと。
わたしがアツマくんに、好きだ、って初めて伝えた場所、
玄関だったってこと。
あんまりわたしの体温上昇させないでよっ、バカ。
早くツーショット撮って、姉弟ツーショット!』
× × ×
あとで、流さんが来てくれて、姉弟プラスアツマくんのスリーショット記念写真を撮ってくれた。
ありがとう、流さん。
ついでにありがとう、アツマくん。
あっごめん、
「ついでに」は余計だった、
ごめんなさい、
あらためて、ありがとう。
わたしたち姉弟を、これからも見守ってね。