『メルカド』は学校から近すぎるからって、伊吹先生、別のレストランを指定してくれた。
ランチの値段を見て、わたしは少し恐縮する。
『ここは別々の支払いで』
『だめだよ先生のお・ご・り!』
『(;´Д`)えー』
ナイフとフォークを「八の字」にしてわたしが皿に置くと、
『(;・∀・)あ、食欲無い!?』
『いいえ。でも……、
考え事しながら食べる料理って、美味しくないですね』
わたしはデザートのアイスを追加注文した。
八木八重子のワガママ。
川沿いの堤防の芝生にわたしと伊吹先生は腰を下ろした。
「(妙に真面目な口ぶりで)あたしさ、八年間も教員やってると、いろんな三年生を見て来たのよね」
「八年……ってことは、先生現役で大学受かって、1発でこの学校に採用されて──、
優秀なんですね。
早稲田も現役で受かるなんて」
「だからみんな誤解してるけど早稲田卒じゃないからw」
「あたし学校のOGだっての、八木さん知ってたよね」
「はい」
「あれ……高等部からなんだ」
「(°°;)編入試験……!」
「そう、血豆ができるほど受験勉強してねえ」
わたしは初めて伊吹先生を尊敬した。
「進路指導の先生とケンカしたみたいじゃない。教師陣のあいだで話題になってたよ」
怒られる──?
「八木さん、あなた大学に入るのがすべてって考えてない?」
「Σ:(;゙゚'ω゚'):ギクッ」
「ほらw(*・∀-)」
「だって……だって受からなきゃ大学で勉強できないじゃないですか!」
「でも、なにを勉強するかが、まず、八木さんの中で固まってないみたいね」
「どうしてわかるんですか」
「そりゃ同僚がねー」
「八年間高校教師やってるとね」
「はぁ」
「大学に受かった子が中退しちゃって、再受験の手続きの関連で学校に来るのを、何人も見てるんだ──」
わたしは口をつぐんだ。
「東大や一橋入ったのに、東大や一橋っていう大学が合わなくて、辞めちゃう子、けっこういるんだ。」
「もったいない。せっかく東大や一橋受かって、家族も喜んで、『これで安泰だ』と思ってるところに、肌が合わないで自分の都合で中退とか……」
「八木さん、
人生って山あり谷あり、って言うけどさ、あたし、平穏無事に終わることより、『波乱』の起こるほうが、はるかに多い気がするの」
その伊吹先生のことばが、わたしにはピンと来ず、納得もできなかった。
「すみません、よくわかりません」
「『一難去ってまた一難』じゃないけど…」
「わたし! 『一難去ってまた一難』ってフレーズ、嫌いなんです。
たとえば、『一難去ってまた一難』な人間を、少しでも多く救済して、そういう苦難に巻き込まれて、もがきながら生きる人が、少しでも減ればいいなとか、そういうこと考えてる──あっ」
「ほらほらw 出てきたんじゃないの? 八木さん、あなたにとっての未来への展望」
「でも、学部が! 具体的な専攻が…」
「そうやって形式ばって考えないのよ」
伊吹先生が……、
小泉と、同じこと言った。
「ありがとうございます、先生。わたし今まで先生を誤解していました」
「(ノ∀`)タハハww」
「ところで。
伊吹先生は、いつご結婚なさるんですか」
「(ノ∀`;;)アチャー」