放課後
わたし、笹島(ささしま)マオ。
高校3年。
サッカー部、
の、
マネージャーの、
チーフ? みたいなのをやってる。
3年の2学期になったけど、
引退はしていない。
こっそりと、
ゆっくりと、
わたしは『スポーツ新聞部』が活動している教室に接近していた。
そしたら、
『マオさん!』
「あ、あすかちゃん、オハヨウw」
「もー、放課後ですよいまw」
戸部あすかちゃん。
1年生。
いろいろと、将来有望な子。
「あすかちゃん、ソースケにいじめられてない?
だいじょうぶ?」
「? だいじょうぶですよ」
「学校の部活だけじゃなくって、いろんなこと書かなきゃいけないんでしょ。
ニッカンとかスポニチとかサンスポとか、ほんとの『スポーツ新聞』みたいな記事を作らなくちゃいけないんでしょ」
「まあ、あくまでメインは高校スポーツですから。部活の試合がないときとかに、『世の中スポーツ』の情報をはさむんです。『世の中スポーツ』のほうは、あくまで穴埋めなんですよ」
「よ、よのなかスポーツ、?」
「校内の部活以外のスポーツに関する話題をひっくるめて、『世の中スポーツ』っていってるんです、便宜上。
少し前だったら、夏の甲子園の全国大会だったり、さいきんだとバスケのワールドカップだったり」
「へ、へえ……。
ところでさ、
その、
あーっと、
んーっと、
あー。
そのね、
そのその、」
× × ×
「おまえらしくないな、教室に入っておれをさっさと連れてけばよかったじゃあないか。
…おーい聞いてんのか、マオ?
きょうは無口だなぁ」
あすかちゃんに、ソースケ…中村創介を呼んでもらい、
人気(ひとけ)のない場所にソースケを連れてきた。
『ちょっと真面目な相談』と、ソースケにことわっておいて。
「『真面目な相談』って、
説教か?ww
あまりにもおれの日頃の行いが悪いのにウンザリしちゃったかw」
「バカじゃないの!?
相談、って言ったでしょうが!
説教なわけ、ないじゃない…」
「そうだなー、そーだん、なんだよな。
悩みごとか?
言っておくが、恋のお悩み相談だけはカンベンな」
「ーーもっと真面目な相談だから。」
「当ててやろうか、おまえの悩み。
進路。」
「どうしてわかったの…!?」
「それは、おまえがマオだからだよ。」
「い、意味がわかんないよ」
「おまえは2学期に入ってもサッカー部を引退していない。
冬の選手権もあるからだけど、進学を希望していないということも、サッカー部に残っている理由として、ある。
進学を希望していないのは、卒業したら、実家の笹島飯店を継ぐと決めているから。
でも、『ほんとうにこれでいいのか?』という気持ちもおまえの中では強くて、卒業後の進路に対する迷いで、心がゆらいでいる。
ーーまあそんなところだろう」
「…ソースケ、あんた大学受けるより、探偵事務所に就職したほうがいいんじゃないの?」
「じょーだんゆーな」
「…そうね。
だいたいあんたのゆったとーり。
お店を継ぐって、両親には言っちゃったんだけど、
進学する子がうらやましいなって気持ちも、否定できない。
進学したら、可能性が広がるよね。
ねえ、『青春』ってことば、昭和みたいで古臭くて、あんまり好きじゃないけど、
ここでは『青春』以外のことばが思い当たらないから、仕方なく使うんだけどさ、
青春期、というかーーわたしの青春、この学校卒業したら終わっちゃうんだよね。
それがむなしいの。
タイムリミットってやつ?w
タイムリミットってことばも、古臭いかw」
「マオ、『モラトリアム』っていう便利なことばがあるんだよなあ」
「しーってるよっ!w
でもモラトリアムとはちょっと違うの。
あとから振り返るとして、
恥ずかしくなるほど甘酸っぱい時代が、
照れくさくなるほどキラキラ輝いてた時代が、
終わっちゃうの。
それがあと半年ーー。」
「それは高校3年生なら誰だって平等だろう?」
「そうかなあ?
ソースケはいろいろ鋭いから、ソースケが言うならそうなのかなあ。
ーーわたし、自問自答しはじめちゃったんだ。
『わたし、精一杯、じぶんを輝かせられたかなぁ?』
ってさ。
そう思うと、
わたしの周りに、キラキラ輝いてる人、いっぱいいるから、
いちいち名前は挙げないね、
そんでもって、じぶんに、『今のじぶんはーー』って、問いかけてみると、
自信がないんだ。
わたしがしてきたことに、
今のわたしっていうわたしに、自信が…」
「ずいぶん難しいことを考えてるもんだな」
「そ、そんなことないって」
「まあおれは陰キャだから」
「じぶんで言うなっ」
「輝いてるの反対で、陰ってるっていうのが、正しいか」
「意外と自己評価低いのね、ソースケ。
あんたは、『輝いてる』というより、スパークしてる、というか」
「スパーク!? 面白いこと言うなあwww」
「爆笑すんなバカっ!
光を放ってるというより、電流を放ってるみたいだよ、あんたは」
「放電、か」
「そ、放電ねw」
なんだか可笑(おか)しくなって、笑えてきた。
話し疲れたんだろうか。
ーーとか、思っていたら、
「マオ」
「な、なにソースケ!?
あらたまった顔で」
「その顔だ。マオ」
「え?」
「ーーその顔だよ、マオ。
その笑い顔だ。
おまえが輝いていたかどうかなんて、おまえにもおれにも誰にもわかんないとおれは思うし、
同じように、おれが輝いていたかどうかなんて、おれにもおまえにも誰にもわかんないとおれは思う。
でもさ。
マオ、
おまえの笑い顔だけは、ウソをつかないんだ。
おまえの笑い顔は、おれにも誰にもウソをついていない。
もちろん、おまえ自身にもウソをついていない、
ほんとうの笑顏なんだ。
ーーもう一度言うぞ、
おまえの笑い顔には、ウソがない。
ーーうまく笑える人間って、少ないんだよ。
(少しよどんだような声で)おれだって、うまく笑い顔を作れない…」
いつの間にかソースケは、
ぐったりしたように、
木彫りのベンチに腰を落としている。
「…どうしたの、ソースケ?
疲れてるの??
受験ノイローゼ??」
「そんなんじゃない。
ただ、
8%から10%は、それもあるかな、ってw」
「しっかりしてよ、ソースケ!!
しっかりして!!
しっかりしなさいよっ!!
ほんとうにダメになっちゃってどうするの!?
情熱!!
あんたの、スポーツ新聞部への情熱!!
立派だと思うよ、わたしは!?
あんたのなかで、あれだけはウソがないって、
わたし……信じてるから。
スポーツ新聞部への、
熱い思いが。」
「…あれ『だけ』とは、失礼な」
「(構わず)失望させるのだけはやめてよ、
スポーツ新聞部のみんなを。
輝きとは、ちょっと違うかもしれないけど。
(ソースケの肩に手を置いて)燃やし続けてよ。
情熱を。
あんたのなかで、メラメラしてる、炎をーー」