愛の日記帳より
7月26日(木)
少しだけ涼しい
アツマくんは今日も図書館に勉強に出掛けていた。
さみしかった
あすかちゃんも参考書を買いに街まで出掛けていた。
さみしかった。
わたしは青島さやかの携帯電話に電話をかけた。
そしたら戸部邸に来てくれることになった。
友だちとの距離感は、むずかしい問題だと思う。
まだ、さやかと出会って1ヶ月ぐらい。
最初は喧嘩していた。
でも、さやかがこころのなかに闇を抱えていることがわかって、さやかに優しい気持ちで接することができるようになった。
それから、何回かさやかをここに呼んだ。
さやかはこの家に来ることを快く承諾してくれた。
文学の話や、音楽の話をした。
いまでは、わたしは『さやか』と呼び、さやかはわたしを『愛』と呼んでいる。
こころなしか、さやかの表情も柔らかくなったと思う。
さやかは、バイオリンがまだ弾けない。
学校のガーデンで弦を切ってしまったことが、トラウマになっているんだと、わたしは考えている。
きょう。
さやかは昼下がりにやってきた。
わたしはこう言った。
「ピアノ……弾いても、いい?」
それまで、さやかの前でピアノを弾いたことはなかった。
「なんでそんな遠慮気味なの?」
さやかは、疑わしそうな表情と口調で答えた。
そういえば、さやかの前でピアノを弾かない理由は、なかった。
「わたしがあのグランドピアノで曲を弾いても、耳障りじゃない?」
できるだけ優しく、距離を詰めるように、さやかをいたわるように、わたしは言った。
「聴いてみたい。
聴いてみたいな、愛の弾くピアノ」
さやかの顔に笑いがあふれてきた。
「ねえ、わたし、ハーモニカ、いつもカバンに入れてるの」
「へーっ」
「お兄さんのお下がり」
「照れなくてもいいじゃん」
「は、はずかしくなんかない」
「お兄さんがむかし好きでよく観てたアニメの登場人物が、ハーモニカを持っていたんだって」と、さやかはしどろもどろに説明したが、わたしにはまったく見当もつかなかった。
「じゃあ、さやかはハーモニカを吹いて」
「ボブ・ディラン?」
「そ、そ」
「ライク・ア・ローリング・ストーン」
「そうよ」
『追憶のハイウェイ61』。
わたしは、このアルバムを、持っている。
- アーティスト: ボブ・ディラン
- 出版社/メーカー: Sony Music Direct
- 発売日: 2005/08/24
- メディア: CD
- 購入: 1人 クリック: 13回
- この商品を含むブログ (53件) を見る
「浜田省吾がね」
「浜田省吾?」
「うん、『ラストショー』って曲で、この曲の名前を出しているんだけど、なんで『ライク・ア・ローリング・ストーン』を出したのか、彼の意図が理解出来ない」
「ずいぶん辛辣ね」
「曲が悪いわけじゃないわ、歌詞で違和感があるところがあっただけ」
「日本で、『ブルース・スプリングスティーンに影響を受けました系』のミュージシャンっているでしょ」
「うん、具体名はわたしも挙げないけど、居るわよね(笑)」
わたしは吹き出してしまった。
つられてさやかも笑いだしてしまった。
・浜田省吾は自分の名前で損をしている
・佐野元春は何度か弾いた
ーー気を取り直して、わたしがピアノを弾き、さやかがハーモニカを吹いて、『ライク・ア・ローリング・ストーン』を演奏した。
ノーベル賞万歳。
弾きながら、サビの有名なフレーズを歌うと、気持ちよかった。
……そうそう。
さやかが着て来た服。
スカートが可愛かった。
買いたいかも。
ウエストもたぶんあんまり違わないだろうし