【愛の◯◯】世界一信頼できるひとが、ふたりになった

夕方

戸部邸

 

「葉山先輩から電話だ」

 

× × ×

 

「もしもしー」

『こんにちは羽田さん。

 元気?

 カゼ、ひいてない?』

「げんきですよー」

『それはよかった。

 いま、なにしてた?』

「読書してましたよ。

 ロジェ・グルニエの『書物の宮殿』って本です」

『いい趣味してるわね』

「そうですかあ?w」

 

『えーと、

 急な要件で電話したわけではないんだけど、

 

 日曜日から、キョウくんの第一志望の入試なの』

「早稲田の建築でしたっけ?」

『そうよ。

 

 なんとかがんばってほしくて、

 それで一昨日(おととい)と昨日、キョウくんの家に泊まりがけで行ってーー』

「それはずいぶんおたのしみでしたねww」

『あのねー💢』

 

「ごめんなさいセンパイからかって」

『あなた結構、根は不真面目よね』

「かもしれませんね」

『…わたしは表向き不真面目なようで、根っこでは真面目だから、逆か』

「いいことじゃないですか」

『真面目なのが?』

「はい。」

 

『あのね。

 真面目だから、ひとに言われたことも真に受けすぎるところがあって、困ることがあるの。

 

 一昨日の夜、キョウくんのお母さんに言われたのよ』

「なんて?」

『これからもずっとキョウくんのそばにいてほしいって』

「いいじゃないですか~!

 親公認ですよ親公認!!

 なんで困ってるんですか?w」

『…急に言われたら、びっくりするじゃない?』

「そういうものですか?」

 

『羽田さん、戸部くんのお母さんにそういうこと言われたことあるの?』

 

「……」

 

『ないでしょ?

 経験がないと、ちょっと想像しづらいかも、だよね。』

 

「……」

 

『ごめんね。

 逆に羽田さんを困らせるようなこと、言っちゃった』

「いいえ…わたしも『親公認』なんて、調子に乗りすぎました、ごめんなさい」

『ごめん…』

「…こっちこそ。」

 

『………』

「………」

 

『……なんだか、気まずいね、電話だと、こういうとき』

「深刻に受け止めすぎないでください、センパイ」

『真面目すぎるのも罪だね』

「いくら真面目でも真面目すぎることはないと思います。

 でも、センパイがーーこう、沈みすぎるのは、ダメだとわたし思うから」

 

『………』

「………」

『……ねえ羽田さん』

「(できるかぎり優しく、)なんですか、センパイ。」

『キョウくんの家は湘南の海に近いの』

「ステキ」

『上の階にあがると、窓から海が見えるの』

「ステキ、ステキ!!」

『そう。

 ほんとうに、すてきよ。

 朝なんか、海がキラキラ光ってるの。

 

 ーーあなたは、湘南とか、行く機会なかなかないかしら』

「そんなことないですよ~」

『え!?』

「わたし横浜ファンなんで、じつはあそこらへんのことは割と詳しいんです。

 むかし、海水浴に行ったこともあるし」

『住んでたの? 近くに』

「そういうわけではないです。でも、神奈川県方面へのアクセスが便利な場所って、案外多いじゃないですか、東京はw」

『ああ…w そゆこと』

 

 

 

× × ×

 

おととし、アツマくんと湘南に行ったことは、

諸事情により、言えずじまいだった 。

 

 

 

あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。

 

なんかグダグダだったなー。

尻切れトンボで、通話が終わってしまった感じ。

一瞬、気まずかったし。

センパイからせっかく電話してきてくれたのに。

 

軌道修正、しないと。

アフターケア。

 

× × ×

 

その夜

ダイニング

 

「どうした? 浮かない顔して」

「わかっちゃうよね、アツマくんなら」

「たまには紅茶でも飲まないか? 気分が落ち着くかもしれんぞ」

「そうかしら」

 

× × ×

 

・アツマくんと紅茶を飲む

 

「原因を当ててやろうか」

「浮かない顔してる原因?」

「そうだ。

 

 ずばり、葉山とケンカした」

 

「近い……限りなく近い。

 

 どうして葉山先輩とだって特定できたの?w」

 

「当てずっぽうだよ。

 ただ…」

「ただ?」

「おまえは葉山のことが大事だし、葉山にしたっておまえのことが大事だろ?

 互いにたいせつに思い合っている、ってことだろ?」

 

(うなずく)

 

「そんな関係が少しでもこじれたら、浮かない顔になるに決まってるだろ。

 

 少しだけ、行き違いがあったんだな?

 

 そーだろ?」

 

(両手で持ったマグカップに視線を落とす)

 

「しんみりすんなよな、そんなに。

 

 …アフターケア、したいんだろ?」

 

そうだ。

 

葉山先輩も、気まずく思ってるかもしれない。

 

このままじゃヤダ。

 

だから、だから。

 

 

ーー顔上げて、アツマくんの眼をまっすぐ見て、深呼吸してから。 

 

 

おしえてください、アツマ先生。

 

 アフターケアの方法。

 

 

 

 

こういうときは、アツマくんに頼るのが、いちばんいいんだ。

そうすれば、間違わない。

 

ーーわたしのおとうさんも、そうだった。

世界一信頼できるのが、わたしのおとうさんだった。

 

 

 

ーーいまは、世界一信頼できるひとが、ふたりになっちゃった。

いいよね、『世界一』が、ふたりいたって。 

 

 

 

【愛の◯◯】あの海は、いま、どのくらい、波立ってるんだろう

早稲田の創造理工学部の入試まで、1週間を切った。

建築学科は、2日間にわたって試験があるから、たいへんだ。

 

体調を崩さないようにしないとね、キョウくん。

 

きょうはキョウくんの家に出向いて、試験勉強の追い込みをサポートする。

明日が祝日だから、泊まらせていただくことになった。

ありがたい。

わたしの家庭教師も、ラストスパートだ。

 

「ーーでもちょっとさみしいかも」

 

「え!? なにがさみしいの、むつみちゃん」

 

「(あわてて)ひとりごと、ひとりごと。

 

 …えーとね。

 

 ほらもし、キョウくんが受験に合格しちゃったら、もう家庭教師は終わり、なわけじゃない」

 

「おれに2浪してほしい?w」

 

そっそういうことをいってるわけじゃなくってね

 

「……また、だれかの家庭教師になればいいじゃないか」

 

たしかに。

 

来年度は羽田さんの家庭教師になろうかしら。

あの子、とうとう来年が大学受験。

あの子ならなんでも自分でなんとかしちゃう気がするけど。

でも、成績が少しだけ悪化してるみたいで、そこはちょっとだけ心配。

 

ならば、こんどはわたしのほうが、あの子の支えになる番なのか。

 

だけど。

そうだとしても。 

 

「わたし、家庭教師じゃなくって、なにか新しいことがやってみたいかもしれない。」

 

「へぇ。具体的には?」

 

「それはね…」

「……」

「……」

「………」

「………キョウくんが、無事に早稲田に受かってから決めるの。」

 

× × ×

 

「もう5時よ」

「ほんとだ」

「(ノートを閉じて)このくらいにしておきましょう。朝からずっと勉強してるでしょう」

「夜はやらなくていいの?」

「日曜日が本番でしょ。入れ込みすぎないの。でないと本番でイレコミすぎて、ちからを出せないよ」

「本番でイレコミすぎるって、どゆこと?」

「(・_・;)ご、ごめんたとえが悪かった」

「?」

「( _・;)こっちの話。忘れて」

「あー」

「Σ( _・;)」

「あんまり今からハッスルしてると、本番でテンパって、落ち着きのない競走馬みたいになるってことか」

 

 

どうしてわかったの、わたしの言ってること……?!

 

 というか、競馬の話、キョウくんにしたことないよね!?!?」

 

「むつみちゃんw」

「なんで、どうして、」

「むつみちゃんがテンパってるねww」

「         」

 

 

「と…とにかく、リラックスするのよ。

 夜は勉強よりも自分の好きなことを…ほら、『鉄道ファン』(雑誌)の写真を眺めるとか。

 そういう、好きなことして、くつろぐの。

 わかった?」

 

「はい、むつみ先生」

 

「(少しずつ顔が熱くなるのを感じて)わかれば……よろしい。

 

 

 

 

 

× × ×

 

・夜

 

『むつみちゃん、お茶飲むー?』

 

キョウくんのお母さんの鈴子(すずこ)さんが、

温かいほうじ茶を淹(い)れてくれた。 

 

「おつかれさまむつみちゃん」

「はい、つかれました」

「(笑顏で)正直でいい子ね、むつみちゃんは」

「ははは……w」

 

「日曜かぁー。もう本番はすぐそこ、なんだよね。

 あの子ちゃんと早稲田までたどり着けるかしら」

「試験場を間違えないようにしないといけないですね。早稲田といっても、試験会場になるキャンパスは分かれてますから」

「あらら」

「大丈夫ですよ、わたしが都心の地理には詳しいですから」

「頼もしいわ~~」

 

 

「(ほうじ茶を静かに飲んで、)

 …むつみちゃん。」

 

「なんですか、鈴子さん」

 

「『鈴子さん』じゃなくって、『おかあさん』って呼んでもいいのよw」

 

「(ゴクン)」

 

「ーー、

 母として、たったひとつのお願い。

 

 

 これからも、ずっとキョウのそばにいてあげて」

 

 

 

「ーーーーーーおかあさんーーーーーー」

 

 

「(微笑んで)いいでしょ、?w」

 

 

「おかあさん、でもわたし、そういう、そんざい、に、ふさわしいかどうかっ、」

 

「ふさわしい・ふさわしくないの問題じゃないの!w」

 

「いいえ、問題です…!

 

 だから!!

 

 お、おしえてください、

 キョウくんのこと、

 もっと。

 

 それからっ、

 もうひとつ、おしえてください、

 キョウくんとーー、

 ずっとそばにいられる、

 

 

 

 ーー寄り添いかたを。

 

 

 おしえてください、おかあさん」

 

 

 

 

× × ×

 

@寝室

 

なんで鈴子さん、あんなことを急に言ったんだろう。

 

ーーうれしかった、

うれしくないわけなかったんだけど、

 

意識しちゃう。

 

ベッドの中で、

キョウくんのことも、意識しちゃうし、

鈴子さんの『お願い』 のことも、意識しちゃうし、

 

 

 

キョウくんのことと、鈴子さんのことが、ごちゃまぜになってーー

 

 

ふと、起き上がる。

 

 

窓から、暗いけれど、かすかに海の様子が見える。

 

ーーあの海は、いま、どのくらい、波立ってるんだろう。 

 

 

 

ふたたびわたしは、ベッドにもぐり込むようにして、横になった。

 

 

・・・・・・

 

波に揺られるような、夢を観た。

 

耳鳴りのような海のざわめきに包まれるようにして、心地よいまどろみのなかに、長い時間たゆたっていた。

 

 

 

 

 

…カーテンに、朝の光がさし込んできていて、掛け布団がやわらかにあたたかかった。

 

窓から、あかるい海の光が見えた。

 

 

 

 

【愛の◯◯】嫉妬にも似た感情は、純粋な尊敬に変わっていったけれどーー。

岡崎竹通(おかざき たけみち)。

 

高2。

 

スポーツ新聞部。 

 

 

きのうは、ばあちゃんと母さんが宝塚歌劇のファンであることを部活で話したら、顧問の椛島先生が異様に食いついてきた。

 

椛島家はお祖母(ばあ)さんの代から3代にわたって宝塚ファンらしい。

そもそも、椛島先生は演劇部の顧問を志望していたのであった。

 

(ちなみに、おれは宝塚歌劇を一度も観たことがない。) 

 

ところで先週は、センバツ出場校紹介記事の記述をめぐって、あすかさんと口論になって、大人げないところを見せてしまった。

 

バスケットボールを通じて、彼女とは仲直りできた。

教室から脱走した彼女を探しに出たら、体育館でシュートを外しまくっていて、見かねたおれが、彼女の背後から「手本」を見せてあげたわけだ。

 

そのさい、おれの過去も、少しだけほのめかした。

 

「バスケ部だったといえばウソになるし、バスケ部じゃなかったといってもウソになる」とか、「きみのお兄さんがほんとうにすごかったから、おれはスポーツ新聞部に入ったんだ」とか、言った。

 

そうーー、

あすかさんのお兄さんの戸部アツマさんは、ほんとうにすごかったんだ。

ーー挫折を覚えるほどに。

 

「バスケ部だったといえばウソになるし、バスケ部じゃなかったといってもウソになる」とは、つまりこういうことだ。

 

おれは中学時代、運動神経の高さを買われて、いろんな部活の助っ人に駆り出されていた。

 

いわば、劣化版アツマさんだ。

 

一時的にバスケ部になったり、一時的にバレー部になったり、一時的に卓球部になったり、一時的に陸上部になったり…etc。

 

ある日、おれが今通っている高校の見学に行く機会があった。

 

そこで…アツマさんが『躍動』しているのを目の当たりにした。

 

なんの部活の練習試合だったかは忘れた。

ただ……

 

『戸部にはかなわないなあ。どの部活にも所属していないのに』

 

という野次馬の嘆(なげ)きだけは、はっきりと今でも記憶している。

 

躍動。

 

上には上。

 

おれがこの高校に入っても、この先輩の劣化コピーになるだけ。 

 

 

高校に入学する直前、足首を捻挫した。

ますます、高校で運動部に入ってやろうという気持ちは萎(な)えていった。

 

 

『おれはこの高校でなにが出来るのだろうか?』

 

 

やけっぱちな感情は、3年になってますます輝きを増すアツマさんへの嫉妬にも似た感情、だったのかもしれない。

 

あっという間に4月の仮入部期間の終わりも近づき、おれの焦りは日々募(つの)るばかりだった。

 

『おれはこの高校でなにが出来るのだろうか?』

 

という疑問が、

 

『おれはこの高校に居場所が出来るのだろうか?』

 

という、絶望に近いような気持ちに変わっていった。

 

 

そんなおれに、

 

居場所が出来た。

 

 

スポーツ新聞部だ。

 

 

スポーツ新聞部を作った、先輩たちが、

おれに、居場所を作ってくれたのだ。

 

もとは、スポーツ新聞部は、アツマさんの大活躍の影響で創(つく)られた部活だ。

 

嫉妬にも似た感情は、純粋な尊敬に変わっていく。

 

 

× × ×

 

きょうも、アツマさんの妹のあすかさんが、元気に部活の活動教室に入ってくる。

 

 

……、

 

こんな天真爛漫なあすかさんに、

あすかさんのお兄さんに対して、

劣等感や、

「やっかみ」のような、

そんな感情をかつて抱いていたことがあるなんて、

言えるだろうか?

 

 

 

 

……ふとした瞬間に、

……ふとしたきっかけで、

おれの口から、ポロッと過去がこぼれ落ちる、

 

そんなときが来るのかもしれない。

 

そんなとき、おれは、

あすかさんに、

どう向き合うのだろうか。

どう向き合うべきなのだろうか。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】スポーツ新聞部の会話ははてしなく脱線する

どうもこんにちは、椛島澄(かばしま すみ)と申します。

 

とある高校の国語教諭でして…って、こういう自己紹介、前にもしましたっけ、たぶんしてたでしょうね。

 

年齢?

 

ーー20代です。

 

……「女性に歳を訊(き)くのは失礼」って、習いませんでしたか!? 

 

言う必要ないかもしれませんが、実家暮らしなんです。

 

で、親が新聞をとっていて、朝わたしもその新聞を読むわけなんですが、

以前はスポーツ欄なんて見向きもしなかったのに、

最近では真っ先にスポーツ欄から読み始めるようになりました。

 

なぜか。

その理由は、顧問をしている部活と、密接に関わりがあるわけでして……。

 

 

『スポーツ新聞部』活動教室

 

わたし「あすかさん、ずいぶん一生懸命原稿をチェックしてるわね。

 校正、ってやつ?」

 

あすかさん「校正というより、自分が書いた原稿に自分で赤を入れてるので、推敲(すいこう)だと思います」

 

わたし「あすかさん1年生なのによく『推敲』なんてことば知ってたね」

 

あすかさん「え~~~~っ、もうすぐ2年生ですよぉ、知ってますよぉ~~」

 

一宮(いちみや)さん「先生」

わたし「なぁに」

一宮さん「ホワイトボードに、漢字で『推敲』と書いてみてください」

わたし「はい。(書く)」

一宮さん「よくできました」

わたし「……」

 

瀬戸くん「ここに部長がいたら、『まるで『平成教育委員会』だな』って言ってるところだなあ」

 

わたし「……あなたたち、2000年代生まれよね!?」

 

・全員、うなずく

 

わたし「わたしでもリアルタイムで観たことのない番組のこと、どうして中村くんが知ってるの」

 

岡崎くん「部長は雑学に強いんです、異様に」

 

瀬戸くん「さすがにテレビ欄を担当していただけある」

 

わたし「Σ(@_@;)え、中村くん、テレビ欄担当だったの」

 

瀬戸くん「はい」

 

わたし「スポーツ新聞部、なのに?」

 

瀬戸くん「はい」

 

 

 

一宮さん「部長が卒業しちゃったら、テレビ欄と芸能担当がいなくなっちゃうね」

瀬戸くん「それなー、死活問題だわな」

 

わたし「死活…問題って。

 スポーツには、直接関係ないじゃないの」

 

岡崎くん「いや、テレビ欄があるから読んでくれる、っていうヤツがけっこういるもんで」

一宮さん「読者数に関わってくるのよね」

岡崎くん「そうそう、桜子ならわかってくれるよな」

一宮さん「先生、テレビ欄は読者をつなぎとめるのに結構な役割を果たしてくれてるんですよ。縁の下の力持ちなんです」

岡崎くん「桜子…相づちぐらい、打とうな?」

 

テレビ欄必要説は、よくわからないが、

岡崎くんと一宮さん、きょうもチグハグだ。

 

…微笑ましい。

 

× × ×

 

あすかさんが推敲した原稿が、

どんどん積まれていく。

 

内容は、いったいーー? 

 

あすかさん「『キャンプ』です、先生」

わたし「キャンプってスポーツなのかしら」

あすかさん「先生っ! 山梨県じゃないんですよ、ここ」

わたし「? そりゃそうよ、ここは東京都よ」

あすかさん「ごめんなさい、てっきり某作品を想像してるのかと…」

わたし「え、某作品てなに、わたしわからない」

あすかさん「いつかわかる日が来るかもしれません」

わたし「気になるじゃない、そう言われたら」

あすかさん「……某作品、漫画でもありアニメでもありドラマでもあるわけなんですが」

 

一宮さん「ゆる~くキャンプするのよね、あすかちゃん」

 

あすかさん「……いっそのこと舞台化したら面白いのに」

一宮さん「お芝居好きですよね? 先生」

わたし「もちろん…でも、モノによるよ」

 

岡崎くん「アレを舞台化するのかよw や、おれもよく知らないけどさ」

一宮さん「よく知らないなら岡崎くんは黙ってて」

岡崎くん「だって……」

一宮さん「だって……何?」

 

わたし「(手を合わせて)ストップストップ!! 話が大きく脱線しちゃってるから」

 

バツが悪くなったような岡崎くんと、意に介さない様子の一宮さん

 

あすかさん「わたしが『山梨県~』とか言い出したのがまずかったですねw

 

 『キャンプ』っていうのは、プロ野球の『キャンプ』です、先生」

 

わたし「プロ野球の……『キャンプ』?」

 

 

・あすかさんにプロ野球キャンプについて説明してもらう

 

 

わたし「そういうことだったの。

 テントとか焚き火とか、あんま関係ないんだねw」

 

あすかさん「なんでこんなに脱線しちゃったんだろ。

 たしかにわたしのせいでもあるけど、

 そんなに時間稼ぎしたかったのかなあ」

 

わたし「(@_@;)だれが…時間稼ぎするの??」

 

あすかさん「こっちの都合です」

 

 

わたし「そうだ! わたし、プロ野球について、ひとつかしこくなったの。

 あのさ、阪急電鉄っていう私鉄があるじゃない、関西に。

 阪急って、むかしプロ野球チームをもってたんだね。」

 

あすかさん「いまのオリックスですね」

わたし「さすがねあすかさん、阪急ブレーブス、っていう球団だったのよね」

あすかさん「阪急電車にあこがれでもお持ちだったんですか?」

わたし「阪急じゃないの、『宝塚』」

あすかさん「『宝塚』?」

 

岡崎くん「宝塚歌劇団だよ、あすかさん」

わたし「(テンションが上がって)岡崎くんよく知ってるね!! しょうじき意外だけど!!

 

 あのね、どういうことかっていうと、宝塚歌劇団は、実は阪急電鉄が運営しているの。

 だから『阪急』ブレーブスって球団があったことを知って、すぐに宝塚を連想しちゃって、わたし舞い上がっちゃって」

あすかさん「先生、学生時代、演劇部でしたもんね」

わたし「ウチはおばあちゃんから3代で宝塚のファンなの。宝塚大劇場にも、いつか行ってみたいんだけど」

 

岡崎くん「(頭をポリポリかいて)…じつは、ウチの祖母と母も、宝塚のファンなんです……」

わたし「(テンションMAXで)ホントに!?

岡崎くん「(眼を丸くして)……急に歌い出しそうなテンションですね、先生。

 ミュージカル女優みたいだ」

わたし「(テンションMAXのまま)ホントに!?

 

 

 

【愛の◯◯】カラヤンと青い空

@音楽の授業

 

ビゼーアルルの女』より「ファランドール」♫

 

「いいねえ。血湧(わ)き肉躍(おど)るというか、思わず興奮してしまうぐらいに、いい。

 

 ファランドールってのは、南フランスのプロヴァンスっていう地方の民俗音楽らしい。

 もとは、『アルルの女』っていうお芝居の付随音楽…劇伴みたいなもんだな…付随音楽だったんだけど、そこから2つ組曲ができて、ファランドールは第2組曲の4曲目、じつは第2組曲ビゼーが死んじゃったあとに成立したんだなー、これが。

 

 えっ?

アルルの女』の原作者は誰かって?

 

 えーと、

 えーと、つまり、お芝居を書いたひとだよね、ちょっとタンマ、ド忘れしたのかな……。

 

(さぐるような目つきで、わたしの席のほうをチラと見る)」

 

荒木先生が、

わたしに助けを求めている。

 

「文学に詳しい青島さんなら知ってるかも、いや知ってるはずだ」

 

ーーそういう眼だ。

 

たしかにーーわたしは答えられる。 

 

アルフォンス・ドーデですよ。先生」

 

「(助かった、と言わんばかりに)そう!! たしかそう!!w さすが青島さん

 

 

『おお~っ』

 

 

(^_^;)……こんなんで、いいのかしら。

 

ドーデなんて、わたしも名前しか知らないけど。 

 

 

 

× × ×

 

放課後、

 

いつぞやのように、「音楽準備室の掃除を手伝ってくれ」と荒木先生に頼まれて、

いつぞやのように、先生とアカ子とわたしの3人で、作業に取り掛かった。

 

ところが、「抜けられない用事があるので……」と、アカ子が先に帰ってしまった。

 

 

たぶん、空気を読んだんだと思うーーわたしのために。

 

「アカ子さんの用事ってなんなんだろう。青島さん知らないの?」

 

「…さあ、なんなんですかね?」

 

「し、知らなきゃ、それで済む話ではあるけど、うん。」

 

「…彼氏でもできたんじゃないですか」

 

 

・荒木先生の手から書類がすり落ちる

 

 

ごめん、アカ子。

今度なにかおごってあげる。

 

 

「(落ちた書類をかき集めながら)それに……してもだ。青島さんはすごいなあ」

「(いっしょに落ちた書類を回収しながら)なにがですか?」

「文学の知識。」

「それほどでもないです」

「や、今日の授業、あそこでアルフォンス・ドーデなんて名前がすぐに出てくるなんて」

「たしかに、それは、それほどでもあるかもしれませんね」

「ほんとはぼくのほうがもっと勉強しなくちゃならないはずなんだけど」

「(トントン、と書類を整頓して)だけど?」

「(立ち上がって)なかなかねえ…。

 

 ね、青島さんは、きっと子どもの頃から本読むのが好きだったんでしょ?」

「(椅子に座って)兄の影響で、むかしから本はよく読んでました」

「アカ子さんや羽田さんも、たぶんそんな感じだったんだろうなぁ」

「(苦笑いして)アカ子はたぶんそうですけど、愛はちょっと違うかもしれませんね」

「羽田さんが!?」

「読んでなかったわけではないみたいです。

 でも彼女、絵本が嫌いだったみたいで。

 だから比較的読み始めるようになるのが遅かったとか。

 それに、体を動かすのが好きで、男子とよくケンカしてたらしく…要するに『おてんば』というか『はねっかえり』というか…そんな幼少期だったみたいですよ」

「ケンカって、取っ組み合いの?」

「取っ組み合いの。」

「…ぼくよりケンカ強そうだなあ」

 

× × ×

 

・CD棚を整理するわたし

 

モーツァルトが多いですね」

「ま、仕方ないよw」

「あ、交響曲第25番」

「好きなの?」

「はい」

「17歳で作曲したんだよ」

「天才…わたしと同い年で」

 

「25番と40番だったら、どっちが好きだ?」

「25番です。40番はそれほど」

「ざんねんだな~w ぼくは40番のほうが好きなんだ」

わたしも残念です

「……」

「……」

 

「先生、

 先生が、いちばん好きな交響曲ってなんですか」

交響曲限定かい?」

「限定。」

「そりゃードヴォルザークの『新世界』だよ」

「……ミーハーですか。」

「きびしいなー、青島さんw

 たしかにぼくは半人前だし未熟者だし、ミーハーと言われても、甘んじて受けいれるが!w」

 

やばっ。

先生に、失礼すぎたかも。

 

「すっすみません先生っ、軽はずみなこと言ってしまって、」

「ーード定番であっても、いいものはいいんだよ」

「しょうじき、ドヴォルザークはあんまり聴かなくってーー」

 

「(窓の外を眺めて)

 ーー夢があってさ。

 

 交響曲を指揮するんだ。

 

 それで、その夢のなかで、いちばんの夢は、

『新世界』の第4楽章を指揮することなんだーー。」

 

 

「先生、カラヤンを見てるみたい」

「?? どういうこと?」

「たとえ、ですよー。

 

 窓の外に、カラヤンのイメージが浮かんでいて、

 雲のむこうに指揮棒を持って立っているカラヤンを、

 眼で、追いかけてる」

 

カラヤンだけが、憧れじゃないさ」

「だからたとえ話ですってw」

 

「やっぱ文学的だね、青島さん」

「いまのたとえはぜんぜん文学的じゃないです」

「謙遜しなくても」

「ぜんぜん謙遜じゃないです」

「自信持ちなよ。若いんだから」

「そのコトバ、そっくりそのまま、先生にお返しします」

「ハハ…w」

「先生、わたしの兄より若いのにっ」

そうだったの!?

 

 

 

青い空に、なにも見えない、

 

ということはなくって、

 

飛行機雲が、

 

一筋、伸びている。 

 

 

【愛の◯◯】すきなのっ、しょーがないでしょ……ね、おとーさん?

カフェ『リュクサンブール』

 

「戸部くんヤッホー♪」

 

「今日も来たのかよ…

 

 ま、いいけど」

 

「あのね戸部くん」

 

「なんですかーはやまさーん」

 

「バイト上がったら、ちょっとだけ外で話さない?」

 

 

× × ×

 

お外

 

「寒いんじゃないのか、平気か?」

「重ね着してるから。

 ありがと、心配してくれて」

 

戸部くん、

 今度、わたしんち、来ない?

 

はぁ!?

 

「ダメなの?」

 

「ーーいろいろ、言われそうだから」

 

「(意地悪く)誰に、いろいろ言われるのかな~~」

 

「ーー行くんだったら、愛といっしょに行く。」

 

「なるへそ。

 それだったら、いろいろ言われないで済むもんね~~ww」

 

「(-_-;)るせーな…」

 

 

 

 

× × ×

 

わたしんち

夕食後

 

今年に入ってから、おとうさんとふたりで、『フランス語勉強会』をはじめた。

 

「おとーさん、きょう、フランス語、できる?」

「できるよ、やろうか。

 ちょっとまっててくれよ。」

 

 

夕食を片付けたテーブルで向かい合う父娘。

 

テキストを、かわりばんこに、声に出して読む。 

 

「きょうは、所有形容詞の復習から。

 

 モン・マ・メ、トン・タ・テ、ソン・サ・セ…

 

 はい、おとうさん」

 

「モン・マ・メ、トン・タ・テ、ソン・サ・セ」

 

「よくできました。じゃあ一緒にもう一度」

 

『モン・マ・メ、トン・タ・テ、ソン・サ・セ』

 

「はい、完璧♫

 

 おとうさんのことは、『モン・ペール』で、

 おかあさんのことは、『マ・メール』、

 ふたりあわせて、『メ・パラン』なのでした」

 

× × ×

 

きょうは、動詞aller(アレ)とvenir(ヴニール)について。 

 

父「ヴーザレ・ア・パリ? ーーあなたはパリへ行くのですか。」

娘「ヴー・ヴネ・ドゥ・パリ? ーーあなたはパリから来たのですか。」

父「『ヴー(あなた)』の次の動詞が変化しているんだな」

娘「そうね、もとはaller(アレ)。『ヴーザレ』で、『あなたは行く』になる。ひとまとまりに『ヴーザレ』で覚えちゃうのが手っ取り早い」

父「ヴー・ヴネの『ヴネ』は……venir(ヴニール)の変化か」

娘「『行く』の反対で『来る』って意味ね」

父「『行く』と『来る』の区別って、意外と難しくないか?」

娘「意外とじゃないよおとーさん。普通に難しいよ。急に違いを説明しろって言われても、なかなかうまく説明できないでしょ」

父「たしかに」

娘「微妙にフランス語から脱線しちゃってるけど、さ」

父「たしかに」

 

娘「ーーallerとvenirの変化も重要だけど、このふたつの動詞には更に重要な役割があって、それぞれ『近い未来』『近い過去』を表せる」

父「ええっと……後ろに動詞の不定形をくっつけるのか」

娘「そうね。

  allerに不定法の動詞で、『今から◯◯するところだ』、

  venir deに不定法の動詞で、『今、◯◯したところだ』」

父「もちろん、代名詞によってallerとvenirは変化する、と」

娘「うん。でも、venirのあとにdeを忘れないで」

父「そうか、うっかり忘れてしまいそうになるところだな」

 

娘「まず、『近い未来』の例文」

 

父娘『ジュ・ヴェ・テレフォネ・ア・ロジェ。ーーこれからロジェに電話しよう』

 

父「『近い過去』」

 

父娘『ジュ・ヴィヤン・ドゥ・テレフォネ・ア・ロジェ。ーーロジェに電話したところだよ』

 

 

 

× × ×

 

「ふう。疲れただろう、むつみ。実を言うと父さんも肩がこってきたところだw」

「ちょっとまってね、おとーさん」

「?」

使っているテキストは、猪狩廣志著『ゼロから始めるフランス語』、初版2000年、出版社は三修社、きょう読んだ例文は43ページと44ページのものです

 あしからず。」

「?????」

「出典をちゃんと明らかにしないとね♫」

「?????」

 

 

「じゃ、きょうはここまでにしよーか、おとーさん」

「そうしよう。

 どうだ、コーヒーでも飲むか?」

「だめだよ、眠れなくなっちゃうよ」

「すまんすまん、父さんはべつに大丈夫なんだが、むつみが眠れなくなるのは、いちばん良くないな」

 

「ねぇ、おとーさんは、コーヒー飲むときって、角砂糖何個入れるの」

「1個」

「そうか…わたしは2個。

 ミルクは?」

「入れないなあ」

「そうなんだ。

 やっぱりおとーさんって、カッコいい」

「(^_^;)……どこが?」

 

 

 

「きょうね、戸部くんに会って、少し話したの」

「あー、夏に喫茶店でバイトしてたって子だな」

「大学、休みだから、またバイト再開したんだって。

 

 羽田さんの彼氏クンよw」

「そ、そうなのか…」

「羽田さん、戸部くんの邸(いえ)で一緒に住んでるの。

 だから、羽田さんのおにいさんみたいな存在でもあるし、おとうさんみたいな存在でもあるの」

「(^_^;)なるほどなるほど…羽田さんにも、いろいろ複雑な事情があるんだな」

「そうよ。だから、戸部くんが支えてくれるの」

「ふむ……」

「……わたしをキョウくんが支えてくれるのと、似てるかな」

「キョウくんは……どうだ、受験は、うまくいきそうか?」

「やってみないとわかんないよ」

「模試はーー」

「ーーE判定をB判定までもっていったのは、わたしの功績かな、って。

 やってみないとわかんないけどさ、

 きっとうまくいくよ、

 

 信じてる…」

 

「(微笑んで、)

 むつみはほんとうにキョウくんが好きなんだなw

 

 

「(うろたえにうろたえにうろたえて)

 し、しんじてるもん、きっとうまくいくもん、すきとかきらいとか、そーいうのいぜんに、

 でも、すきじゃないと、こんなこといえないから……おとーさんのいじわるっ、

 すきだからしんじてる、そう、わたしすきだし、しんじてるよ、おとーさんやおかーさんに『つつぬけ』なの、とっくにわかってるよ、わかってるんだから…、

 でもすきなのっ、しょーがないでしょ……ね、おとーさん?

 

 

 

 

【愛の◯◯】これは三者面談ね

月曜日。

 

最寄りの図書館が、休み。

 

ならば代わりに、もはや大常連と化した喫茶店リュクサンブール』に行き、本を読んで過ごすだけ。

 

というわけで、『リュクサンブール』に入店してみると……?

 

『いらっしゃいませ…!!

 

戸部くん!?

 

 なんでいるの!?

 

× × ×

 

「葉山。

 おまえ大学のシステム知らないのか」

 

「どこにも所属してないから……」

 

・「やべぇ」という表情になる戸部くん

 

「(穏やかに)注文、いいかしら?」

「はい。」

「カフェオレ、ホットで」

「はい。」

 

× × ×

 

・1時間後

 

「友達なら話してきてもいい」という許可をもらったらしく、ホールスタッフ姿の戸部くんが、わたしのテーブルにやってきて、向かい側の席に腰を下ろした。 

 

「いいの? 仕事しなくて」

「『きょうは人も少ないし、初日だから』って、甘えさせてくれた」

「初日、っていっても、夏もバイトしてたじゃん」

「でも、久々だから」

「休み明けの競走馬みたいなものねw」

「(-_-;)微妙にわかりにくいたとえだな…葉山らしいが」

 

「大学ってもう終わりなのね」

「(^_^;)そうなんだよ、2か月休みがあるんだ。

 

 あのさ……」

「え、なに?」

「あの……おれ……」

「………」

「………」

「………?」

「………おれ、無神経だったな。

 さっき、『おまえ大学のシステム知らないのか』とか言っちまって」

「そんなに気にしてたの!?

 わたしもう忘れてたよw」

 

一生懸命に、ことばを探しているような戸部くん。

 

謎の沈黙。 

 

「いつまでここで働くの?」

「3月が終わるまで」

「そっかー」

 

「……」

「……」

 

「…そんな、かしこまらなくてもいいじゃないw」

「ごめん…」

「クイズ」

「!?」

「アンとわたし、どっちが髪長いと思う?」

 

「(どぎまぎして)

 そ、そうだ、先週藤村に会ったんだよ。

 あ、あいつずいぶん髪伸びてたから、

 だから、難しいな」

 

ふーん。

 

アンに、会ったんだ。 

 

「ほら、選んで、答えて」

「う……、

 それでも、葉山のほうが、長いんじゃないのか!?」

「正解よ」

「やっぱし」

「わたしもね、

 高校時代より、髪が伸びたのよ。」

「!」

「ーー気づかなかったでしょw」

 

そんなことよりも。

 

彼はアンに会ったらしい。

 

アンには好きな男(ひと)ができて。

 

そのことは、眼の前の彼には、言いふらさない、約束。 

 

「(意味深っぽく)ねえ……」

「…?」

「一緒に暮らしてるから、わかると思うんだけど、

 

 羽田さんって、コーヒーに砂糖入れないよね」

「(虚を突かれたように)ああ、あいつはブラックで飲む」

「大人だな~。

 戸部くんは?」

「おれか? ホットだったら、基本ブラックだな」

 

カフェオレのカップをスプーンでかき混ぜるふりをする

 

「大人だな~。

 

 きょうはカフェオレ頼んだけどさ、わたし、コーヒーには角砂糖2つ入れないと、飲めないんだ」

 

「それは……悪かったな」

 

なんであやまるの~www

 

「(翻弄されるように)藤村は?」

「アン? アンがコーヒーに入れる砂糖の数?w

 あなたのほうが詳しいんじゃないの?w

 先週会ったんでしょ??」

「金曜日に、都心で……偶然だったけど、大学近いから、エンカウント確率高いんだ」

「(一瞬、間をもたせて、)

 どんな話したの?」

「や、そんな大したことは、話してねぇけど」

 

さりげなく、カフェオレのカップに指をかけてクルクル回す

 

「ただ……あいつも、いろいろあるんだなって」

 

……『いろいろ』? 

 

「だから……言ってやった。

 

 もしーー残念なことがあって、

 絶望的な気分になったときは、

 おれの邸(いえ)に来い、

 

 って」

 

 

「と、

 べ、

 く、

 ん、

 

 そんなこと言う、

 ってことは、

 

 もしかして、

 

 『悟っちゃった』の!?」

 

「(真面目な顔つきになって)

 藤村、言ってた。

 

 『わかっちゃうんだね、けっきょく』って」

 

「(両手をヒザに置いて)

 戸部くん、どこまで、『わかっちゃった』、の?」

 

 

「ーー約束してるんだろ? あいつと。

『口外(こうがい)するな』って

 

 

どうしてそんなところまでわかっちゃうの……!?

 

 

「(あっけらかんと笑って)

 なんか、共有しちゃったみたいだな。

 藤村と葉山とおれの3人で、

 藤村の事情を。

 

 

 じゃ、そろそろおれは仕事に戻るぜ」

 

 

・さっそうと業務に戻っていく戸部くん

 

・しばらく唖然とするわたし

 

 

戸部くんーー、

 

名探偵。

『名探偵コ◯ン』の単行本のカバー折り返しで紹介されそうなくらい、名探偵。

 

憎らしいくらい、名探偵。

でもーー憎めない。 

 

 

そうかー。

悟られちゃったかー、アン。

 

戸部くんが言ったように、

『アンに好きな男(ひと)がいる』という事情を、

アンとわたし、そして戸部くんの3人で、

共有しちゃったみたい。

 

奇妙な構図に。 

 

 

どうしようかしらーー

 

今度、三者面談でもしようかしら。

 

『リュクサンブール』に、アンを呼ぶ?

 

いや、恋愛事情を話すには、ふさわしくないかもしれない。

 

だったら、わたしの家か、戸部くんの邸(いえ)かーー

 

× × ×

 

「葉山さん、お皿をお下げしましょうか」

「どうしたらいいかなぁ」

「はぁ!?」

「場所を考えていたの」

「なんの場所!??!」

三者面談。

「!??!!?」

 

 

 

【愛の◯◯】星崎と藤村に、忠告!

愛と愛母の国際ゲンカは、けっきょくおれの母さんの「なかだち」によって、なんとかなった。

 

一件落着。

めでたし、めでたし。

 

…おれも、少しは貢献できたのかな… 

 

 

きょうは、後期のレポートを出しに、大学へ。

 

これで、1年の後期も、おしまい。

眼の前に広がる、長~い長~い春休み。

めでたし、めでたし。 

 

『そんなに達成感があったの?』

 

 

「星崎かよ」

「なに、その目つき。鬱陶(うっとう)しいものを見てるみたいに……」

「べつにおまえが鬱陶しいとかそういうわけじゃねーから」

「(パァアアアッ、と明るくなって)ほんと? うれしい!」

「子どもっぽい反応すんなよ」

「(どんよりと暗くなって)なんでそんなこと言うの戸部くん、かなしい…」

 

 

「達成感はあったんだよ。

 レポート以外にも、解決すべきことがあって。

 それがなんとかなったから、二重の達成感だ」

 

「『それ』ってーー愛ちゃんのこと?」

 

どうしてわかるんだ、星崎……

 

「戸部くんらしくないリアクションしないでよ」

 

「そっそう言う星崎だって、最近星崎らしくないよなー、とおれは思う」

 

「(ムキになって)どこがよ!?」

 

「テンパることが多くなった」

 

「(ムキになり続けて)そんなことないよ!?」

 

「トキタさん……だっけ?」

 

 

「(極度にテンパって)なんでどうして戸部くんがその名前知ってんの!?

 ぜったい戸部くん知らないはずだしわたし話してないし

 

 

「いや、前にな、おまえと大学でからだがぶつかったことがあっただろ?

 そのときにおまえ、おれのことを『トキタさん』と誤認しただろ。

 ぶつかったときの、おまえの反応があまりにも異常だったから、『トキタさん…』って言ったのも覚えてるんだ」

 

 

「(おれの顔を見ずに)戸部くんそんなに記憶力よかったのね」

 

「(あえていたずらっぽく)そうみたいだ。悪かったなw」

 

 

・子どものような表情になって、うろたえる星崎

 

 

アチャー。

ビンゴ、か。

 

星崎に対するNGワードが、2つになった。

もともと、『下の名前で呼ぶ』のがNGだったのだが、

『トキタさん』が、新たなるNGワードに加わった。 

 

 

「(うろたえ続けながら)……戸部くん……」

 

 

え、こいつ、どうしちゃったの。

 

助けを乞(こ)うような顔になりやがった。

 

助けてほしいなら、助けてやりたいが、

おれみたいな立場から、

どういう接し方で、星崎を救えばいいんだーー。 

 

「(首を大げさに振って)

 ううん、やっぱいい。

 今のは忘れて。

 

 これは、自分の”課題”だから。

 レポートの課題なんかより、100万倍難しいけど、

 自己責任。」

 

「(ふー、とため息ついて、)

 そっかそっかー。

 

 ひとつアドバイスだ。

 真面目になりすぎるんじゃねーぞ。

 

 以上」

 

 

・何も言い返せない星崎

 

 

「いやな、『自己責任』って言葉まで持ち出してきたからさ。

 だから、少し心配になったんだよw」

 

 

・恥じらうような顔で、何も言い返せない星崎

 

 

 

 

× × ×

 

・キャンパスを出た

 

ーーちょっと、派手にやりすぎたかな。

 

星崎は、おれをビンタで張り飛ばすぐらい攻撃的なのが、ちょうどいい気がする。

 

(*'д'c彡☆))Д´)パーン ってなw

 

べつにマゾとかそういうのじゃなくってーー 

 

× × ×

 

おや?

 

あそこに立ってるの、藤村だよな、たぶん。

 

 

 

あ、

おれに気付いたらしく、こっちに向かってくる。 

 

『ずいぶん都合よく出会うものだねえ、戸部』

 

「キャンパスが近いからだろ。

 でもきょうは、不自然に都合がよかったな」

「ねー」

「誰のせいでこんな不自然なんだろうか」

「ねー」

 

「偶然会ったついでに、お茶していかない?」と、

おれをカフェに誘う藤村。

 

エクセルシオールでいい?」

「どこでもいいよ」

「そっけないねー。

 どこでもいいんだったら、いっそアキバのメイド喫茶にでも行ってみる?」

「アホ。」

ちょっと! わたしの頭叩かないでよ!! 暴力反対

「こういうのは叩いたうちに入らない」

「言い訳しない💢」

「はいはい。

 

 ーーPRONTOに行くか」

「え」

「気が変わったんだ。

 気が変わったついでにーー

 PRONTOに行くけど、おれがおごってやる」

 

 

× × ×

 

テーブルを挟んで向かい合うおれと藤村。

高校時代から、こうやって向かい合うのには慣れてるから、べつに互いに気にしない。

 

ただ、藤村が変わった気がする。

変わったというのは、具体的に言うと、

髪が長くなった。

 

ショートヘア…だったよな? こいつ。

女子の髪型のことは、到底わからん。

だけども、今の藤村は、もはやショートヘアとは呼べないくらい…、

髪が伸びた。

 

「愛ちゃんに紹介された美容院に行くようになったの」

「(^_^;)は、はあ」

 

おれの思考読んでるのかよ。

 

「(頬杖つき、伸びた髪をつまみつつ、)

 知ってる? 『アリア』っていうお店」

「知ってるよ、あすかも行ってるから。

 美容師さんが邸(うち)に来たこともあるし」

「サナさん? もしかして」

「そ、サナさん。

 酒を飲みまくって帰っていった」

「へ~」

 

・頬杖つき、伸びた髪を指でもてあそびつつ、微笑む藤村

 

「……」

「ん?

 どーした戸部?

 

 もしかして、ドキッときた!?w」

「…きてねーよ」

「ふーーーーーーーーーーーーんww」

「ただ……」

「……?」

「ちょっち、気がかりなのは、」

 

・頬杖をつくのをやめる藤村

 

「気がかりなのはだな、

 

 (少し間をもたせて、)

 

 高2のときの『アレ』みたいに、おまえがおかしくなってしまわんだろーか、ってことだ」

 

 

「ーーなにそれ。唐突すぎるでしょ」

 

 

すまん。

 

藤村。

 

わかっちまったかもしれない。

いや、わかっちまったんだ。

 

おまえの変化の、裏事情、ってやつが……。 

 

「藤村、

 おまえさ、いまーー」

 

 

・ごくん、と息を呑む藤村

 

 

「ーーーー、

 

 やっぱやめとくわ。

 こんなとこでする話でもないし」

 

「わかっちゃったんだね」

「ああ」

「わかっちゃうんだね、けっきょく、戸部にはーー」

 

 

「ひとつ言っておく。

 できれば、今から言うこと、憶(おぼ)えておいてくれるとうれしい」

 

・背筋をただす藤村

 

「もし、

 もしな、

 ーー残念なことがあって、

 絶望的な気分になったときは、

 

 ーーおれの邸(いえ)に来い。

 

 ……わかったか」

 

 

「(ほころんだ顔で)

 …パパみたい、戸部。

 

「……こういう態度は、おれの自己満足かもしれんけど」

 

「強いよ、戸部は…」

「ど、どーゆー意味だ??」

 

手櫛(てぐし)で、伸びた髪を整え、

藤村は、くすり、と笑うだけだったーー。