【愛の◯◯】太鼓ゲームは上手くても、パンクロックは知らない彼女。

 

眼の前に、某太鼓的音楽ゲームの筐体(きょうたい)。

 

「意外でした。川又さん、こんなゲームをやるんですね」

音ゲーで、できるの、これだけ」

「失礼ながら……ゲーム自体、あんまりやらないのかと思ってました」

「案外来るんだよ、ゲームセンター。週1くらいの頻度で」

「へ~」

「ねえ、利比古くん」

「はい?」

「あなたのお姉さんも、ゲームセンター、わりと好きだったよね?」

「あ、よくご存知で」

「同じ部活のセンパイだったんだもん」

「あぁ、そうでしたねぇ」

「クレーンゲームに凝(こ)ってたとか……」

「はい。UFOキャッチャーですね」

「――知ってる? 利比古くん」

「なにを?」

「『UFOキャッチャー』って、セガ登録商標なんだよ」

登録商標

「そう。UFOキャッチャー名乗れるのは、セガだけってこと」

「…姉は、セガにずいぶん投資してたんですね」

「本人の気づかないうちに、ね」

 

「なんか脱線みたいになっちゃったから、さっさと太鼓、叩こうか」

「あの、このゲームのメーカーは?」

「……見たらわかるでしょ」

ほんとうだ。

ナ◯コさんだったのか。

「妙なところで、鈍いよね、利比古くんって」

川又さんは軽く笑いながら、

「でも、そんなとこも――面白いと思う」

…ぼくは、照れながら、太鼓のバチを取る。

 

× × ×

 

「だ、だめだあ、ぜんぜんできない」

「ショック受けてるひまないから!!

 ほら、『もう1回遊べる』って、ど◯ちゃんが言ってるじゃん!!」

「川又さん……すごくないですか?」

「スコアのこと? わたしより上手いひとなんて、星の数ほどいるよ」

「……」

「なんともいえない顔だね」

「い、いえ…」

「リトライ、始まっちゃう」

「あ、ああっ」

 

× × ×

 

連休の中日(なかび)。

川又さんといっしょに遊ぶには、うってつけなわけだ。

 

どこからともなく、『川又さんと遊ぶ』という情報を得てきたあすかさんに、

ひとしきり、からかわれ、

さらに、あすかさんに便乗した姉に、

やはり、ひとしきり、からかわれた。

 

味方になってくれたのはアツマさんだった。

「あんまりからかうもんじゃないぞ」と、女子ふたりに、注意してくれた。

「だいたい、おまえらは普段から利比古をイジメすぎなんだよ」とも。

かましく反発するふたりを、

「ギャーギャーうるせぇ!!」

と、制してくれたんだから……尊敬の念は、増すばかり。

 

× × ×

 

「出かけるのも、たいへんでした」

「どうして?」

「あすかさんと、姉が、うるさくって」

「あー」

「その点、アツマさんはオトナで……ぼくをかばってくれて」

「かばう、って」

満面の苦笑いの彼女。

「利比古くん、アツマさん、好き?」

「好きです。リスペクトしてます」

「そっかぁ……」

ん?

なぜだか、含みのある表情だ。

「川又さんは、アツマさんが……苦手とか」

「苦手じゃないよ。

 だけど――なんか、あのひとの前に出ると、反発心みたいなのが起こっちゃって」

「反発心」

「ヤキモチなのかな?」

「え、ヤキモチ??」

「あなたの、お姉さんの――恋人だし」

「な、なるほど……なるほどです」

「羽田センパイ、アツマさんといたら、彼のほうばかり向いて、わたしを見てくれてないような気がして」

「…考えすぎなのでは?」

「いつかさ。いつか……アツマさんを、ギャフンと言わせてやりたくって」

 

――なぜ、そこで右拳(みぎこぶし)を握るんですか。

穏やかじゃないですよ……!

 

× × ×

 

イメージカラーが黄色の某レコードチェーン店に移動した。

 

「――せめて、音楽の趣味で、アツマさんに勝ちたいよ」

「ア、アツマさんのこと、引っぱりすぎですって。それに――」

「それに、なーに?」

「手ごわいと思うんですけど――アツマさん」

「どーして」

「大学で音楽鑑賞サークル所属なんですよ。なんだかんだで、音楽の知識はそうとうつけてるはずで」

「音楽の趣味で打ち倒すのは――無理と?」

 

だからなんで『打ち倒す』とかいちいち物騒なのっ!?

 

――胸のうちだけでツッコんだぼくは、

「手ごわいのは確実です。生半可や付け焼き刃じゃ、音楽の趣味では勝てませんよ」

「でもやってみなくちゃわかんないよね」

 

だからなんでそんな好戦的にッ!?!?

 

「まずは――ロックかな」

「……いまの川又さんは、ロックというより、パンクです」

 

「……パンク、?」

 

「きょっキョトンとしないでっ、そこで」

「利比古くんっ、」

 

……もしや、もしや彼女は。

 

パンクって、なんなの??

 

「……あのですね、川又さん」

「んっ」

「あきらめが肝心です。あきらめましょう」

「エーッ」

 

 

 

 

【愛の◯◯】おれの従姉妹が蜜柑さんに『完敗』するのも無理はない

 

八百屋さんバイトから帰ってきて、くつろげるはずだった。

それなのに、

おれの部屋に、

さっきから、従姉妹(いとこ)のしーちゃんが……!!

 

「ハル、もうちょい冷房効かせようよ。暑くて汗が出ちゃう」

「――もう9月後半なんだよ!? しーちゃん」

「あたし暑がりだし」

「そんなに薄着なのに!?」

「暑がりなのは、暑がりなのっ!!」

 

――ったくっ。

 

「じぶんでエアコン調節してくれよ。リモコンの場所、知ってんだろ?」

「ケチ~~」

 

……しぶしぶ、じぶんでエアコンのリモコンを操作するしーちゃん。

 

部屋を寒くしたかと思うと、勉強机の上からクリアファイルを強奪して、団扇(うちわ)代わりにパタパタあおぐ

 

「おれのクリアファイルなんですけど」

「ハルのものなら、あたしのものでもあるっしょ」

「……どこかで聞いたようなロジックを」

「ハル~~、あたしたち親戚なんだよ~~??」

「それがどうしたんだよっ! 親戚だって事実が不幸に思えてくるよ、おれには」

「ま~たそんなこと言う」

 

おれの苛立ちなど意に介さず、

「アカ子ちゃんは?」

「は!?」

「アカ子ちゃん、いまどこでなにしてんの? 彼氏だったら、知ってるでしょ??」

「……」

「ちょっとぉ、ハルぅ~」

「……たぶん、邸(いえ)でくつろいでるよ。本を読んだり、音楽を聴いたりして」

「ほんとぉ!?」

「……きっと」

「典型的なお嬢さまじゃないの」

「いいじゃんかっ、お嬢さまでも」

 

あぐらをかいて、ニヤニヤしつつ、

「ハルぅ~~、アカ子ちゃんに、電話してみてよぉ~~~」

「ほ、本を読んでる最中かもしれないだろ!?」

「読書中に電話しちゃダメなの??」

「お、おれは、アカ子の邪魔を、したくなくって」

「そもそも、あっちがなにしてるかなんて、電話とかで訊いてみなきゃ、わかりっこないじゃん」

「――読書してないのなら、レコードを聴いてるかもしれない」

「あんたにはそういう可能性しか浮かばないの??」

「ほっほかにどんな可能性が」

ゲスっぽい笑いで……、

「服を、着替えてるとか」

なおさら電話しちゃだめじゃんか!!

「あわててる、あわててる、おもしろーい」

 

這い寄るように、しーちゃんはおれに近づき、おれからスマホを奪い取ろうとする。

懸命に、しーちゃんの魔の手からスマホとアカ子を守ろうとしたが、

しーちゃんから飛び退(の)いた弾みで、スマホをポロッと落としてしまった。

すかさず魔の手が迫る。

 

――強奪後、その魔の手で、ポチポチとスマホを操作していくしーちゃん。

犯罪的だ。

 

通話ボタンを押したらしく、スマホを耳に当てる。

止める気力も萎えていく。

絶望的な、しーちゃんとアカ子の通話が始まる……!

 

ところが。

 

「あ、あ、あれっ!? ……だれですか、あなた?? アカ子ちゃんじゃ、ありませんよね??

 ……住み込みメイドのかた、なんですか!?

 はい……、

 はい……、

 アカ子ちゃんは、お取り込み中である、と……。

 ……そうですか。

 わかりました。

 それは、しょうがありませんね……。

 失礼しました。

 ……はい、

 いえ、いえ、どうもすみませんでした。

 では、失礼します……。」

 

これは――形勢逆転、ってやつでは!?

 

へたり込み、黙ってスマホをおれに返却する。

 

「……」

「しーちゃん。もしや、蜜柑さんを知らなかった?」

しょげにしょげて、

「……メイドさんいる、とは聞いてたけど」

「知らなかったんだね」

天を仰いで、

「まさか、アカ子ちゃんの代わりに、電話に出てくるなんて」

そう言って、仰向けに横たわる。

 

「蜜柑さんは……そういう女性(ひと)なんだ」

「――美人?」

「え」

「だからっ、美人?? 蜜柑さんって」

 

…おれは思った。

蜜柑さんのビジュアルを、しーちゃんに見せるのが、手っ取り早い…と。

 

寝っ転がって、気力ダウンが明白な、しーちゃんの顔に、

スマホ画面を突きつける。

おれとアカ子と蜜柑さんの3人が写ってる写真。

とりわけ、蜜柑さんがよく目立ってる写真だ。

 

「…ほら。これが、蜜柑さんだよ」

 

スマホ画面を眼にしたしーちゃん。

いっしゅん、穏やかとは真反対の表情に。

……それから、うろたえというか、弱気というか――ふだんはほとんど見せない、ちからのない顔になって、

 

「ハルっ……。」

 

「……?」

 

「あたし、泣きそう」

 

「!?」

 

「だって、だって、『やいちゃう』んだもん!!」

「『やいちゃう』?」

「嫉妬!! 嫉妬で妬(や)いちゃうのっ!!」

「蜜柑さんに――」

「だって、がんばっても、こんな女性(ひと)にはなれないんだもんっ!!!」

「それは――身体的な」

「勝ってるとこ、どこにもないんだもんっ。背の高さ、脚の長さ、くびれ、胸、顔も、それから、それから……!」

「――くやしい?」

「くやしい。今年最大のくやしさ」

 

おれは……思わず、笑ってしまった。

なぜなら、

くやしさを知る、ということは――、しーちゃんにとって、むしろプラスになる。

そういう直感が――たしかに、あったから。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】ポニテ姉さんと本と音楽と

 

葉山家。

わたしの部屋で――、

泥酔したポニーテール姉さんが、寝転んでいる。

 

「はやましゃ~ん、もうわたしのめないよぉ~~」

うわ言(ごと)のように言うポニーテール姉さん。

美人が、台無し……。

「飲む必要もないし、これ以上飲んだらぜったいいけませんよっ」

「おー」

うつぶせから仰向けにひっくり返って、

「かしこいことゆーね、はやましゃんは」

早く、

早くなんとかしないと。

 

…あらかじめ用意していたミネラルウォーターを、彼女に飲ませる。

 

彼女はミネラルウォーターすらも、すごい飲みっぷりで、

がぶがぶ飲んだあと、わたしのベッドに仰向けに寝転び、

羽根を伸ばすように、大きく両手を広げた。

 

あ~~

 

やってられないよ、という気持ちのこもった、叫び声。

 

「……ぜったい、なにかあったんですよね!? ヤケ酒しなきゃ、やってられないようなことが。いつになくビールの飲みかたも急ピッチだったし――」

「――あったよ。あったんだけどさ」

むくっ、と上半身を起こして、

「ノーカンでいこうよ」

「ノーカン…ノーカウント? いったいなにを、ノーカウントに……」

「いろいろもろもろのことよ」

 

……しだいに正気を取り戻していっているような感じは、ある。

 

「葉山さんがここまで運んできてくれたんだよね!?」

「はい。電車に乗せるのとか、たいへんでしたけど」

「悪かったよ」

「……おじさんのお店に泊めるわけにはいきませんし」

「よくがんばった。立派だ、葉山さん」

少し恥ずかしい。

 

「この家どこ?? 世田谷??」

「オフレコです!」

「そっか。オフレコね。以後気をつける」

 

いきなり彼女が、ポニーテールを結んでいるヘアゴムに手をかけた。

 

ポニーテールが、ほどける。

 

ほどけたあとの、長い黒髪が……とっても、なまめかしい。

 

「…どうしてポニテほどいたんですか」

「窮屈だから。」

「窮屈……」

「――葉山さん、これからどうする? せっかくポニテほどいたし、ふたりで夜ふかしでもしちゃう?」

「夜ふかしは……からだに悪いかと」

「それもそうね」

 

おもむろに、わたしの間近にからだを傾けてきて、

 

「葉山さん、あなた――」

「なっなんですか」

「あなたは――とっても、繊細、なんだと思う」

 

ドキリとして、

「よくわかりましたね……」

「認める?」

「認めます。」

 

この女性(ひと)なら、事情をオープンにしてもいいと思ったから、

「こころもからだも……デリケートすぎるくらいデリケートなんです……わたし」

 

「……なるほどね」

わかってくれたのかな。

「そんなにデリケートなのなら、添い寝してあげようか?? 今晩」

え、えええっ!?

 

「わ、わたしの部屋で寝るのはいいんですけど、下で布団で寝てくださいよ」

要求すると、

「――なんかゴメン。そうさせてもらうよ」

素直だった。

 

× × ×

 

「気持ち悪いこと言いまくってゴメンね」

そう謝りながら、

わたしの本棚に、眼を向けている彼女。

ポニテはとっくにほどけてるから……元・ポニテ姉さんだ。

「――すごいね。難しそうな本、いっぱい読むんだね。わたしも読書しないわけじゃないんだけど、次元が違う」

「どんな本が――お好きなんですか?」

思わず条件反射みたく、尋ねてしまう。

わたしの悪いクセ発動。

 

元・ポニテ姉さんは、日本の流行エンタメ作家のよく売れている本を、何冊か挙げた。

 

「それは、たしかに――『次元が違う』かも、しれませんね」

とてもイジワルで失礼な言いかただったけど、口に出すのを自重できなかった。

読書というものに対して、真剣であるがゆえの、率直な、物言い。

「…気を悪くしたら、すみません」

「いいの、いいの。下向かないで、そんなに」

彼女のほうではまったく気にしておらず、安堵する。

「こだわりないからさー、わたし。……いいよね、あなたみたいに、趣味に真剣に向き合ってるひとって」

ほめられてる……んだよね?? これって……。

 

「CDもいっぱい棚に入ってるねえ」

「基本、音楽と本で構成されてる人間なので」

「うむ、うむ」

不可解なうなずきかたをしたかと思えば、

「音楽も……そうとう、いい趣味だ」

まだうなずき続けてる。

――そういや、この女性(ひと)、ピアノ弾けるんだった。

だとしたら――、

「『こだわりない』って、さっきおっしゃってましたけど、

 あるんじゃないですか、こだわり……音楽には。」

「――かなぁ??」

「よくご存知なんですよね? その棚に並んでるミュージシャンやアルバムのこと…」

「うん。よーーーっく知ってるよ。

 というか、ぶっちゃけ、

 この棚にあるアルバム、ぜんぶ聴いたことあるし、持ってる♫」

「…だったらなぜ、『こだわりがない』にこだわるんですか」

「んーっ」

 

人差し指を、くちびるに当て、彼女は、

 

アラサーだから?

 

× × ×

 

翌朝。

寝ぼけまなこをこするわたし。

 

やがて……ピアノの音が小さく聞こえてくることに、気づく。

 

だれが弾いているのかは、明白だ。

 

ポニテ姉さんが、わたしより先に起きて、ピアノの部屋を使わせてもらってるんだ。

 

『ピアノ弾いてもいいですか?』を、断るような両親じゃない。

快諾したんだろう。

 

 

パジャマ姿のまま、小一時間、ポニテ姉さんの演奏に耳を傾け続けた。

 

わたしとは違うタッチの弾きかた。

でも……こういう演奏スタイルも、悪くない。

 

もしかしたら、わたしも、もう少しオトナになったら……、

こういう弾きかたに、近づいていくのかもしれないな、って思った。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】ピアノだけ弾けるわけじゃないんだもん♫

 

アツマくんが、だらけた格好で、ソファに座っている。

 

「ちょっと、だらしないわよ」

「あぁ~~?」

なによそのリアクション。

「せっかくの休みを満喫したい気持ちはわかるけど、だらけすぎ」

「えぇ~~?」

「そういうところっ!!」

…もっとちゃんとして。

「朝からなんにもしてないのよね」

「だってバイトないし、ゆっくり休みたいし」

「だからって、なんにもしないのは良くないでしょ」

すると、彼は人差し指を振りながら、

「ちっちっち」

「……?」

「愛よ。おれはな――『なにもしない』ということを、『してる』んだ」

「――ヒドい理屈ね」

「かもな~~」

「呆れちゃうわ」

「…そういうおまえは?」

「朝から、バイトのドイツ語文献読みまくりよ。それ以外にも、外国語日本語問わず、いろんな文献を……」

「文献文献、ご苦労なこった」

 

カチン。

 

もう、我慢の限界で、

ソファに乗り上がり、

アツマくんにつかみかかり、

彼のからだを、ひたすらひたすら揺する。

 

「サボり魔!! グータラ!!」

「そ、そんなに、そんなに激しく揺さぶるなって」

「揺さぶらなきゃ気がすまないの!! どうしてわかんないの!?」

「わ、わかるわけない」

「じゃあもっと、わたしのこと理解して…」

揺すりの手を止め、

のしかかるように、彼の両肩を、押さえこむ。

「くっくるしーんですけど」

「あなたとわかりあえるまで……こうしてる」

「わかりあえるってなんじゃ」

「……なんなのかしらね?」

「オイ」

 

× × ×

 

「文献読みまくりで疲れてるの」

「で?」

「疲れてるから、お昼ごはん作る気になれない」

「こ、困る、昼飯抜きになる」

「疲れついでに提案」

「提案??」

あなたが作って

「おれが……おれとおまえの、昼飯を!?」

「わたしばっかりごはん作るのも、フェアじゃないでしょ」

「たまには……おれに料理を任せたい、と」

「そうよ。アツマくん、料理できないわけじゃないんだから」

「まあなぁ……」

 

彼に、笑いかけて、

「エプロン、持ってきてあげる」

「……なにを作ってほしい? なにが食べたい?」

「メニューはおまかせよ」

「だったら……」

彼は冴えない顔で、

「冷蔵庫の残りもので、チャーハン作る」

 

……がっくし。

 

「そ、そんなまともに失望すんなよ」

「…きょうのアツマくんはどこまで省エネなのよ」

「のっ、残りもののチャーハン、なんだけどさ。その代わり――すっげぇ美味いの、作るから!」

「期待して、いいの?」

「お、おぅ」

「じゃ、あんまり期待しないでおく」

「――意味わからんのですけど」

 

× × ×

 

「なかなか、やるわね」

 

ダイニングテーブルで、ふたり向かい合い。

食べ終えたあと。

 

「アツマくん――わたしの料理してるとこを、ずっと見てきてるんだもんね。料理スキルも、勝手に上がるよね」

「…どんくらい、美味かった?」

「んー」

 

…なんて言おっかな。

 

…そうだ。

 

「お礼に――ピアノで1曲、弾いてあげるレベルかな」

「……1曲、か」

「そう。もっと美味しかったら、5曲までリクエストを受け付けたんだけど」

「微妙だな」

「微妙じゃないよ」

「そっかぁ?」

「もし、美味しくなかったら、逆にアツマくんにピアノを弾いてもらうところだったんだよ」

眼を丸くして、

「バカ言うなよ、弾けるわけないだろ。楽器はぜんぶできねーぞ、おれ。おまえやあすかとは違うんだぞ」

「――そうやって、すぐに自分自身の可能性を狭めるのは、良くない」

「なにを言う」

「いくらでも、レッスンしてあげるわよ? ピアノ。いまから、日が暮れるまで、個人指導で」

「本気かいな」

「あなたが、その気なら」

「その気になるわけなかろう」

 

……はーっ。

 

「……はーっ」

「これ以上ないほど大げさなため息つきやがってっ」

「ほんとうに、このままなんの楽器もできずに生きていくの?? あなた」

「……お言葉ですけど、愛さん」

「え」

「愛さんだって、ピアノ以外の楽器ができるわけじゃあ、ないっすよね?? ギターとか、弾けないっしょ。ピアノだけで、威張られても……」

 

すかさず、わたしはニヤリと笑った。

 

「く、黒い笑いだな、おい」

「――さやかがさぁ」

「と、唐突だなっ、さやかさんがなんなんだ」

「さやか、バイオリン弾けるのは、アツマくんも、ご存知よね?」

「…ご存知だが」

「わたし、さやかにバイオリン習ったの」

「いつ!?」

「この前」

「漠然な…」

「3時間で、相当弾けるようになったわよ、バイオリン」

 

『わたしがバイオリンを習得した』という事実に直面したアツマくん。

まともに、うろたえて、

「…ギターは、ギターは、できないんだろ!? バイオリンは、できても」

苦し紛れ。

その苦し紛れを、しばらく味わっていたいから、

「フッフフーン♫」

と、鼻歌歌いで、牽制する。

「…答えてくれんのか。『できる』か『できない』か」

「――どっちに賭ける?」

「……」

「どっちに賭けるか、言ってちょーだいよぉ」

「…………『できる』」

アツマくんが好きでよかった♫

どっちなんだよ!!! だから

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】宅飲みにも言っていいことと悪いことがあるだろっ!?

 

リビングのカーペットにどっかりと腰を下ろしている。

テーブルには、ビール、チューハイなどの缶が、デーンと置かれている。

そして、

おれの眼の前には、

同じ大学の女子がふたり……。

 

八木八重子。

星崎姫。

 

× × ×

 

…事の起こりはこうだ。

 

きょう、学生会館に行って、『MINT JAMS』のお部屋に入ったら、

八木と星崎――やっかいな女子2名が両方いて、

このダブルやっかい女子に、もてあそばれまくった挙げ句、

いきなり星崎が、

「そーだ! これから戸部くんちに行って、飲もーよ!!

 それで、戸部くんをもっともっとイジメちゃおう!?」

と、八木に提案したのである。

八木は即刻承諾。

ためらうおれの腕を、ダブルやっかい女子は、両サイドからぐいぐい引っ張って――。

 

× × ×

 

「おまえら茶々乃さんを見習え。良識を少しは持て」

缶ビールを開栓すると同時に、八木&星崎を詰(なじ)るおれだったのだが、

「戸部くん、茶々乃ちゃんのこと、そんなにマジメっ娘(こ)だとか、思ってたの!?」

と、星崎に即刻からかわれて――ビールが、すごく苦い。

「茶々乃ちゃんは単なるマジメっ娘じゃないよ~」

「でも……星崎、おまえよりははるかにマシだろ。ちゃんとしてるだろ」

なにも答えず、ふざけた顔でビールのロング缶をグビグビ飲んでいく星崎。

ふざけんじゃねえよ。

「おい……怒るぞ星崎。おれだって、怒るときは、怒るんだ」

「プハーッ!」

星崎ィ!!

 

「戸部くんだめだよー。もっと楽しく飲もうよ」

「八木」

「ほら、星崎さんの飲みっぷり、見習おうよ」

「……」

「どうしたの? なんでそんな疑わしそうな眼でわたし見てるの」

「だって……不可解だし」

「なにが」

「八木が……そんなに、星崎の肩を持つのが」

「親友だもん。わたしと星崎さんは」

で、出やがった、親友宣言。

「以心伝心、ってやつ?」

そこまで言うか八木っ。

 

「そう! 八木さんとわたし、もはや以心伝心級の、大親友」

シラフ同然の満面の笑みで星崎が言う。

「ねーっ」と八木が反応。

「ねーっ」と星崎が反復。

 

「…八木よ。ひとつ忠告しておくが、星崎の酒飲みのペースにつきあったら、潰れるぞ」

「そんなことわかってるよ」

八木は意に介さず、

「仲良しと、お酒のペースは、関係ないよ」

 

……ちっ。

 

「でも八木さんもさ、案外に強くない?

 もう缶ビール2本空(あ)けちゃってるよね」

「……おのれはロング缶を何本飲み干した、星崎」

4本

 

大丈夫か……? コイツの、アルコール耐性。

どんだけだよ。

 

× × ×

 

エプロン姿の愛が、おれたち3人の前にやってきた。

 

「わーっ、愛ちゃん、そのエプロンかわいいー」と星崎。

「ほんとだー、かわいい。もしかして、エプロンじぶんで作った?」と八木。

「はい、じぶんで縫いました」

答える愛。

八木は陽気に笑いながら、

「安心だねぇ、戸部くんも」

「は!? なにが安心なんだよ」

「服のほつれたところとか、すぐに羽田さんに直してもらえるんじゃん」

そういうことかよ…。

あ!

 もしや、日常的に、直してもらってるとか……!」

「…八木のご想像におまかせする」

 

ニヤニヤする八木。

うぜぇ。

 

「……アツマくんのエプロンも、あるんですよ」

愛が余計なひとことを言いやがった……!

マジで!?

超でかい声で、八木&星崎が同時に驚きを示す。

 

「夜なんだぞ、そんなに大きな声出すもんじゃない」

たしなめようとするが、

八木&星崎は、おれのエプロン関連の諸事情を、ひたすら愛から訊き出そうとしている。

後頭部をふたり同時に叩いてやりたい気分だ。

……実際に叩く気はないが。

 

「――見える、見えるよ」

星崎がクルッと振り返って言う。

「なにが見えるんじゃ」

「『カテイ』が」

「『カテイ』?」

「戸部くんと愛ちゃんが、ステキな家庭を営んでるのが

 

「あ、あることないこと言い出しやがって」

「戸部くん……缶ビールこぼしそうだよ?」

正座しろ!! 星崎

「え~、なんでよぉ~~」

 

「――あれっ? 羽田さんが、いつのまにかいなくなってるよ」

「ほんとだね八木さん。わたしが戸部くんなんかに気を取られてたら、彼女、どっか行っちゃった」

 

まったくこいつらは……!!

 

「わからんのか!? おまえら、ふたりとも」

「ええっ……『わからんのか』って、なんのこと?」

八木がとぼけたように言う。

「意味わかんないこと言わないでよ。どーしてそんな頑固オヤジみたいなの?? 戸部くん」

星崎もとぼけたように言う。

 

ボケナスがっ……みたいな、汚いことばは、自重するとして、

 

テレてるんだよ!! あいつは

 

「テレてるって、いったいぜんたい――」

八木の鈍さ。

「なにが原因でテレてるってゆーのよ?」

星崎の厚かましさ……!

 

「おまえが『ステキな家庭を営んでるのが見える』とか言うからだよっ、星崎!!

 それで、あいつは、この場にいられなくなるほど、テレちまったんだよっ」

 

「わたしのせい?」

「星崎、おまえは説教だ……!」

 

じぶんの声の震えを自覚しつつ、

どうやって星崎をシメてやろうか、考えをめぐらせるおれ、

だったのだが、

にっくき星崎に、反省の色は少しもなく、

「戸部く~~ん」

「……」

「戸部くんったら~~」

「……」

「あのさ。

 もう、くっついちゃいなよ~、愛ちゃんと

 

「……『くっつく』の定義にも、いろいろ」

「なに日和ってんの? らしくないよ」

「星崎……。

 黙って、酒を飲め」

「あららぁ」

 

 

 

 

【愛の◯◯】ぶつかった感触を、拭っても、拭っても。

 

放課後になった。

いつものごとく、KHKの活動をするぞ~、と、旧校舎にまっすぐ向かった。

 

小走りで、入り口に近づく。

足を、旧校舎に踏み入れる。

このまま、【第2放送室】へと、ダッシュだ――と、足を早めようとした、

そのときだった。

 

横からやってきた男子生徒にぶつかった。

 

転ぶかと思った。

 

すんでのところで踏みとどまり、壁に背中をつける。

 

ぶつかった弾みでよろけた男子生徒が、ゆるりとからだを起こす。

 

よーーく見知った顔。

 

「危ないじゃん――黒柳くん」

 

壁に背中を張り付けたまま、黒柳くんに対し、注意する。

 

「ごめん――ケガとか、しなかった? 板東さん」

「――そっちこそ。」

「ぼくは、なんてことないよ」

 

はにかむように、黒柳くんは、

「気づかってくれて、ありがとう、板東さん」

 

――わたしは壁にひっついたまま。

 

なぜかというに――、

深呼吸が、したい。

 

すごい勢いで、黒柳くんにぶつかった。

だから、呼吸が乱れてる。

 

こういうふうに、男の子と、からだがまともにぶつかるなんて、

学園マンガの世界だけの話だと思ってた。

 

大事故。

 

よりによって、

黒柳くんと、

衝突事故。

 

「……黒柳くん。先に、【第2放送室】、行って」

「え、いっしょに行こうよ」

やだっ!!

 

「板東さん……??」

 

彼の顔、

いっさい、見られない。

見る勇気なんて、存在しない。

 

× × ×

 

彼はおとなしくわたしの言ったとおりにした。

 

壁にひっつき続けのわたしだけ取り残される。

 

ひたすら、深呼吸した。

 

何回深呼吸したか、わかんない。

 

【第2放送室】、行かなきゃ……と思うけれど、

こころがうまくスタンバイしてくれない。

 

× × ×

 

やっとのことで入室できた。

 

羽田くんが、まだ来てない。

 

わたしと黒柳くんの『ふたりぼっち』が、持続する。

 

羽田くんのせいで、ふたりぼっち。

バカ。

 

「羽田くん遅いねえ」

のんきなものね……黒柳くんは。

 

「…あ、板東さん、ほんとにケガはなかった?」

「……」

「どこか、痛めたり、とか」

 

痛いわけ、ない。

ただし、痛みがないのは、肉体限定。

 

胸の奥が、精神(こころ)が……いまだに、疼(うず)いている。

 

おだやかに笑って、彼は、

「大丈夫そうだね」

と言うけど、

 

ぜんぜん大丈夫なわけないじゃん。

 

KHKの男子、

ふたりそろって、バカ。

 

「――読書テーマの番組制作、進めたいよね。どういう形式の番組進行にするか、決めちゃおうか?」

「……」

「でも、ふたりだと、多数決にならないな。形式を決めるのは、羽田くんが来るのを待ってからだな」

「……」

「待ってるあいだ、どうやって時間、つぶそうか」

 

……つらいから、わたしは、

「外の空気吸って……時間つぶしてくる」

「え、なんで?」

「黒柳くんに理由を言う理由なんてない……!」

 

 

一目散に部屋を出た。

体温が、確実に、上がっている。

外に出たら、体温が下がるかどうか……それは、わかんない。

 

たぶん、いまの体温、37度近く。

 

黒柳くんにぶつかったぐらいで微熱を出す――じぶんが憎い。

 

予想外だった。

ぶつかった対象が、黒柳くんなのに、

こんなにも、火照(ほて)るなんて。

 

 

やがて――向こうから羽田くんが歩いてくるのが、視界に入ってきた。

 

羽田くんの進行方向とは逆に、わたしは、突っ走り始めた――。

 

全速力で羽田くんの横を通過した。

『廊下は走っちゃダメですよ!』みたいに、羽田くんが声をかけてきたかどうか、

いっさい、記憶にない。

 

× × ×

 

KHKの会長たるわたしは、放課後の活動を、放棄した。

 

× × ×

 

どうしよう。

どうしよう。

 

もうすぐ、晩ごはんになる。

 

『いまは食べたくない』って、できれば言いたかった。

でも、

『いまは食べたくない』って、言ってしまったら、

ぜったい、家族が心配する。

 

『お腹でも痛いの?』とか。

『食欲ないの?』とか。

 

腹痛でも食欲不振でもない。

ありえない。

そして――、

晩ごはんの食卓で家族と顔を合わせるのがつらすぎるぐらい、

悶々(もんもん)とし続けている、わたし自身が、

ありえない。

 

スマホradikoを立ち上げ、FMを聴き始めた。

FMのくせに、パーソナリティが長々と陽気にしゃべくり続けている。

 

我慢ができなくなり、

radikoアプリを閉じて、スマホをぞんざいに放り投げた。

 

…黒柳くんのからだにぶつかったせいで、

なにがなんだか、もう、わからなくなってきてる。

 

部屋のLEDを消す。

 

 

…だめだ。

 

部屋の明かりは消せても、

黒柳くんの感触が、どうしても、どうしても、消せない……。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】生徒会に、アタック!

 

生徒会室にお邪魔している。

 

2年生の書記の子の苗字が、うろ覚えだったので、

「――丸くん、だったっけ?」

と訊く。

「ちっ、ちがいます」

若干うろたえながら、彼は否定。

「だよね。違ったよね。『丸』だったら、巨人軍のバッターだ」

「はあ……」

「――じゃあ、丸井くん、か」

ちっちっちがいます

「え!? 違った!? ゴメン」

 

「……丸山です」

つとめて冷静に、彼は答えた。

そっか。

丸山くんだったかー。

憶えなきゃ。

 

 

「徳山さんとの夏期講習、とっても、楽しかったよ」

いかにも楽しげに、生徒会長・小野田さんが言った。

「彼女と、距離が縮まった実感ある」

「それはよかったねぇ小野田さん。フレッシュネスバーガーさまさまだね」

「まさに。何度も徳山さんとは、フレッシュネスをして」

何度もいっしょにお昼ごはん食べたのかー。

親密度、上がったんだな。

「――文化祭のスタッフにも誘ったんだけど、」

エッ、ホント!?

「すぐに、突っぱねられちゃった」

「……そうなんだ。まぁ、仕方ないか」

 

ホワイトボードの横に立っていた、副会長の濱野くんが、

このタイミングで、なぜか、咳払いをした。

 

その咳払いを面白がるみたいに、小野田さんが濱野くんを、横目で見る…。

 

「文化祭といえば――」

わたしに向き直って、

「毎年、キャッチコピーが要(い)るんだよね」

たしかに。

毎年、キャッチコピーは、ある。

「――で、」

小野田さんはジットリとわたしを見て、

「あすかさんに……『コピーライター』になってほしい、という目論見も、あったの」

あーっ。

わたしの、『作文オリンピック』銀メダルの実績を買って――ってことね。

でも、

「過去形だってことは――」

「そう。

 あすかさんに依頼しようと思っていたら、その前に、生徒会室の入り口にある『目安箱』に、大量の『コピー案』が投函(とうかん)されていて」

「――ひとりで、大量に?」

「そうなの。ひとりで何個も、案を作ってて。

 上質な紙に、無骨な文字で、縦書きで、10個以上も」

「……よっぽど、キャッチコピーに、熱意があったんだね」

「個人情報保護の観点から、『だれが書いてきたのか』は、言えないんだけど。

 ともかく――緊急で、コンペにして、投函された案のなかから、決めちゃった」

「よかったじゃん。早くコピーが決まって」

「あすかさんは……コピーとか、考えたくなかった?」

「依頼されれば、その気になっただろうけど……話を聴いてると、わたしの出る幕なんて、なかったみたいだし」

…頬杖をついて、うっすらとした笑みを浮かべて、

「せっかくだから、あすかさんにも、なにか協力してほしいと、思ってたんだけどね。

 …そういった経緯があって。

 あすかさんには……精一杯、バンド演奏をがんばってほしい」

「うん。がんばるよ、小野田さん」

「曲目はもう、決まってたり?」

「だいたいね」

「すごいなあ。楽しみにしてる」

 

小野田さんに、笑い返して、

「わたしのほうも、楽しみだよ――生徒会の、新企画が」

「あー、フリーダンスのこと?」

「そうだよそうだよ」

おもむろに取材ノートとペンを取り出して、

「きょうは実のところ、それについて訊きに来たんだよ」

「取材の、メインテーマ?」

「ずばり」

 

小野田さんは、流し目をホワイトボードのほうに送り、

「フリーダンスのことだったら、濱野くんを窓口にしてもらったほうがいいよ」

「え、そうなんだ」

「フリーダンスは濱野くん主導だから」

「濱野くんの発案だったの!?」

と言って、わたしは濱野くんのほうを見る。

「ち、ちがうよ」

と答える濱野くん。

わたしは追及を緩めず、

「でも小野田さんは、濱野くん主導だって」

「あくまで、合議の結果さ。そもそもの言い出しっぺも、会長だったんだし。……だよな? 会長」

「肉付けしたのは濱野くんなんじゃん♫」

「そ、それはそうかも、しれないけどっ!!」

 

濱野くん――なぜだか、慌ててるというか、焦ってるというか。

 

「濱野くん」

わたしは言う。

「時間も無限じゃないから――とっとと取材に入らせてもらうけど」

「おれに!?」

「うん。濱野くんに」

「そんな」

「――ダンスの曲目は、もう決まったのかな?」

「え、もしかしてこれ、もう取材が始まってるってこと…」

「だよ。だから、質問に答えて」

 

テンパる、イケメン顔。

濱野くんが、イケメンなのは、揺るぎない。

揺るぎないけど、個人的には、ゾーンに入ってこないイケメン顔、なのだ――。

 

――じゃなくってっ。

 

「どう? 曲は、決まった??」

「ぜ、絶賛検討中なんだ」

「グズグズしてると、当日が来ちゃうよ??」

「ぐっ……!」

「濱野くんはさぁ、」

「……?」

「濱野くんは……『優柔不断が似合わないオトコ選手権』に出られるんじゃないかと思うんだけど」

「どどどういうことッ!??!」

「だーかーらー、グズグズするもんじゃない、ってことっ!」

 

作為的に、取材ノートを閉じ、

 

「いまのままの濱野くんだと――女の子は、だれも踊ってくれないな」

瞬時に濱野くんが、

そそそそれはこまるっ

 

――絶叫したかと思いきや、テーブルに両手をついて、

わたしに急激に顔を近づけてくる、彼。

少しわたしは、ビビったけれど、

元来、こういうタイプの男子には物怖じしないんだから、

「……だれかさんと、踊りたいんだあ、濱野くん」

「……あすかさん、『きみじゃない』、よ」

「……そんなことぐらい、わかってるよ」

 

「……」

「……」

 

「…あのさぁ濱野くん。『きみじゃない』って言ったからには、踊りたい対象が、存在するってことだよね??」

 

なんにも言わず歯噛みする濱野くんに、

「いっしょに、後夜祭のとき、フリーダンスで踊りたい相手――『意中の女子(ひと)』が、いるってことじゃん」

 

「あすかさん……」

「どしたの~? 深刻すぎる声で」

「きみの、校内スポーツ新聞は……ゴシップも、取り扱うのか……!?」

「――顧問の先生に、怒られない程度に。」

「じ、自由な校風も、ここまで来ると……!!」

「生徒会がちゃんと自治しないからだよ」

してるつもりなんだよっ!!!

「わっ、ビクッた」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】蜜柑の漫画雑誌を読んだばっかりに……!

 

バイトから帰ってきた。

シャワーを浴びて、ゆとりのある服装になる。

 

ゆっくりとした足取りで、蜜柑の部屋のほうへ向かい、ドアを軽く2回ノックする。

『は~い』

「入るわよ、蜜柑」

『どうぞ~』

 

× × ×

 

……散らかってること。

 

「もう少し、なんとかならないわけ? あなたの部屋」

「そんなに気になりますか?」

「なるわよ。雑誌とか、床に散らかしすぎでしょ」

「あー」

「あー、とか、言わないのっ」

蜜柑が散らかしっぱなしの雑誌類を、テキパキと回収して、

「まったくもう……じぶんの部屋以外のところのお掃除は、ちゃんとするのに」

「『どうしてじぶんの部屋だけは散らかすのよ!?』と言いたいわけですね」

「そういうことよ。…どうしてなの? 蜜柑」

…蜜柑は、あさっての方向を見て、なにも言わない。

はぐらかすつもりね。

どこまでわたしをイラつかせるつもりなのかしら。

バイト終わりのわたしに、ストレスを溜め込ませる気!?

 

……。

こんなところで怒っても、エネルギーの無駄かも……。

 

徐々に思い直して、

「――まあいいわ。日曜の夕方だし、大目に見てあげる」

終始明るい表情の蜜柑は、

「やったあ☆」

「……ムカつくわね」

「! お嬢さまが、『ムカつく』って言った」

言って悪い!?

「いいえ~」

「……」

 

ふと、わたしが床から回収した雑誌のなかに、

漫画雑誌が混ざっていることに気づく。

 

「――あれっ。ひょっとして、お嬢さま、漫画雑誌が気になるのでは」

「べ、べつにっ、気になってなんかないわよ」

「――読みたいんでしょ。読みたいんですよね!?」

「どうしてそんなこと言うの!? 蜜柑」

「いつになく、テンパってる」

「違う」

「知ってますよ~、わたし」

「な、なにを」

「密かに……お嬢さまが、漫画に興味をお示しになってるってこと」

 

わたしは首を横に振りまくった。

 

「ふだん、文字ばっかりの本を読んでるから、逆に――」

「う、うるさいわね」

「――どうぞ、お読みください?」

 

手に持った漫画雑誌を読むことを、勧めてきているのだ。

 

好奇心が、抑えきれない。

 

漫画雑誌を持ったまま、蜜柑のベッドに座る。

 

おそるおそる、ページを開く……!

 

× × ×

 

「ものすごい読みっぷりでしたね。時間、忘れてましたよね」

 

事実だから、恥ずかしい。

 

「きょうは、お嬢さま……アカ子さんの、少女漫画初体験記念日ってことになりますか」

 

わたしは――、

黙って、蜜柑の頭を、読み切った漫画雑誌で殴打した。

 

× × ×

 

「アカ子さんらしくないですよ!! あんな暴力の振るいかたするなんて。タンコブできちゃうじゃないですか」

「できるわけないでしょ!! タンコブなんて」

 

…じぶんの部屋に引っ込んだわたしを、蜜柑が追いかけてきた。

謝ってほしいらしい。

 

「反省してくださいよ。ゴメン、って言ってくださいよぉ」

「やだ」

「そもそも、わたしを叩く必要も……」

「蜜柑……あなた、じぶんがなにを言ったか、言ったそばから忘れちゃうの?」

「……ぐぐ」

「責任、持ちなさいよね。もっと、じぶんの発言に」

「……はい」

 

しおれて、下を向く。

やっと、じぶんの発言の問題点を理解できたのかしら……と思っていたら、

ふたたび、ヌ~ッと顔を上げて、

意味不明な笑みをたたえつつ、

 

「ところで――お読みになった、感想は?」

「……はい!?」

「――ですから、あの漫画雑誌をお読みになった、感想は!?」

 

口ごもって、

「……べつに、なにもないわよ」

「そのりくつはおかしーですよ」

「……あのねぇ」

「なんにもないわけないじゃないですか、感想が」

「……ないったら、ないのっ」

「思いませんでした?? 近ごろの少女漫画は――『進んでる』のね、とか」

 

……たしかに。

たしかに……『進んでた』、のは、事実。

 

「ビックリしたんじゃないですか?? 『進んでて』」

 

問い詰める蜜柑、だったのだが、

わたしは、つとめて冷静さをキープし、

 

「――あのね、蜜柑」

「??」

「たしかに、『進んでる』描写も、あの少女漫画雑誌には、あったけれど」

「けれど、?」

「文学だって――負けてないのよ」

「と、言いますと」

「漫画よりも――もっと『進んでる』描写が、あるってこと」

 

「あらまぁあらまぁ」

 

心底気色悪いリアクションするのね。

 

「――お嬢さまも、『進んでる』んですねえ!!! 『そういう描写』をたくさん知ってる、ってことは!!!」

「ぶ、文学をナメるんじゃないわよ」

「お~~」

「そ、そう……文学は、ね、少女漫画なんか目じゃないぐらい、『進んでる』のよっ」

 

あれっ……なんだか、混乱してきちゃってる?

 

わたし、思ってもないことを……?

 

「教えてくださいよ。文学が、どれだけ漫画より『進んでる』のか」

そう言って、楽しそうに楽しそうに、蜜柑はわたしの本棚を見る……!!

 

「――いまは、教えてあげない」

やっとのことで気を落ち着かせて、わたしは答える。

「ええっ!? なんかアンフェアじゃないですか、わたしは少女漫画を読ませてあげたのに…」

「――そういう問題じゃないの、蜜柑」

「どういう問題なんですかっ、納得できませんっ」

「……この世の中にはね、『魔法の言葉』が、あるのよ」

「おっしゃる意味が――」

コンプライアンスっていう、『魔法の言葉』があるの」

「――逃げましたね、いろんな意味で」