【愛の◯◯】教師への態度が◯◯な女子

 

放課後。

例によって旧校舎の「第2放送室」に篁(タカムラ)かなえと居るんだが、

「顧問が欲しいよね」

とタカムラがいきなり言い出したので、ビビる。

「と、唐突だなタカムラ。ビックリしちゃったぞ」

「なんでビックリするの? できるだけ早く顧問の先生付けなきゃでしょ」

まあ、それは、確かに……。

「アテはあるのか。おれたち入学したばっかりだし、まだ先生のコトよく知ってないよな」

「アテならあるよ」

「どの先生だよ?」

「英語の守沢(もりさわ)先生」

「守沢先生? なぜ」

「彼、新任教師でしょ? 授業で言ってたんだよ、『まだ受け持つクラブ活動が決まってない』って」

「へえ。そんなコトもあるんだな」

「まだどこの顧問にもなってない今が狙い目だよ」

言うやいなやタカムラが勢い良くパイプ椅子から立ち上がった。

「わたし職員室に突撃する」

突撃って、おいおい。

豊崎(とよさき)くんは留守番ね」

 

× × ×

 

タカムラが職員室から守沢先生を「第2放送室」に連れてきた。

タカムラの行動力は認めるが、行動力があり過ぎるのも困りものだ。

絶対、守沢先生を強引に引っ張ってきたんだろ。

守沢先生の顔が青白く見えるぞ。

 

3人ともパイプ椅子に座っている。

おれから見て左斜め前がタカムラ、右斜め前が守沢先生。

「――で、守沢先生は、わたしたちの顧問になってくれますよね!?」

タカムラの先制攻撃だった。

先制攻撃を食らった先生は驚き、あんぐりと口を開けている。

「おいタカムラっ、いきなりそれは無いだろ」

「それってどれ? 豊崎くん」

タカムラはおれの顔を見ないでそう言って、先生に迫るように、

「わたし守沢先生のコト、もうかなりインプットしてるんですよ」

と不穏さタップリのコトバを発したかと思えば、

「フルネームは守沢直樹(もりさわ なおき)。秋田県出身。教育学部の英語英文学科を出たばっかりのフレッシュティーチャー」

「おいおいおいタカムラ。おまえ先生の出身大学も知ってそうでコワいぞ」

「知ってるけど、豊崎くんは黙ってて」

知ってるのかよ!!

 

非情なタカムラによって、守沢先生の出身大学までも明るみに出されてしまった。

「……タカムラさん」

守沢先生は弱った声で、

「ぼく、授業とかで出身大学なんか話した記憶無いんだけど」

「大学時代のサークルは何だったんですか?」

会話の文脈などお構い無しにタカムラが質問を浴びせる。

なんだコイツ。

目上の人間の個人情報ほじくるのが好きなのか!?

可哀想な先生は弱々しく、

「いちおう、『漫研ときどきソフトボールの会』ってのに入ってたんだけど……あんまり行ってなかったし、幽霊会員みたいな存在だったと思う」

好き勝手なタカムラが、腕を組み、うなずきながら、

「それはダメですねえ」

と言った。

「こ、コラッ、タカムラっ!! 失礼だぞ」

慌てておれは叫んだ。

コイツがこんな態度のままだと、守沢先生に顧問になるのを拒否されてしまう……!!

首をふるふる振った守沢先生が、

「いいんだよ豊崎くん。ダメなのは事実なんだから」

認めちゃうんですか!?

「大学のサークルだけじゃなく、中学高校の部活でも、ずっと影が薄くてさ……」

そ、そんな消え入りそうな声で哀しいコトを言わないで……!!

「中学高校ではどんな部活を? 運動部ですか? それとも文化部?」

「やめろタカムラ!! 先生の傷口を広げるような真似は許さない」

腰を浮かせておれは無礼な同学年女子を抑え込もうとする。

豊崎くんってそんなに守沢先生のコト好きだったんだね」

「なにを言い出しやがる」

「先生!!」

おれに取り合わないタカムラ。先生を追い詰めていくタカムラ。

ついに、

「先生の英語の授業、もっと面白くならないんですか!? ぶっちゃけ、先生の授業、つまんないです」

右拳を硬く握っておれは立ち上がる。

「なに豊崎くん。わたしをグーで殴りたいの」

「そのつもりは無い。そのつもりは無いが……」

「なにがしたいのか理解できないよ」

ああ、そうだな、タカムラよ。

握った右拳の行き場所が無い。

無いんだが、せっかく「グー」を作ったからには……。

「タカムラ」

「なに?」

ジャンケンだ。おれとジャンケンをするんだ」

 

 

 

【愛の◯◯】野望の『紅白』

 

放課後だ。

今日も旧校舎の「第2放送室」に来ている。

昨日入手したノートパソコンをスタジオのほうに移動させて、同じ1年男子の豊崎三太(とよさき さんた)くんと共に、『KHK(桐原放送協会)』が過去に制作したテレビ番組を観ようとしている。

スタジオには『引き継ぎノート』も持ってきた。

KHKのOG・OBが遺してくれたノートだ。KHKの「遺産」である。

KHKを蘇らせたい後輩が現れた時のために、番組制作その他いろんなノウハウをOG・OBの方々が書き残してくれている。

豊崎くん。今日は、この引き継ぎノートに眼を通しながら、過去のテレビ番組を観ていこうね」

「タカムラ」

「なあに」

「引き継ぎノート読みながら映像も観るって、器用過ぎないか?」

「なに言ってるのっ。わたしたちにはあまり『ゆとり』が無いんだよ。KHK復活のためには急がなきゃ。いくつかの作業を同時並行でやらないと、あっという間に夏休みになっちゃうよっ」

「だからって、急ぎ過ぎは禁物だろ。ほら、知らないか。『急(せ)いては事を仕損じる』ってことわざが――」

わたしは豊崎くんの頭に引き継ぎノートを被せた。

 

× × ×

 

ふたり隣り合って過去番組映像を視聴しているのだが、ノートパソコンの小ささゆえか、なんだか窮屈だ。

「ねえ、なーんか窮屈じゃない?」

「なにが窮屈なんだよ、タカムラ」

「キミとふたりでこのパソコンの画面見てると、わたしに余裕が無くなっていく」

「もうちょい分かりやすく」

豊崎くんの要請に応じず、黙って引き継ぎノートを彼に手渡し、

「キミは画面見るのやめて、このノートを熟読しといて」

「作業は同時並行じゃなかったのか?」

「予想以上にノートパソコンの画面が小さかったんだよっ! やりかたを変えざるを得ないのっ」

「タカムラってさあ」

「なに」

「なんというか、強引だよなぁ。中学時代から、運動会とか文化祭とかで、同級生を無理やり引っ張ってそう。強引なリーダーシップでもって」

「バカッなにゆーの豊崎くん。おこるよ!?」

「図星なのか?」

わたしはジッとノートパソコンの画面を凝視する。

その一方で、ココロの中では豊崎くんを厳しく睨みつける。

中学時代のあれやこれやに関しては黙秘を貫く。

「おいおい。タカムラおまえ、生徒が授業を聴いてくれなくて教壇の上でスネちまった先生みたいになってんぞ」

「なにその学級崩壊!?」

わたしは画面に向かって叫ぶだけ。

 

× × ×

 

2022年の2学期終業式の日に行われた『KHK紅白歌合戦』の映像を観ている。

ノートを読むのに飽きたらしく、豊崎くんが背後から、

「タカムラ先週言ってなかったか? 『KHK紅白歌合戦を復活させたい』っていう『願望』があるって」

「あるよ」

羽田利比古(はねだ としひこ)センパイがほぼ独力(どくりょく)で企画して開催した『KHK紅白歌合戦』。第1回だけで打ち切りになるのは惜しい。わたしが在校する3年間で、第2回・第3回・第4回と回を重ねていきたい。いや、『重ねていきたい』じゃない。『絶対に重ねていく』んだ。

また背後から豊崎くんが、

「おまえは『紅白歌合戦』みたいなイベントに熱い想いを抱いてるみたいだけどさ」

「……なに?? 豊崎くんはもしや紅白歌合戦否定派??」

「否定してるわけではない」

彼はいったんそう言っておいてから、

「ただな。令和なんだよ。2020年代なんだよ。時代は、紅白歌合戦じゃなくって、ロックフェスとかじゃねーか?」

わたしは、反論。

「ロックフェスだってもう『伝統』でしょ!? 例えば、フジロックが始まったのって、わたしたちが産まれるずっと前だよ!? 1990年代からある。『令和だから2020年代だからロックフェスだ!!』っていう理屈なんか、通用しないよ」

「だけどさ、『紅白歌合戦』ってタイトル自体、昭和臭が充満してるみたいじゃねーか」

わたしはピリピリと、

「きっと利比古(としひこ)センパイには意図があったんだよ、わざわざ『紅白歌合戦』っていうフォーマットを使うコトの意図が」

「フォーマット、ねえ」

聞き分けの無い豊崎くんは、

「おれはロックフェスのほうが良いな~。サマーソニックもじって、『桐原ソニック』とかさ!」

すぐにわたしは豊崎くんに振り向いた。

豊崎くんって……」

「な、なんだよタカムラ!? 苦い顔しやがって」

「ダサい」

「は!?」

「ダサいよね。マジでダサい。わたしがなんでダサいと思うのか、自分の胸に手を当ててよーーく考えてみてよっ」

うろたえまくる豊崎くん。

最近の男子高校生は、自らのダサさに向き合えない。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】KHKを蘇らせたくて

 

放課後。

旧校舎の「第2放送室」にノートパソコンを運び込んだおれ。

篁(タカムラ)かなえがパイプ椅子から立ち上がり、ノートパソコンに近付き、

「なんでこのパソコン明智(あけち)先生が保管してたんだろうね。KHKの顧問じゃなかったのに」

おれは、

「一昨年(おととし)の『KHK紅白歌合戦』の総合司会だったろ、明智先生。それでKHKとの繋がりが深くなったから、パソコン預かってたんじゃねーの?」

「おー」

タカムラは感心したように、

「確かにそうだよねえ! 豊崎(とよさき)くん、案外アタマの回転速いんだね」

余計な漢字二文字が付けられてた気がするんですけど。

「おれが特別アタマの回転速いワケじゃない。これぐらいの推理なら、おれじゃなくたって可能だ」

タカムラがいきなりノートパソコンを開いた。

「このパソコンに入ってる『ランチタイムメガミックス』の音源、2022年度までのなんだよね? まだ『(仮)』が番組タイトルに引っ付いてた頃」

そう言いながらタカムラはパソコンをいじくり始めている。

昨年度、すなわち2023年度の『ランチタイムメガミックス』の録音データが入ったパソコンは放送部が所持している。

問題は、おれとタカムラが放送部の人たちとまだやり取りできていないコトである。

「いずれは放送部にも出向かないとねー」

とタカムラ。

音声がパソコンから流れてきた。

タカムラが『ランチタイムメガミックス(仮)』の音源を再生し始めたのだ。

「聴くよ。豊崎くん」

そう言ってタカムラはパイプ椅子に座り、脚を広げる。

おれもミキサーの近くにあったパイプ椅子に座る。

少しだらしない格好の同学年1年女子・タカムラと向かい合う構図。

おれとタカムラの距離は約5メートル離れている。

 

『板東(ばんどう)なぎさ』センパイがパーソナリティだった時期の録音と、『羽田利比古(はねだ としひこ)』センパイがパーソナリティだった時期の録音を1つずつ聴いた。

 

タカムラは聴き比べた感想を言う。

「なぎさセンパイのほうがお上手だね。彼女のほうがアナウンサーっぽい。利比古(としひこ)センパイのほうは素人っぽい。喋るのに慣れてない感じする」

おおむねタカムラに同意だった。

なので、

「意外に意見が合うもんだな。なぎさセンパイのほうが上手(うわて)だ」

「ねーねー」

いきなり前のめりになったタカムラが、

「利比古センパイ、ラジオ番組でのお喋りは不得意だったみたいだけど」

と言い、ニヤけた表情で、

「すっごくモテてたみたいだよ、彼。とんでもないハンサムで、日常的に下駄箱にラブレターが入ってたんだって」

「どっからゲットしたんだよ、そんな情報」

「現代は情報の伝達速度がとっても速いんだよ」

タカムラがだんだん面倒くさい女子になってきている。

「伝達するプロセスで、情報が『盛られ』たりするんじゃねーのか? 『日常的に下駄箱にラブレター』って、信ぴょう性あるんかいな。それこそ『盛られ』てると思うが」

豊崎くん、『信ぴょう性』なんてコトバ、良く知ってたねえ」

「ば、バカにすんなタカムラ。もう高校生なんだぞ」

黒髪ストレートのタカムラは右手で頬杖をつき、ジワッ、とおれに視線を流し込んでくる。

もう高校生なのだが、こういう女子の仕草には慣れていないので、ちょっと焦る。

それからタカムラは、

豊崎くんがKHKを復活させたい理由、『ランチタイムメガミックス』みたいな校内放送をやりたかったから、なんだよね?」

「校内放送やりたかったから、だけじゃないけどな」

「でも校内放送は大きな理由でしょ」

頬杖をやめたタカムラは背筋を伸ばす。

「『ランチタイムメガミックス』を引き継いでいくのなら、豊崎くん、キミがパーソナリティになるのが筋(すじ)ってモノだと思うんだけど。果たしてキミに務まるのかな」

制服スカートのすぐ上の辺りで腕組みするタカムラ。

「『信ぴょう性』ってコトバ知ってたし、ボキャブラリーは心配ないかも、だけどさ。さっきの録音聴いて分かった通り、フリートークの技術が必要だよ?」

タカムラはさらに、

「いきなり『おれが『ランチタイムメガミックス』やりまーす!!』って宣言したとしても、キミが番組で即座に上手くお喋りできるとは思えない。もし放送中に黙りこくったりしたら、放送事故で問題になっちゃうよ」

腕組みを続けたまま、

「そこんとこ、どーなの!?」

困って弱ったおれは、

「……」

と、なんにも言えなくなる。

「黙っちゃうんじゃん。『放送事故』じゃん」

つらくなって、タカムラと眼を合わせられず、微妙すぎる空気が数分間流れる。

……苦し紛れに、

「タカムラ。おまえは、どうよ」

「はぁ!?」

漫画だったら『怒りの筋のマーク』がタカムラの頭部に付いているコトだろう。

キレさせてしまった。

「キミもしかして、わたしにパーソナリティをしてほしいとか思ってる!? 責任転嫁!?」

ふたたび、苦し紛れに、

「かしこいんだな、タカムラ……。『責任転嫁』ってコトバを知ってるとは」

がばああっ! とタカムラが立ち上がってしまった。

ずんずんとおれの座る場所に接近。

両方の腰に手を当てて、座りっぱなしのおれに顔を近付けてくる。

15年間の人生で初めてのシチュエーション。

「たっ、タカムラさん!?!? 距離、詰め過ぎてない!?!?」

「詰め過ぎじゃないよ。キミが消極的過ぎるだけ」

「……胃が、痛くなってきた」

「なにオヤジ臭いこと言ってんの!? 15歳男子に胃薬なんか必要ないでしょ」

確かに……。

確かに、そうなのかもな。

 

……タカムラ。
おまえの勢いに、完敗だよ。
向こう1年間、おまえには勝てそうに無い……。

 

 

 

【愛の◯◯】その『存在』を明かされて

 

ハァーイ。

私、川口小百合(かわぐち さゆり)。

大学1年生。まだ18歳。

大学でのお勉強にも徐々に慣れつつある。

さらにはサークル活動も始めて、順風満帆。

 

日曜日だけどキャンパスに出向く。

学生会館の中に入っていく。

私が入会したサークルは音楽鑑賞サークルの『MINT JAMS』。

サークルのお部屋の入り口近くには依然として新入生歓迎のしょぼいポスターが貼ってある。

こんなしょぼいポスターでは上手に新入生を招くことはできないと思う。

稚拙な新歓活動。

それでも私はこのサークルに入った。

理由は複数ある。

複数ある理由の中身は追い追い明らかになるはず。

 

入会理由は敢えて伏せておいて、お部屋の中に入っていく。

ムラサキさんが居る。

事実上幹事長ポジションの4年生男子だ。

167センチの私より背が低く、声変わり前の子どものように声が高い。

そんな可愛らしいムラサキさんが立ったままノートPCとにらめっこしている。

ノートPCからは日本語楽曲。

「やあ川口さん。日曜なのにスゴいね」

私ではなくPCに眼を凝らしてムラサキさんは挨拶……。

「『日曜なのにスゴいね』ってなんですか。意味分かりません」

新入生たる私の辛辣なコトバに彼は苦笑するだけ。

「あと、『川口さん』呼びより『小百合さん』呼びのほうが良いんですけど」

「そーなの? じゃ、『小百合さん』って呼ぶね」

「よろしくお願いします」

気になるのは、

「ムラサキさんは一体なにをしてるんですか?」

「1994年の日本のヒット曲を聴いてるんだ」

94年って30年前でしょ。

私もムラサキさんも産まれてるワケ無い。

「94年オリコン年間チャートの1位から順番に聴いてる最中」

うわぁ……。

「ムラサキさんってかなりのオタクだったんですね」

「よく言われる」

「ココロに留めておいたほうが良いと思いますよ、『オタクに寛容な人は案外少ない』ってコト」

「辛口だね小百合さん。このサークルの女子の伝統なのかな」

なんでしょーか、それは。

 

× × ×

 

ようやく椅子に腰掛けたムラサキさんが、

「今日はアツマさんが来てくれるよ」

「え!! ほんとうですか!?」

嬉しくて思わずパイプ椅子から腰を浮かせてしまう私がいた。

「そ、そんなに嬉しいの」

ムラサキさんには答えてあげずに、パイプ椅子に座り直してスカートを整える。

「アツマさんはいつ来られるんですか」

「約30分後。でも、ひょっとしたら遅れるかもしれない」

「遅れるかもしれないのは、なぜ?」

不可解にもムラサキさんは咳払いし、それから、

「アツマさんって『ふたり暮らし』なんだよ。ふたり暮らしのパートナーと部屋のお掃除していて、長引くかもしれないんだって」

えぇっ。

ふたり暮らし。パートナー。

それはすなわち。

「……恋人がいるんですね」

若干ニヤつき気味にムラサキさんが頷いた。

なんですかその顔。

 

× × ×

 

愛さん。羽田愛さん。

ムラサキさんと同い年。

つまりは今年22歳になる女性(ひと)。

私よりも3つ上のお姉さん。

 

私の胸の鼓動がジワジワと速くなっていた。

不安めいたモノが胸の奥に芽生えているのも否定できない。

ムラサキさんの語りをどこまで信用して良いのかわからないけど、ものすっごくスペックの高い女性(ヒト)だというコトだ。

私の母校でもある高校で伝説を残したアツマさん。

レジェンドに釣り合う存在なのならば……。

 

まだ見ぬ『彼女』に向かう意識が過剰になっていく。

その過剰な意識を抑え込み切れなくなってきた時、私の背後で『ガチャリ』と音がした。

アツマさんが来たのだ。

過剰に伸びる私の背筋。

 

× × ×

 

「愛のヤツが完璧主義でさー。『ホコリが取れてない!!』って、本棚の掃除やり直しさせられて」

「愛さん、本棚にはこだわりますよね。読書家なんだし」

「本棚が整ってないとギャーギャーうるさいんだよ。『おまえ怪獣かよ、ゴジラかよ』って感じ」

「すごい喩えですね」

「あんなに容姿端麗なオンナに『ゴジラ』は似合わないかもしれんがな」

 

アツマさんとムラサキさんがやり取りしている。

アツマさんが愛さんのコトを「容姿端麗」と形容した。

美人なんだ。

心臓をチクリ、と針で刺される。

 

「ん? 小百合さんずーっと下向いてないか? もしや気分でも悪いんじゃ」

 

アツマさんの声だった。

カッコ良くて張りのある声。

カッコ良くて張りのある声で調子を心配されてしまった。

調子を心配されてしまったから一気に恥ずかしくなってしまう。

 

「学生会館って保健室みたいなトコあったっけ」

 

や、やばいやばい。

アツマさんに心配されまくってる。

事態があらぬ方向に展開してしまうのをなんとしてでも避けたい。

だから私は慌てて立ち上がる。

アツマさんの顔を見ることができないまま、

「ほ、保健室とか、きゅ、救護室とか、そんなトコ行く必要も無いです。……まにあってます」

「『まにあってます』?? 一体なにが間に合ってるの」

ムラサキさんは黙っててください。

「たはは。ムラサキおまえ、睨みつけられてるんじゃねーか」

アツマさんが笑う。

その笑い顔をちょっとだけ見てから視線を外す私に、

「元気な子が入会してくれて、良かったな」

というアツマさんの明るい声が食い込んで、体温が上昇するのを避けるコトができなくなって、できなくなって……!!

 

 

 

【愛の◯◯】旅の恥は……

 

「アツマくん、今日は短縮版よ」

「マジかー」

 

× × ×

 

「『中の人』の3日間に渡る取材旅行を経て、めでたく更新再開」

「でも、初っ端から短縮版なんだな」

「仕方ないわよアツマくん。土曜日なんだから」

「なんで土曜日になるといつも短縮版なのか?」

「わたしに訊かないで」

「ちぇっ」

 

「地の文無いから状況説明するわよ」

「ご自由に」

「土曜の朝。マンションのダイニングテーブル。わたしとアツマくんは向かい合って朝ごはんを食べている最中」

「朝飯のオカズとか説明せんで良いのか?」

「あなたのほうのオカズがお皿に山盛りだったコトを強調しておけば問題無いわ」

「だが、おれはその山盛りオカズをほとんど平らげてしまった」

「そうね。そして、あなたは4回もご飯をお代わりしている。お米は貴重なのに……」

「愛」

「なによ?」

「食品ロスはダメだろ」

「なにそれ? 残ったお米を捨てるワケでも無いんだから、食品ロスは関係ないでしょ」

「いいや、ある」

「ただ単に食欲が旺盛過ぎるだけなんじゃないの?」

「確かに。愛、おれは自分の食欲の過剰さを受け入れて、5回目のご飯お代わりをする!!」

「う、受け入れちゃダメよ。『節制』ってコトバ知らないの」

「節制は明日でもできる」

「どうしてあなたは朝の時点でツッコミどころ満載なの……」

 

× × ×

 

「はぁ」

「溜め息つくんじゃない、愛ちゃんよ」

「アツマくんのせい」

「ごめん」

「……食べ終えたんでしょ? 『ごちそうさま』を早く言って」

ごちそうさん

「……」

「なんだどーした」

「『中の人』が取材旅行に行った。あの人は旅行するコトがしばしばなんだけど、わたしたちってあまり遠くに旅行しないのよね」

「大きな旅行といったら、5年前の関西旅行や2年前の山陰旅行ぐらいか」

「どっちも楽しかったわよね。5年前は、わたしとあすかちゃんの『修学旅行』も兼ねていた。2年前は、あなたの卒業祝いという意味合いもあった」

「懐かしさがある」

「2年前は、あなたとふたりきりの◯◯な旅だった」

「その◯◯にはなにが入るんだ」

「フフフッ」

「お、おい!! 不気味な笑みはやめろ」

米子駅からタクシーに乗ったでしょ?」

「の、乗ったが」

「運転手さんに『新婚旅行』って言われた。言われた瞬間は恥ずかしかったけど、今ではすっかり良い思い出ね♫」

「そんなハプニングもあったな……」

「詳細は過去ログで♫」

「おまえ過去ログそんなに漁(あさ)られたいんか」

 

 

 

【愛の◯◯】駆け引きで背中が冷える

 

午後2時ピッタリにお邸(やしき)に川又ほのかさんがやって来た。

 

小さめのリビングでぼくと川又さんは向かい合う。

ぼくはソファに座ってCM雑誌を読み、川又さんはテーブルの前に腰を下ろしてホットコーヒーを飲んでいる。

「利比古くん、このコーヒー美味しい」

彼女がそう言ってきたので、ぼくはCM雑誌を脇に置く。

「利比古くんが豆を挽いて作ったんだよね。なかなかやるねえ」

「豆が良かったんだと思います」

「素材だけの勝利じゃないと思うよ」

コーヒーカップ片手に彼女はニコニコと、

「アツマさんが作ったら失敗してるよ。利比古くんだから成功したんだよ」

「そ、それはどーでしょうか。アツマさんは喫茶店員ですから、失敗ということは無いんでは」

「失敗するったら失敗するのっ!」

ええぇ……。

「……川又さん、いつもより攻撃的ですね」

「そんなことないよ!」

前のめりの彼女。

右腕で頬杖の彼女。

明るい笑顔の彼女。

「ねーねーねー」

すごい勢いで彼女は、

「利比古くんの部屋に行こうよー」

部屋に入られたとしても、不都合なことは無い。

定期的に掃除はしているし、キレイな部屋のはずだ。

見られたらマズいモノは皆無だと思う。

川又さんが部屋に来たコトは何度もあるし。

彼女との『つきあい』も長いのだ。

『つきあい』は、言い換えれば、『交際』、か……。

「もうっ。ボーっとしてないで、わたしをあなたの部屋に行かせてよっ」

彼女が怒り出す前に、

「分かりました。行きましょう」

 

× × ×

 

「掃除してるんだね。整理整頓行き届いてるね。変な本も落ちてないね」

『変な本』?

「川又さん。『変な本』ってなんですか」

若干不埒な目線でぼくを川又さんが見てくる。

彼女の微妙すぎる微笑。

『変な本』の具体例が思い当たってしまい、永遠に下を向き続けたくなってしまう。

「としひこく~ん。あなたも今年でハタチなんでしょ~~??」

テンション高いですね……。

ただ、勢いがあらぬ方向に向かってる気もしますが……。

 

やはり永遠に床を見続けるワケにはいかないので、目線を上昇させ、ベッドに腰掛けた。

そしたら、立って部屋の様子を眺め回していた川又さんが勢い良く近づいてきて、ぼくの左隣にポスン、と腰掛けてきた。

隣同士。

近い。

「今日、あすかちゃん、どーしたの?」

エッジの利(き)いた発言が彼女の口から出てくる。

「あすかさんですか?」

「あすかちゃんの本日の動向」

「んっと、今は大学に行って普通に授業受けてまして、授業後はお友達のお家(うち)にお泊まりで……」

「お泊まりするんだ!!」

「は、ハイ」

「お友達って、だあれ!? たぶんわたしその娘(こ)知らない」

「そこは……プライバシー尊重というかなんというか」

「残念」

『残念』と言ったものの、彼女の勢いは衰えず、

「そっかそっかそっか。ってことは、あすかちゃん今日は邸(ここ)に帰って来ないんだね!」

「そうなりますけど……」

「好都合♫」

 

な、ななっ。

ななななっ。

 

あすかさんが不在。

だから、好都合。

 

まさか。もしや。

 

「……川又さん。あなたの考えが徐々に呑み込めてきました」

「呑み込めたのなら教えてよぉ」

しかし、ぼくは首を横に振って、

「胸の奥にしまっておきます。やっぱり」

「え、利比古くんズルい」

触れんばかりに肩を寄せてきた川又さんが、

「わたしのほうが年上なんだよ!? なにを呑み込めたのか教えてくれないとフェアじゃないよ」

「し、しかし」

「むぅーーっ」

遊ぶように川又さんはむくれる……。

逃げるように腰を上げて、

「お、音楽でも聴きません!? 川又さんはジャズがお好きでしたよね!? ちょうどぼくの姉から、『これは聴きなさい!』って、CDを渡されていて」

「なんてタイトルのアルバム」

訊かれたから答えると、

「それ、今までで10回以上聴いてるんですけど」

と返されてしまう。

彼女の明るく元気な笑顔がツラい。

ハービー・ハンコックは多作だから、そのアルバムよりもずっとマイナーな音源の中にも良いのがいっぱいあるし」

彼女も立ち上がり、まっすぐにぼくに近づき、

「音楽よりも利比古くんだよ」

背中にタラリと垂れる冷や汗。

埒(ラチ)があかないレベルがMAXに近づく。

「か、かわまたさん。す、すこしおちついて」

「そっちこそ。」

 

うううっ……。

冷や汗ダラリの背中に、彼女が両腕を伸ばしてくる……!!

 

 

 

【愛の◯◯】不都合なオープン科目

 

大学の授業が始まったから、文房具を買いたい。

そこで、早大通りにある某・文具店に行ってみることにした。

その文具店は大隈講堂からかなり離れた場所にある。

戸山キャンパスからお店までかなり歩いた。

距離はあるけど、『品揃えがとても豊富』という評判だから、期待して自動ドアの向こうに入っていく。

ちなみに、品揃えの豊富さに加えて、『名物店員がいる』という評判もある。

どんな店員さんなんだろう。

 

まず、ボールペンの棚に向かう。

なにはなくとも筆記用具。

棚に近づくと、おびただしい数と種類のボールペンが陳列されているのが眼に入った。

が、しかし。

眼に入ったのは、大量に陳列されたボールペンだけではなかった。

ボールペン棚の前に、学ランを腕まくりした男の人が立っていたのだ……!

 

ええっ。

ビックリ。

噂の名物店員さん……じゃ、ないんだよね??

普通、文具店の店員さんが学ランコスプレなんかしないでしょ。

だったらこの人なんなの。

学生!?

たしかに、あたしたちの大学、『バンカラ』のカタカナ4文字がイメージとして浸透してる大学だけど。

でも、学ランで通学するなんて、ほんのひと握りでしょ。

まさかこの人、『ほんのひと握り』の内に入るってコト?

しかもこの人、腕まくりしてるし。

バンカラってレベル超えてるよ。

令和なのに、この人の周囲だけ昭和空間……!

 

眼が離せなくなったあたし。

あたしの存在に向こうが気付いたらしく、眼と眼が合った。

時代錯誤な学ラン男子学生(?)は、あたしに配慮して、立つ場所を少しずらして、ボールペン棚の前にあたしが立てるようにしてくれる。

でも彼が作った空間には近寄れない。

気恥ずかしさというより、困惑。

あっちから、

「きみの邪魔してすまなかったね」

と声を掛けてきた。

「こ、こちらこそ、すみません。なんかあたし、ジロジロ眺めてるみたいになって……」

下向き目線になって、会話の相手もボールペンもマトモに見られない。

どうにもならないあたしに、

「きみ面白いねえ。新入生?」

という声が降りかかってくる。

軽いノリで訊かれた。

こんなにバンカラなのに、現代風のチャラさも!?

 

× × ×

 

なんと学生証を見せて自己紹介してきた。

篠崎大輔(しのざき だいすけ)さんというらしい。

4年生。

泣く子も黙る政経学部である。

政経学部だということは、あたしとはキャンパス違い。ひとまずホッとする。

だがしかし。

ホッとするのも束の間、

「実は、次の授業、文キャンなのだよ~~」

と、不都合すぎる事実を、篠崎さんはあたしに直撃させてくる。

背中がヒヤリ。

153センチのあたしよりもだいぶ背の高い長身男子だから、威圧感があたしの全身を覆ってくる……。

というか、『文キャンなのだよ~~』って、どういう言い回し!? 昭和の言い回しっぽくない!? この男子(ひと)、21世紀生まれなんだよね!?

文キャンに出向くということは、オープン科目。

この上なく不都合なことに、あたしが次に出席する授業も、オープン科目……!

これは、つまり、

「あのっ。しのざき……さん?? あたし、文構の1年なんですけど、も、もしかして……」

 

× × ×

 

ビンゴだった。

あたしはこのあと、この男子(ひと)と同じ空間で授業を受けることに。

 

× × ×

 

名物店員らしき人には出会えずじまい。

名物店員さんの代わりに、奇特な男子学生がついてきた。

ついてきた、というのは、次の授業に向かうために、あたしの横で奇特な篠崎さんが歩いている、というコト。

まさか、『同じ授業なんだし、隣の席座ってもいい?』とか言い出さないよね。

そうなったら、彼が必然的に注目を浴びるせいで、あたしまで注目の的になっちゃうよ。

 

「日高ヒナさん」

 

あたしの名前をフルネームで呼んだのは、真横の奇特な篠崎大輔さんだった。

腕まくりの学ランをマトモに見れず、

「なんでしょうか」

と警戒を強めながら訊く。

「俺は教場でいちばん前に座るつもりだが、日高ヒナさんは俺と距離を取って全然構わないからね」

奇特な言い回し。

またあたしのコト、フルネーム呼びしてきた。

言い回しが奇特に加えて不自然だ。

あたしが注目の的にならないようにする配慮は感じることができた。

だけど、依然として不穏さは残る。

 

× × ×

 

「きみの『日高ヒナ』という名前だが」

ものすごく不都合にも信号待ちをする羽目になった某・交差点で、いきなり篠崎さんが声を発した。

「良い名前だ」

と言ってきて、さらに、

「『日高ヒナ』。リズム感がある」

と言ってくる。

リズム感ってなに。

どういう感性なのこの男子(ひと)。

そもそも、学ランを腕まくりして登校する時点で、別の世界を生きてるみたいな感性の持ち主なのは明らかなんだけど。

 

信号が青になった。

あたしと篠崎さんが受ける次の授業は、ジョルジュ・バタイユっていうフランスの思想家を取り上げるモノ。

篠崎さん、どういう興味で、こんな科目を選んだのやら……。

 

 

 

【愛の◯◯】唐突に志望大学を打ち明ける葉山

 

ポヤ~ンと朝飯を食っていたら、

「眠いの!? アツマくん」

と、向かいの席の愛から罵倒が。

「だってまだ起きたばっかだし」

「とってもストロングなコーヒーを飲ませなきゃダメみたいね」

「えっコワい」

「こわくない!!」

はいはい。

分かったから、テーブルを叩かないで。

 

で、食後のコーヒーとなったワケなんだが、

「アツマくん、わたしを見て」

「? なぜに」

「告知があるの」

なーんかイヤな予感がするぞ。

「またもや、ブログの管理人さんが取材旅行に行くので――」

「更新お休みしまーーす!! ってか」

「そういうコト」

奴(ヤツ)も懲りねーな。

4月10日から12日までの3日間、更新お休みよ

「ふうん」

おれはコーヒーを啜(すす)って、

「ちょうど良いんじゃないのか? ほら、記事を書き続けてると、キーボードだとかマウスだとか、機器が消耗するだろ」

「あなたらしくない眼の付けどころね」

「それどーゆー意味」

「ふふーん♫」

あのぉ。

愛ちゃん?

もう少しマジメにやって??

 

× × ×

 

「ブログ管理人の都合とかに構ってる場合じゃないんじゃねーのか。葉山が邸(ここ)に来るだろ、もうすぐ」

「そうね。出迎えて、おもてなしをしないとね」

「もてなしたあとは――」

「わたしが、葉山先輩の『先生』になる」

 

× × ×

 

でかいリビング。

正方形のテーブルを挟んで、やって来た葉山むつみと愛が向かい合っている。

双方カーペットに腰を下ろしていて、おれは立っているから、ふたりを見下ろす格好に。

「戸部くん上から目線ね」

いきなり葉山の先制パンチ。

「立ってるから仕方が無い」

「あなたも、わたしたちのそばに来れば?」

なにを言う葉山。

「そばに来てどーする。おまえらのジャマになるだけだ」

なにしろ、これから『個人指導』が始まるのだから。

『個人指導』というのは、つまり、

「愛が教師役で、葉山が生徒役。おれの介入する余地なんぞ無い」

「マンツーマン指導だもんね」

と言ったのは愛だった。

「あなたにしては空気読めてるのね」

と付け加える愛。

一瞬ムカッとするが、

「愛。ちゃんと教えてやるんだぞ」

と念を押す。

「分かってるわよ。きりの良いところであなたのスマホに連絡するから、その時は差し入れ、よろしくね」

 

× × ×

 

階段を上がり、自分の部屋に戻る。

窓から青空とプッカリ浮かんだ雲が見える。

ベッドに腰を下ろし、『なにをして待とうかな』と考える。

 

しかしそれにしても。

それにしても、である。

葉山むつみのヤツ、

『大学受験する』

なんて急に言い出しやがるんだもんなぁ。

おれと同学年の葉山は今年の11月で24歳だ。

愛と同じ女子校を卒業してから、あいつはどこにも所属していない。

諸事情というやつである。デリケートな◯◯が絡んでいる。おれもおれなりに配慮してきた……つもりだ。

さすがに無所属が辛くなってきたのだろうか。

大学受けるというコトは、将来の夢でもできたのだろうか。

訊く勇気はあまり無い。

個別指導の先生役を買って出た愛に任せておけば良い。

愛ならば、葉山をきちんと教え導くコトだろう。

後輩が先輩に勉強を教えるという構図も奇妙ではあるが。

 

『愛同様に葉山も女子校時代は成績優秀だったようだが、いったいどんな大学を狙おうとしてるのだろうか』

暇なので、こんなコトも考えてしまう。

葉山の志望大学を探り始めようとしたおれ、だったのだが、ここでとうとうスマートフォンが振動。

 

× × ×

 

葉山の好物は言うまでもなくクリームソーダである。

メロンソーダを入れたグラスに、スーパーマーケットなどではあまり売られていないバニラアイスを乗っける。

あいつにクリームソーダを作ってやるのも何度目か。

何度もあいつのためにクリームソーダを作ってやったおかげで、働いている店でも非常に手際良くクリームソーダやコーヒーフロートなどを作られるようになった。

思わぬところでスキルが向上したのである。

 

葉山がクリームソーダなら、愛はブラックなアイスコーヒー。

もしブラックアイスコーヒー以外のモノを愛に出してしまったら、機嫌を損ねてしまうだろう。

双方が飲むグラスをトレーに乗せて、チョコだとかクッキーだとか適当に深皿にどばぁ、と入れてこれもトレーに乗せる。

 

× × ×

 

「気が利くわねアツマくん」

リビングに来たら愛に言われた。

「いつものようにしてやってるだけだ」

「それが『気が利く』ってコトなんじゃないの」

愛はニコニコしながら言って、

「今のあなたステキよ。素晴らしいわ。寝起きの時とは比べものにならない」

とおれを褒めちぎる。

褒めちぎられた弾みで、愛の顔に見入ってしまう。

不覚。

美しい笑顔に見入ってしまった己(おのれ)を恥じ、まずは葉山の前にクリームソーダを置いてやる。

「良かったわね戸部くん、羽田さんに褒めちぎられて」

「繰り返すが、おれはいつものようにしてやってるだけで……」

「じゃあどうして顔が微妙に赤いの」

「……けっ」

眼を逸らしてしまったおれに、

「クリームソーダ、どうもありがとう」

という葉山の感謝。

「カンペキなクリームソーダね」

は?

「カンペキなクリームソーダって、なに」

思わず振り向くおれに、

「精密機械」

と、葉山は謎の漢字四文字を。

「もっとも、お菓子のほうは、『テキトーに盛っちゃいました』感アリアリなんだけど」

悪かったな。

愛のほうにアイスコーヒーを置きつつ、

「バニラアイスが溶けないうちに早く召し上がりやがれ」

と言うが、声を出して葉山は笑いやがり、

「に、にほんご、ホーカイした、とべくんのにほんご、クラッシュしてる、おかしい、これいじょーベンキョーできないほど、おかしい、せきにんとって、せきにんっ」

と、度を越した爆笑状態になって、おれをからかっていく……。

「アホか。おまえは小学生か。退化しやがって」

「『召し上がりやがれ』なんて言っちゃう戸部くんも小学生レベルよ」

「はぁ!?」

「小学生扱いしないでよ、わたしのコト。せめて中学生が良いわ」

「ぐぐぐ」

「ねえ」

「な、なんだよっ」

「戸部くんは、中学生だった頃のわたしをイメージしたコトって無いの??」

「あ、アホちゃうか。そんな妄想一切せんわ」

「ねえあなた東京生まれの東京育ちよね。どうして関西弁っぽい言い回しになったりするの。こういうコト比較的よくあると思うんだけど」

「葉山の印象に過ぎないんとちゃうか」

「ほらほらほら!! 今のはカンペキに関西弁よ!?」

「は、はやくクリームソーダ賞味しろや!!」

「いいわね、関西弁って」

「葉山……?」

「わたしの志望大学、関西にあるのよ。京都大学っていうんだけど」

 

「!?!?」

 

思わぬ葉山の志望校告白。

トレーが床に落下し、派手な音を立て、おれは棒立ちのままコトバを失い……!!