【愛の◯◯】音楽と本のお時間

 

「おはよう、アツマくん」

「おーおはよう、愛」

「きょう、あなた大学は?」

「休講だ」

「ズル休みの口実じゃないわよね」

「う、疑うな」

「――じつは、わたしのとってる講義も休講で」

「ホントかよ」

「ウソじゃないわよ」

「休講の理由は?」

「教授が論文執筆に忙しいからだって」

「それ、休講の理由になるか? そんな理由で休講にする先生なんて、おれの大学には――」

「なるわよ、理由に」

「……」

「フィクションなんだもの」

「解(げ)せない」

「――それよりも、朝ごはん食べましょうよアツマくん。あなたといっしょに食べたいから、起きてくるのを待ってたのよ?」

 

背の高いアツマくんの顔を、ニッコリと眺めるわたし。

 

「お腹がすいたって顔してるじゃない」

言うわたし。

彼は照れて、

「……あっそ。」

 

× × ×

 

「きょうのアツマくんは素直さに欠けるわね」

そう言いつつ、わたしの部屋に彼を連れこむ。

 

わたしはベッドに腰を下ろし、彼は勉強机の椅子に腰を下ろす。

 

「1日まるまるフリーになると、やることに困らない?」

「そうでもなかろう。近場の公園をランニングしたり、温水プールに泳ぎに行ったり、邸(いえ)の器具でトレーニングしたり…」

「スポーツ関係のことばっかりね」

アツマくんはボヤくように、

「…ダメかよ。」

「ダメなんて言ってないわよ。でも……」

「?」

「……からだを動かすのは、ちょっと休まない?? アツマくん」

「なんで?」

「この部屋で、あなたといっしょにいたいから」

「ぬ……」

「そんなリアクションしないの」

 

せめて……、

「せめて、午前中は、ここでわたしと過ごしてよ」

「……考えが、あるんか? なにをするのかとか」

「うん。もう、考えてる☆」

「……なんなのさ」

「音楽鑑賞と読書☆」

「……ふーん」

 

あーもうっ。

 

「…音楽が先がいい? 本が先がいい? 言って」

「音楽鑑賞と読書は決定事項なんか」

「決定事項よ!! ほら、10秒以内に、どっちを先にするのか答えて」

「んー、

 ……なら、音楽で」

 

× × ×

 

ラジカセにCDをセットし、再生を開始する。

 

それからわたしはふたたびベッドに着座し、アツマくんと向かい合いながら、CDを聴く。

 

「にらめっこしてるみたいだな、おれたち」

「どういうたとえよ」

「眼つきが険しいぞ、愛」

「そ…そんなことない」

「…できるだろ?? もっと優しくて柔らかい顔が」

「な……なにを言うの」

「できれば、笑ってくれよ。スマイル、スマイル」

「こっ、こっちが恥ずかしくなってきちゃうじゃない、そんなことを言われたら!」

 

やれやれ……とアツマくんは、

「このジャズミュージシャン、知ってんぞ、おれ」

「えっ!? だれのアルバムだとか、わかるの、あなた」

 

現在再生中のアルバムのミュージシャンを言う彼。

当たってる。

しかも、「これは『◯◯』ってタイトルのアルバムだろ。ブルーノートだよな?」と付け加えてくるから、ビックリ仰天。

あなた、ブルーノートなんて、どこで知ったの。

 

× × ×

 

再生が終わったCDを、ラジカセから取り出す。

 

またベッドに戻ってきて、

「――読書タイムを、始めましょう」

と宣告。

 

「なんだよ、音楽鑑賞はもう終わりなのかよ」

「……くやしいのよ」

「お?」

「くやしいのっ。アツマくんが、わたしの想像を超えて、音楽に詳しくなってるのが……!」

「ハハハ。愛は、負けず嫌いだなあ」

「そうよ!! 負けず嫌いよ」

 

せわしなく立ち上がって、積ん読タワーに近づいていき、タワーのいちばん上部の単行本を取る。

それから、「わたしはこの本を読むわ。東南アジアの小説家の代表作」と言ったあとで、本棚を凝視し、

「あなたにオススメしたい本があるのよ」と、ソフトカバーの1冊を抜き取る。

 

「仏教に関する本なんだけど……」

「なんでまた、仏教?」

「わたしの哲学科では、宗教も取り扱っているの」

「哲学科なのに?」

「むしろ、哲学科『だから』っ!!」

「そんなもんなんか??」

「無知ね」

「わるかったなあ」

「愛のムチで、あなたの無知を矯正してあげる…!」

「うまいこと言いやがって」

「…とりあえず、これを読んでっ」

「…でも、英米文学専攻のおれが読む、必然性が」

あなたはなにを言っているの!?

「なんだよっ。つっかかってくんなよっ」

「なんでも役に立てるのよ。たとえ仏教が、専攻外でも!!」

 

……ギューッ、と、彼の胸の真ん中に、オススメ本を押しつけるわたし。

 

 

 

 

【愛の◯◯】指切りもできないなんてバカみたい。

 

自己採点日から一夜明けた。

ひとことで言えば……『悲喜こもごも』だ。

 

第一志望が私立のわたしも、すべり止めの大学には共通試験を利用する。

すべり止めのほうは……まず大丈夫だと思うが、肝心な試験の本番は、これからだ。

 

× × ×

 

担任の二宮先生にわがままを言って、面談の時間を作ってもらった。

 

相談室。

 

「徳山が神経質になる気持ちも、わかるよ」

二宮先生に言われる。

黙って、うなずく。

「リスクを負ってるわけだからな」

「はい……高望みと言われても、仕方がないとも、思っています」

「勝負は、英語なわけだ」

「はい」

「英語の配点が、おまえが受ける3教科のなかで、いちばん高いわけだ」

「…はい。」

「そして、おれの担当教科は、英語」

「…ですね」

 

先生は、穏やかに、

「遠慮するなよ、徳山」

「遠慮するなよ……とは……」

「英語教師のおれを、使え。使い倒せ」

「……え?」

穏やかな顔、穏やかな声を崩さず先生は、

「英語教師として、なんでもできることはやってやる、ってことだよ」

「それは……」

「悔いを残したくないだろ? ――わからない単語やイディオムがひとつでもあったら、おれのところに訊きにこい。おまえは、じぶんでなんとかしようと、思いすぎる。じぶんでなんとかしようとするあまり、抱え込む。……だけどそれじゃ、おまえはおまえの受験を、乗り切れない」

「……」

「おれの言ってる意味が理解できるか?」

「……」

「――遠慮するようなことがあったら、この部屋で、お説教だからな」

戸惑い始めるわたしに、優しい顔で、

「なんのために教師がいると思ってんだ」

 

× × ×

 

…外のベンチで、クールダウンする。

動揺が…まだ残っている。

「なんのために教師がいると思ってんだ」という二宮先生のことばを……消化しきれなくて。

でも……じぶんでも、どうしてなのかわからないけれど、嬉しさ、のようなものが、こころのなかで芽生え始めていたりもする。

 

第一志望の赤本をかばんから取り出す。

英語の過去問を見返し、わからない単語やイディオムを、探してみようとする。

 

アルファベットに眼を凝らしているわたしの前に……やがて、だれかが歩み寄ってくるような気配。

男子生徒。

わたしが知っている男子。

 

…濱野くん。

 

× × ×

 

「まるでわたしの行動パターンを先読みしているみたいね」

「まさか」

「先読みしていなきゃ、わたしを見つけられない」

「そんなものかな?」

「そんなものよ」

 

見下ろすグラウンドでは、下級生と思われる男子が、野球モドキの遊びに興じている。

…わたしと濱野くんの間隔は、約2メートル。

 

「どうだったのよ、自己採点」

「悪いことに、上出来だった」

「恨むわよ」

「ひえっ」

「リアルに充実した春が待っていそうね、あなたには」

「――しくじったの?」

「いいえ? ――本命の入試とは、あまり関係もないし」

「そっか」

 

「きのう、自己採点の時間のあとで、小野田さんと出くわしたんだけど。あの子って、ほんとうにポーカーフェイスよね。内面を見透かせない」

「というのは?」

「なにを考えているのか、わからない。なにかを、抱えていたり、するのか。なんにも、抱えていたりは、していないのか。――読めない。」

「おれにも、読めなかった。彼女のこころの奥底みたいなものは」

「生徒会で、いっしょだったのに?」

「わかるわけがないよ。いくらおれが副会長で、会長の彼女と関わる機会が豊富にあったからって」

「それもおかしなことね……。彼女のせいでもあるんだけども」

「だけど、徳山さんは、彼女がキライだってわけじゃないだろ?」

 

……わざと、軽く笑ってみる。

濱野くんを、もてあそぶように。

 

もてあそばれた濱野くんは、戸惑い、押し黙る。

 

「――ねえ。わたしこの前、あすかさんに、からかわれちゃったのよ」

「ど……どんなふうに」

「『まだ、手もつないでないの?』って」

「だ……だれと、だれが」

「バカね」

「!?」

「ほんとうは、わかっているんじゃないの?? あすかさんが、だれとだれのことを言っているのか。むしろ、わからないほうが、ヘンよ」

 

顔を逸らす、彼。

バカ。

 

「濱野くん」

「ん……」

「指。」

「ゆ、ゆび……とは、」

指だったら――触れてあげても、いいわよ

 

「とくやま……さん」

 

右手の小指を――立てて。

 

「『指切り』って――、便利よね。

 汎用性があるわ」

 

意味不明なことを言われたようなリアクションの濱野くん。

 

『ほんとうにバカなのね』と、こころのなかだけでつぶやいてみる。

つぶやいてみてから、

いつのまにか、間隔が30センチぐらいに縮まっている、彼に向かい、

右手の小指を、寄せていく。

 

 

 

 

【愛の◯◯】北崎先輩が北崎先輩じゃない

 

「羽田く~ん、サッポ◯ポテトは、つぶつぶベジタブル味とバーベQ味の、どっちが好き?」

ぼくを放送部のお部屋に連れ込んだ小路さんが、いきなり訊いてきた。

「…。つぶつぶベジタブル、かな」とぼくは答える。

「エッほんと!?」

眼を見開く小路さん。

「…変かな?」

「変じゃない。だけど、珍しい。ヒジョーに、珍しいっ」

そう言って、小路さんは、サッポ◯ポテトつぶつぶベジタブル味の袋を、急にぼくに投げてくる。

ぼくは慌ててキャッチする。

「じゃ、わたしがバーベQ担当で、羽田くんがつぶつぶベジタブル担当ね」

「担当って」

「今後、ここでは、わたしはバーベQ味しか食べてはいけない。もちろん羽田くんのほうは、つぶつぶベジタブル味しか食べてはいけない」

「あんまり意味のない縛りだね…」

 

「ほんとうに意味のないやり取りですね」

たまりかねた猪熊さんが苦言を呈する。

「茶番を演じすぎです、ヨーコは」

「えー、なにそれ亜弥」

「放送部とサッポ◯ポテトになんの関係があるっていうんですか? ありませんよね??」

「あるわけないじゃん。だから、面白いんだよ」

「わたしにはぜんぜん面白くありませんっ」

「亜弥はマジメすぎ」

「ヨーコがフマジメすぎるんです」

「亜弥~~。わたしのことフマジメって言うの、何度目??」

 

ムカムカと、猪熊さんは小路さんをにらみつける。

 

それから、肩を落とすようにため息をつく。

 

ため息のあとで、

「――さきほど、北崎先輩から、わたしに連絡が来ました。『放送部にお邪魔してもいい?』と。『もちろんいいですよ』とわたしが返事したら、『じゃあ、きょうの放課後、あまり遅くならない時間帯に』というメッセージが返ってきました」

「もうすぐ、北崎先輩も、ここにやって来るってことだね」

猪熊さんに確認するぼく。

「羽田くんにしては、飲み込みが早いですね」

……飲み込みが遅いって認識だったの。

ちょっとショックだ。

 

「……ヨーコ。サッポ◯ポテトにかまけている場合では、ないんですよ?」

「どういうこと? 亜弥」

「あんまりわたしを呆れさせないでくださいよ。あなたは羽田くんよりも飲み込みが早いと思っていたのに!」

猪熊さんは厳しい眼で、

「きょう、3年生にとって、なんの日だったのか――把握していないわけじゃないんでしょう!? ヨーコっ」

「んーーっと」

「自己採点日ですよ!! 自己採点日」

「あーあー!! 共通試験があったからか!!」

 

ほんとに認識してなかったんだろうか……小路さん?

共通試験のニュースなんて、嫌でも眼につくはずなんだが……。

 

「北崎先輩は、共通試験の自己採点を終えたばかりなんです。……わたしの言いたいこと、わかってきましたか?」

小路さんに迫る猪熊さん。

「デリケートだってことでしょ?? 北崎先輩」

猪熊さんに言う小路さん。

「そうです。デリケートな状態であることは、疑いようもありません」

「だから、不用意なことを訊いたりしちゃいけない…と」

「よくわかってるじゃないですか……。

 慎重にお願いしますね。ヨーコも、羽田くんも」

 

× × ×

 

5分後、北崎先輩は部屋に入ってきた。

 

ぼくは、ちょっと緊張。

 

おっはよーございます!! せーんぱいっ

 

『緊張』という2文字が存在しないかのごとく、脳天気に北崎先輩にあいさつする、小路さん……。

なんなんだ、この子は。

 

「……」

北崎先輩は、小路さんのあいさつを、素通り。

あれ??

 

出鼻をくじかれた小路さんは、戸惑いを隠せない顔。

 

ぼくたち後輩の存在を素通りするかのように、北崎先輩はすーーっと部屋の隅のほうに歩いていき、椅子に着座する。

 

「……」

 

虚空を見つめる彼女。

 

不穏なムードが色濃くなる。

 

猪熊さんも小路さんも、心配そうな表情で、部屋の隅っこ座りの彼女を見ている。

ぼくだって心配だ。

 

眼をつぶる。

眼をつぶったまま……1分間近く、なにかを考えているような様子を見せる。

それから、ブンブン…と、首を横に何回も振る。

それからそれから、眼を開いて、「は~~っ」と巨大なため息をつく……。

 

巨大なため息をついたあとの先輩の顔から、

余裕が、少しも感じられない。

ほんとうに、余裕が少しもない。

いつもの北崎先輩では、ありえない。

 

 

「あのっ……北崎、先輩??」

 

恐る恐る、声をかけてみるぼく。

 

ぼくをチラリと見やった、先輩の顔が……、

半泣きに見えてしまって、

からだの芯から……寒くなる。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】アツマ兄さんは野菜が切れる

 

おれとさやかさんの兄妹ごっこの続き。

 

 

おれがさやかさんのことを『さやか』と呼ぶんだから、さやかさんにはおれのことを『兄さん』と呼んでもらうしかない。

…最初は戸惑っていたさやかさんだったが、徐々に、兄役のおれにこころを開き、自然な感じで『兄さん』と呼んでくれるようになった。

 

 

「――11時だな、さやか」

「……昼前ですね、兄さん」

「コラッ」

「え、え、」

「『ですね』じゃないだろ~~? タメ口、タメ口!」

「あっ……そうでした、じゃなくって、そうだったね、兄さん」

「ヨシヨシ」

 

隣り合わせでテレビを観ていたのだが、11時になったので、ソファから立ち上がった兄さん役のおれであった。

 

立って、おれは告げる。

「さやか。昼飯を作るぞ。もともときょうの昼食当番はおれだったからな」

そしてソファに座る彼女に微笑みかけ、

「さやかも手伝ってくれよ」

「わたしが……?」

「腹、減ってきたろ?」

「……たしかに、お腹はすいてきた。だけど、わたし、料理にぜんぜん自信がなくって」

「なーに言ってんだ」

「に…兄さんの料理のジャマになっちゃう」

やれやれ。

腕を組み、

「また叱られたいのか? さやかは」

「な、なにかマズいこと言ったかな、わたし」

「兄さんの料理のジャマになるとか、言うんじゃない!」

「……」

「手伝ってくれるんなら、怒らないんだけどなぁ~」

「……」

 

彼女は観念して立ち上がり、

「兄さん……教えてね、いろいろ。」

 

おーおー。

 

× × ×

 

「おまえの包丁の持ちかたは危なっかしいなぁ」

「…ごめん」

「見てろよさやか。…こう持つんだよ」

「…そうなんだ」

「やってみな?」

「……。どうかな、これでいいのかな?? 兄さん」

「んー、80点ってところか」

「合格?」

「及第点ではあるが……せっかくだから、完璧を目指そうぜ」

「わ、わかった……」

 

× × ×

 

「こんどこそ、合格だよね、兄さん? バッチリでしょ? この持ちかたで」

「うむ。合格合格。偉いぞー、さやか」

 

顔を赤らめて、下を向く。

予測範囲内の反応。

 

「じゃあ、ステップ2だ」

「つ…つぎのステップ、あるんだ」

「あるぞ。…野菜を、切ってみよう」

 

あらかじめ皮を剥いたジャガイモをまな板に乗っけて、

「さあ、切ってみろ、さやか」

「……無茶振りしてない? 兄さん」

「ジャガイモ切ったこと、ないんか?」

「ある。あるけど……雑な切りかたしか、できない」

「雑でいいからやってみろ」

 

× × ×

 

手つきがサマになってねーなあ。

彼女がじぶんで言う通り、雑だ。

 

「んー、これじゃあ、乱切りっつーレベルにも達してないぜ」

「……」

「不可」

「お手本……お手本、お願いっ」

「ま、おれもせいぜい『可』と『良』の中間レベルってとこだが…」

 

× × ×

 

「…どうだ? 食べやすく切れてはいるだろ?」

「…ぜんぜん上手いね、わたしより」

「おっベタ褒めか」

「お世辞なんかじゃなくて。ほんとうに、上手」

「ありがとよ」

「……」

「どした?」

「……がんばろう、って思った」

「なにを?」

「料理も含めて、いろいろと」

「ほう」

「兄さん。――ニンジンも、切ろうよ?」

 

× × ×

 

愛を加え、3人での昼食だった。

 

洗いものも、疑似兄妹コンビで担当。

 

食器を拭きながら、

「兄さん……。わたし、じつは午後から用事あって」

「あちゃー、もう帰るんか」

「ごめんね。もっと兄妹でいたいのは……山々だけど」

「なにかやり残したことはないかー?」

「……だいじょうぶ。」

「なら、ホントの兄さんと、仲直り、できるな?」

「……できるよ」

「ちゃんと、さやかのほうから、『ごめんなさい』を言うんだぞ」

「……言うよ」

「あと、」

「?」

「――せっかく、立派な大学に通ってるんだから、勉強、ちゃんとやれよな」

 

食器を拭く手を止め、

おれをまじまじと見る。

 

15秒、見続けたあとで、

「――ありがとう。全力でがんばる」

「背中、押してるぞ」

「…嬉しい」

 

× × ×

 

こうして、さやかさんは去っていった。

 

玄関近くの広間。

おれの背後から、愛が、

「アツマくん。――いろいろと、言いたいことはあるけれど」

「おぅ」

「アカちゃんに対しては、あんなにタジタジだったのに。さやかに対して、『攻め』の態度を取り続けたのは、どうして?」

「それはな。アカ子さんはさやかさんじゃないし、さやかさんはアカ子さんじゃないからだよ」

「さっぱりわかんない」

「わからんでもいい」

「……。こんどさやかに会うときは、もっと優しく接してあげてね」

「もちろんだ」

 

振り向いて、愛をジカに見るおれ。

 

「…どうしたの? いきなりわたしをガン見して」

「いや。

 こう思っただけ。

『おまえよりも、さやかさんのほうが、スタイルいいなあ』って」

 

…踏むわよ

「どうぞどうぞ、ご自由に」

 

 

 

 

【愛の◯◯】もうひとりの妹志願者

 

土曜午前のリビング。

おれの向かい側のソファには、さやかさん。

シリアスにうつむきながら、ソファに座っているさやかさん。

どうしたというのか。

 

「さやかさん。きみ、さっき邸(いえ)に入ってきたとき、『お話があるんです』って言ったよね?」

「……はい」

「それで、おれはきみの話を聴くために、こうやってきみとマンツーマンになっているわけなんだが」

「……はい」

「なんの話なんだ?」

「……」

「言ってごらんよ。縮こまってないで、さ」

「…………あのっ」

心持ち目線を上げつつ、彼女はこう言った。

 

「1日限定でいいので…………わっ、わたしを、アツマさんの、妹にしてくださいっ

 

おおっとお!?

 

――つい先日。

つい先日、アカ子さんの頼みで、アカ子さんと『兄妹ごっこ』をしたばかりだというのに。

こんどは、さやかさんかよ。

 

「…動機は、なにかな」

とりあえず、訊いておく。

さやかさんはこう答える。

「わたし、わたしの兄さんと……ケンカしちゃったんですっ」

 

マジかよ。

 

「意外だな。仲がいいんだろ? 兄さんと」

「はい。だけど……しちゃったんです、ケンカ」

「さやかさん――詳しく。」

 

× × ×

 

「なるほどねえ」

「……」

「ケンカ両成敗の原則が適用されそうなケースだが」

「……」

「どちらにより非があるのかで言えば――さやかさん、きみのほうだと思うよ」

 

シュンとするさやかさん。

 

「だが――おれにすがりたい、という気持ちもわからんでもない」

 

「アツマさん……。じゃあ、わたし、妹になっても、いいんですね!?」

 

「ああ。いいぞ。きょうだけだ」

 

さやかさん、うれし恥ずかしの混じり顔である。

 

 

……おれは考えた。

アカ子さんとのときは、終始主導権を妹役のアカ子さんのほうに握られていた、のだが。

ここはひとつ――、

『攻め』に転じてみるか。

アカ子さんとのときとは、真逆に。

 

 

「さやかさん、」

「は、はいっ」

「おれが、きみの兄になるのならば――」

「……はい、」

呼び捨てで行かせてもらう」

 

「え、ええっと、それは……つまり」

 

「きょうこれから、さやか『さん』じゃなく、『さやか』と呼ばせてもらおうか」

 

……!

 

「なにをビックリしているんだ?

 きみの兄さんだって、常時呼び捨てなんだろ?

 きみの兄さんの代わりにおれが兄さんになるんだから、『さやか』って呼び捨てにするのは当たり前だろ」

 

「だ、だったら……わたしは、アツマさんのことを、どう呼べば」

 

「決まってるだろ。『兄さん』って呼ぶんだよ」

 

「……」

 

「なぜ、うろたえる? それが、自然だろ??」

 

「……」

 

「おれを『兄さん』って呼ぶ勇気もないのなら、兄さん役になってあげないぞ」

 

「……」

 

「おれがルールだ。なんたって、『兄さん』なんだからな」

 

おれの勢いに、さやかさんは防戦一方だ。

 

ホントの兄さんと彼女を仲直りさせるためには、少々荒っぽくても、こういうふうに接したほうがいい――これが、おれの考えだった。

 

さらに、押し続けていく。

 

さやか。あんまり黙りっぱなしだと、怒っちゃうぞ? おれ」

 

「え、え、えっ。――いま、わたしのこと、『さやか』、って」

 

「ああ。もうすでに、おれと『おまえ』は、兄妹だ」

 

……うろたえてんなあ。

どちらかというと、普段のさやかさんは、クールでサバサバしてるといった印象なんだが。

おれの勢いに圧倒されて、小さくなっている。

さやかさんがさやかさんじゃないかのように……弱々(よわよわ)だ。

 

ショック療法、みたいになってきたが。

まだ、おれのターンは終わらない。

 

スッと立ち上がる。

そして、

「さやか、立ってくれ」

と促す。

 

言われるがままに、彼女は立ち上がる。

 

彼女にどんどん近づいていく。

そして、彼女の顔に、じっくりと視線を当てる。

向かい合い。

163センチ…だったかな、彼女の身長。

おれのほうが15センチほど高い。

だから、おれが彼女を見下ろす格好になる。

 

至近距離で見つめられた、さやかさん。

どんどんどんどん幼さを増していく。

 

「――どうしようもない、って顔してんなあ」

 

焦りと戸惑いの彼女。

 

「なんで、そんな無口になる? おれに気兼ねしてるってか?? ……よくないなあ、さやか」

 

ここで、『だって……』という小さな彼女のつぶやき。

 

「なんだよ、小声で。聴こえるように言ってくれよ」

もちろん、ほんとうはバッチリと聴こえている。

あえて、イジワルになっているのだ…。

「なあ、頼むよ、さやか。ちゃんとおれの眼を見て、ちゃんと声を出してしゃべってくれ」

 

ふるふる…と小さく首を振ってしまう彼女。

しょうがねーなー。

『妹にしてください』って、言ったクセに…。

 

かくなるうえは。

 

「…どこに行っちまったんかなあ。いつもの勢いは」

「……い、いきおい、って……なんですか??」

コラ。おれは『兄さん』なんだから、敬語は使わない」

 

そう叱って、おもむろに、

彼女の頭に、ぽん、と右手を置いてみる。

 

たちまちカーッと赤くなる、彼女の顔。

 

「さやか。もっとこころを開いてくれや。兄さんのおれだって、調子狂っちゃうぜよ」

 

少しだけ、『やり過ぎかな…』と思いつつも、

兄さん役になりきって……攻めの立場で、『さやか』に接していく。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】兄妹ゲームは呼び捨てが敗北

 

アカ子さんとの兄妹ごっこは……続く。

 

× × ×

 

「お兄さん。夕飯時まで、まだ時間がありますね」

「……あるけど」

「お兄さん、わたし、お裁縫だけが特技だというわけではないんですよ」

「……ピアノ、かい?」

さすがはお兄さんですね。よーく把握してるじゃないですか」

「だって…。連弾、っていうんだっけ?? 愛といっしょにピアノ弾いたりしてただろ、ときどき」

「連弾もいいんですけど、」

「けど、?」

「きょうは、せっかく、お兄さんの妹なんだし……お兄さんとふたりだけで、お兄さんのためだけに、ピアノを弾いてみたくって♫」

 

たじろぐおれ。

 

「いいでしょう?」

「……」

「いいですよね?? お兄さんっ」

「……」

「『はい』って言うか、『YES』って言ってください」

 

× × ×

 

拒否権はなかった。

 

おれとアカ子さん(妹なりきりモード)は…グランドピアノが置かれている部屋へ。

 

「いい眺めですね」

「……そう?」

「もうすぐ、夕方。夕暮れ時に、ここでピアノを弾けば……すごく、ロマンチックな雰囲気が出そう」

優雅に、ピアノの前に座りつつ、

「ね? お兄さんも、そう思いません?」

 

口ごもるおれ。

 

『もう……』と言いたげに、彼女は苦笑いして、

「『はい』か『YES』で答えてほしいのに。」

とおれを揺さぶってくる。

 

「――緊張してます?」

 

しないわけないんですけど。

 

「わたしが演奏を始めたら――お兄さんの緊張も、ほぐれるかしら」

 

それはどうだろうか。

 

「なにを弾きましょうか? お兄さん、ひょっとして、クラシック音楽、苦手だったりします?」

「……苦手というわけではないよ。少しは、わかる」

 

「……」と無言で、ゆっくりと、おれのほうを見やる。

 

そしてやがて、何事かひらめいたような笑い顔で、

「やっぱり、クラシックは、やめておきましょう」

「…ど、どうしてだい??」

ショパンを弾いても、よかったんですけど……ムード的に、ショパンは『なにかが違う』って、思い直して」

「しょ、ショパンじゃなくて、ほかの作曲家でも、よかったんじゃないんか」

おれの意見を無残にもスルーし、

「お兄さんには……やっぱり、ロックが似合うと思う」

「どっどういうことかな」

「お兄さんのために弾くなら……ロックミュージックをおいてほかにない、って」

「すっ少しは、おれの疑問にも答えようとしてくれない!? …アカ子さん」

あ~~っ

「な、なに!?」

「どうしても、呼び捨てにしてくれないんですね、お兄さんっ!」

「そんなに……呼び捨てが、いいの」

「いいです!」

「……」

「…しょうがないお兄さんなんだから。」

 

99%、ドギマギ状態な、おれ。

 

若干呆れた感じで笑う、その、彼女の笑い顔の、破壊力が……!!

 

× × ×

 

5曲連続で、ロックミュージックの名曲を弾いてくれた彼女。

 

「ふぅ。」

「…お疲れさん」

「どうでしたか? お兄さん」

「ん…」

「3分以内に感想を言ってくれないと、スネちゃいますよ☆」

 

き、きつい。

 

「……。

 さすがに、いい趣味してると、思ったよ」

「わたしの選曲が、ですか?」

「うん、そう」

「よかった~」

「うれしそうだね……」

「ハイ♫」

 

鍵盤を閉じ、おれにまっすぐに向き直る。

 

さすがは……社長令嬢だ。

奥ゆかしい座りかたというか……なんというかだ。

 

「――お兄さん。」

「……なに?」

「お兄さんの、見つめかた……ちょっぴり、スケベな気がするんですけど」

そっそんなことない!! そんな眼で見てないから

ほんとうに~~??

「わわわわかってくれ」

必死にごまかそうとしてないですか~~??

「なんで、なんでそんなに疑うのっ!!」

フフフッ

「笑わないでくれよっ!!」

――笑わないでくれって言われたって、笑っちゃうんだから。

お、おこるぞ、おこっちゃうぞ、アカ子

あっ! とうとう、呼び捨てにしてくれた!!

「しししまったっ」

「わたしの勝ちですね、おにーさん☆」

「……勝ちも負けもない。勝ちも、負けも」

「ありますよ☆」

「きみ、だんだんと面倒くさくなってきてるぞ……?」

 

 

 

 

【愛の◯◯】「アツマさん、『お兄さん』になってください!!」

 

庭に、花に水をやりに行った。

 

――行ってみたら、ウッドデッキに、アカ子さんが、腰を下ろしていたので、おれはビックリ。

 

「こんにちは、アツマさん」

「アカ子さん、来てたんか、邸(いえ)に」

「はい。少し前に」

「…愛に、会いに?」

「まあ、それもあるんですけれど」

「…ほかにも、なにか用件があるっていうんか」

「あります」

朗らかな笑顔で言うアカ子さん。

 

おもむろに…立ち上がるアカ子さん。

 

向き合う、おれと彼女。

 

「――お花に、水をあげに来たんですよね? アツマさんは」

「そ、そうだよ」

「ちょっと、後回しにしてみませんか」

「え」

「――憶えてませんか?」

「なにを…?」

「ちょうど、1年くらい前だったかしら……こんなふうに、ウッドデッキで、ふたりきりになって。

 それで、わたし、アツマさんに、言ったんです」

「どんなことを…?」

彼女は苦笑し、

「憶えてないんですね。

 わたしも、言ったこと、正確には記憶してませんけれども。

 でも、あのとき、伝えました。

いちどでいいから、アツマさんの妹になってみたい』、ということを」

 

 

「い……いもうと??

 あ……アカ子さんが、おれの、いもうとに??」

 

 

激しくテンパるおれの顔を、彼女がまっすぐ見つめてくる。

これは……非常事態……。

 

× × ×

 

「わたしにも、なんどか言ってたのよ、アカちゃん。1日だけでいいから、アツマくんの妹に、なりきってみたいって」

リビングに引き揚げてきたおれに、愛が言う。

そして、

「お兄さんになってあげてよ、アツマくん」

「それはつまり…兄妹ごっこというか、兄妹プレイというか」

「ま、そんなところよね」

「おまえまで…楽しげな顔になってるな、愛よ」

「楽しくなるのは当たり前でしょ」

 

それから、愛は、アカ子さんに向かって、

「アカちゃん。煮るなり焼くなり、好きにしちゃっていいからね」

 

おまえ……。

 

「なにしても、許すから、わたしが」

 

おまえ、ホント……!

 

 

 

「――じゃあ、愛ちゃんのお言葉に甘えて。

 手始めに――」

「手始めに?」

「アツマさん、」

「お、おう、」

『お兄さん』って呼ばせてください

 

ぐうっ……。

 

「それで、できれば、アツマさんには、わたしを呼び捨てにしてほしいです。……いいえ、『できれば』じゃなくって、ぜひ。」

 

「……それには、ものすごい勇気が要るんだけど」

 

え~~っ

 

む~っ、とむくれている、アカ子さん。

どこまでが、演技で……どこまでが、本気でむくれているんだ??

 

「不自然でしょう? お兄さんが、妹を『さん』付けなんて」

 

「それはそうだ…。わかってる。うん、わかっては、いる。だけれど…」

 

お兄さんっ。ほんとうにもうっ

 

呼んでる。

彼女、呼んでる。

おれのこと、「お兄さん」、って。

 

……愛が、とっくにリビングから立ち去っていた。

 

だれも助けてくれない。

 

× × ×

 

「あのさ……アカ子、さん。ハルと、大ゲンカしたとか……そういうこと、なかった? 大ゲンカした『はずみ』で、おれの妹になりきってみたくなった、とか……」

見当違いですよ、お兄さん♫

 

明るく言う、妹モードの、アカ子さん。

 

「なにか、飲みたくないですか、お兄さん? コーヒーだとか、紅茶だとか」

かなーり距離を詰めてきて、上目遣いになって、妹と化したアカ子さんが、訊いてくる…。

「紅茶は、どうですか? 蜜柑に教えてもらったりしているから、紅茶の淹れかたには、自信があったりするんです」

「……紅茶、あまり、飲まなくって」

「だけど、紅茶がキライっていうわけでは、ないんでしょう?」

「……そうだけども」

「だったら、ぜひとも、お兄さんには、わたしの淹れた紅茶、飲んでほしいな~、って」

甘えるようにして、覗き込むように…おれの顔を見続けて、

ね? いいでしょ? お兄さんっ♫

 

繰り返しになるが……、

助けてくれない、だれひとりとして。

 

× × ×

 

「~~♫」

 

ダイニング。

ルンルンに口笛を吹きながら、ふたりぶんのティーカップに、妹なりきりのアカ子さんが、紅茶を注いでいく……。

 

上品に整った、愛に勝るとも劣らない綺麗な顔立ち。

つややかなロングストレートの黒髪。

おそらく彼女のお手製と思われる、エプロンをつけていて……。

 

手は震え、視線はブレる。

真向かいに座っている妹アカ子さんが、まともに見られない。

 

「きょう、口数少なくありません? お兄さん。どうしちゃったのかしら」

「そ、そ、そんなことないよ。

 アカ子……さんの、その、エプロンだけど……すてき、だね」

 

とたんにパアアアアッ、と輝く、妹アカ子さんの顔が……視界に、入ってきてしまう。

 

「……お手製、なんだよね? きみは、裁縫が、だれにも負けないくらい、得意なんだろう?」

さすが、お兄さん……!

「……」

「知ってくれてたんですね。わたしが、裁縫に、とっても自信を持ってることを!」

「そりゃ、きみとの付き合いも、ずいぶん前からだからねえ……」

「お兄さん。とってもとっても嬉しいです。幸せです」

「……そりゃどうも」

1日じゃなくて、3日間ぐらい、妹で居続けたくなってきちゃう☆

 

これから、どうなっちゃうの……おれ。

完全に妹なアカ子さんが、おれを、グイグイと引っ張り続けている……!

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】揺らいだら、受け止めてあげる。親友なんだから。

 

「あーっ! 徳山さんだぁ」

「あすかさん……」

「奇遇だねぇ」

「き、奇遇ね」

「放課後、ずっとここにいたの? 徳山さん」

「え、ええ、この周りを、ブラブラと」

「…ヒマなの?」

「いいえ……ヒマというわけでは、ないんだけど」

「だよねぇ。徳山さん、一般受験組だし」

「……」

「あれっ」

「……」

「そんなに、うつむかなくたって」

「……ごめんなさい」

「顔が上がった。よかった」

「……」

 

「ねえねえ、となり、座ってもいいかな?」

「え!?」

「ダメかな」

「……べ、べつに構わないけど、あすかさんの、お好きなように」

「やった」

 

「――やっぱ、男子のとなりに座るより、女子のとなりに座るほうが、気楽だな」

「……あすかさん」

「なあに?」

「あなた…あるのね、ベンチで、男子のとなりに座った経験とか」

「あるある。というか、きのう座った」

「きのう!? 学校で!?」

「ウン」

「…大胆ね」

「下関くんのとなりに座った」

 

ヒビキの!?!?

 

「おー、響き渡る大声だ」

「どういうシチュエーションだったのよ、それ」

「んー? 下関くん、テンション変だったから、となりに座って、様子を見てあげたほうがいいなー、って」

「そこまで……ヒビキのことが、気になったりするわけ!? あなたは」

「気になる、ってのは?」

「その……。

 いま、周りにだれも居ないから言うけど、ヒビキのことを、異性、として意識しているとか」

まっさかぁ~~

「……そういうわけでは、なさそうね。あなたの表情、わかりやすくて、助かるわ」

「意識してるわけ、ないない!」

「……裏表のない性格っていいわね」

 

「男子の話題、引っ張ってもいい?」

「ふ…不穏なんだけど」

「ウフフ」

「ニヤつかないでよ、不安になるでしょっ」

「わたしは攻めるよ」

「あ……あすかさんが、攻めてきたら、わたし、守りきれる自信、ない」

「でも、せっかくだし」

「もしかして――」

「ん??」

「わたしと、濱野くんとの関係について、さぐりを入れたかったり?」

「ビンゴ!!」

「――手短にお願い」

「じゃあ、いきなり訊くけど、もうデートは経験済みなの??

 

「と、と、突拍子もないこと言わないでっ!!」

 

「そんなに――突拍子、ないかなあ」

「ない。ないからっ。

 それと……デートの経験も、あるわけない」

「そーなんだあ。

 だったら…。

 放課後、手をつないで下校するのは、経験済み?」

 

そ、そんなみっともないこと、できるわけないじゃない!!!

 

「みっともない、かなあ?」

 

× × ×

 

徳山さんとの、楽しい会話。

 

わたしから、一方的に攻めていく感じになっちゃってる面もありはするけど。

 

徳山さんと話していると、時間があっという間に経ち、だんだん空も薄暗くなってくる。

 

 

……あれっ。

 

空も薄暗くなってきてるけど、徳山さんの表情も、薄暗くなってきてるような。

 

ナーバス状態?

 

「どうしたの?

 濱野くん関連で、わたしが突っついたのが、よくなかった?」

「……そんなに暗い顔に見えるかしら、わたしの顔」

「見える。せっかくわたしより美人なんだから、もっと元気を出してほしい」

 

顔、逸らしちゃった。

余計なこと、言い過ぎたのかも。

 

顔を逸らしたまま、やにわに彼女は立ち上がる。

 

そして、

「濱野くんとのことは、深刻にとらえているだとか、そういうのは、まったくないから」

と言う。

 

わたしは、優しく、

「ほかに、悩みごとがあったりしない? この際だから、もし、抱えてる悩みがあったりしたなら…打ち明けてほしいな。

 わたしの大事な友だちなんだもん、徳山さんは」

 

 

なにも言わず、徳山さんは、立ち尽くす…。

 

 

デリケートになってるんだな、彼女。

 

ここは、『ねえ、言ってごらんよ』とか、彼女を急き立てるよりも。

 

 

座ったまま、

彼女の、デリケートな背中を、

ぽーん、と、押してみる。

 

驚いて、彼女は振り向く。

振り向いてから、弱った顔で、弱った声で、

「なんのつもりで……背中を、押したの」

 

わたしは答える。

「母性本能、かな。」

 

「母性本能って……。わたし、よくわからない……。」

 

「わからなくたっていいよ。

 徳山さんに、知ってほしいのは、

 あなたが、悩んだり、落ち込んだりしていたら、

 わたしが、いつでも、背中を押して、励ましてあげるってこと。

 ……ねっ?」

 

 

異性との関わりで、戸惑ったり。

将来についてのことで、立ち止まったり。

 

……そんなふうに、徳山さんが、揺れることがあったなら、

わたしは、全力で、受け止めてあげたい。