【愛の◯◯】「真似のできないもの」

「あすかはどうしたんだ」

「とっくにライブハウスに行ってるわよ。

 段取り、ってのがあるでしょーが」

「そうか…おれはバンドとか、やったことないから」

「アツマくんもなんか楽器、やったら?」

「ーーいっそのこと、ピアノ、教えてくれよ」

「やだ」

「なんでだよ」

「わたし厳しいわよ。

 アツマくん相手だったら、特にね…」

「いやこわいからふつうに」

 

「でもあすかちゃん、すごいと思う。

 自分からギターはじめるって言い出して、誰の手も借りずに練習してきたんだもん」

「それはそうだな」

「もっとほめてあげてよ。お兄さんとして」

「いっぱいほめてやるよ。

 ライブのあとで。

 うまくできても、できなくっても。

 いっぱいいっぱい、ほめてやるよ」

 

× × ×

 

「今日はおれたちの他には誰か観に行くの?」

「アカちゃんとハルくん」

「げっ」

「あすかちゃんが招待したのよ」

「……強いな、あすかも」

 

「でも今日だけはふたりとは距離を置きましょう」

「どういうことだ? そっとしとけ、ってことか?」

「バカ! ふたりきりにさせておくのよ、

 アカちゃんとハルくんの時間を、ジャマしないようにするのっ」

 

「(しばらく考えて)

 ーーあ~、なるほどね」

 

「アカ子さんさ、

 ハルの、どこが好きになったんだろう」

「いろいろあったのよ」

「ふーん。

 ヤボな詮索はやめとくか。

 最初は、けっこうギスギスしてたような感じだったけど、あのふたり」

だからじゃないかな?

「(^_^;)……」

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたり「だけ」で行くと言ったからには、

絶対にアカ子を待たせちゃダメだ、

そう決心して、

5分前行動のさらに10分前ーーつまり約束の時刻の15分前に、待ち合わせ場所に着いて、その場から離れなかった。 

 

 

定刻の3分前に、彼女はやってきた。 

 

 

「ごめんなさい、遅れちゃったかしら」

「(やさしく)遅れてないよ。」

「(微笑んで)よかった。

 あわてていたから、腕時計も忘れてしまっていてーー時間がわからなくて、てっきり、遅れてしまったかと思って」

「大丈夫だよ」

 

『いつから待ってたの?』と彼女は言わなかったし、

おれも、『15分前にはもう来てた』なんてことは、一切、言わないでおくことにした。 

 

「じゃ、行こうか」

「ええ。」

 

× × ×

 

「お父さんがね……。

 ハルくんは、サンタさんなんだな、って」

ほぇ!?

「ちょっと、何よそのリアクション」

 

そう言いつつ、なぜかアカ子は、ごく自然な感じで、

腕を組んでくる。

 

「(照れくさくなりながら)

 おれはサンタなんかじゃないよ。

 なにもきみにプレゼントしてあげられない。

 ガキだからさ」

 

「じゃあ1年後に、2倍のプレゼントしてよ」

 

いきなり、腕を組んだまま、

アカ子が走り出した。

 

「お、おいなんだよぉ、危ないだろ」

急ぐわよ!

「ーーったく、もう。」

 

転ばないように、

アカ子と一緒に、

駆け出していく。

 

引っぱられながらも、

置いていかれないように、

いつかは、彼女を自分から引っぱっていけるように。 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーここまで来た。

あとは、精一杯演(や)るだけ。 

 

 

奈美「もうそろそろだよ。

 

 あすか、緊張してる?」

 

わたし「そんなに」

奈美「ウソでしょ」

わたし「    」

 

ちひろ「うん、緊張してないわけないよw

『はじめて』、なんだもん」

わたし「    」

 

(わたしの背中をボーンと叩く奈美)

 

わたし「わっ

 

奈美「どう? ビックリしたでしょw」

わたし「もう……」

奈美「わたしなりの、プレッシャーが抜けるおまじない。」

 

レイ「失敗してあたり前なんだから!

 それをこわがっちゃダメ、あすか。

 

 ーーーそれに、あ、あすかは、大事なことをあたしに教えてくれたし」

わたし「何を?」

レイ「ーーーー」

わたし「なんでテレくさそうにしてんのよw」

 

わたし「ね、手を重ねて『よっしゃいくぞー!』とか、やらないの? 本番前に」

レイ「アイドルじゃあるまいし」

ちひろ「拳(こぶし)をーー合わせるのは、どうかな」

わたし「拳(こぶし)って、こう、ギューってげんこつ作って、ゴツン、って?」

ちひろ「そう」

奈美「いいねぇ!」

ちひろ「ーー握りこぶしって、人を殴るためじゃなくって、本来、そうするときのためにあるんじゃないかな」

わたし「なにこんなときに社会風刺してんのw」

奈美「www」

レイ「www」

 

 

× × ×

 

スタンバイおねがいしまーす!!

 

× × ×

 

 

 

ーー、

ついに、ステージに立った。

学芸会とは、わけが違う。

本気でいくから。

見ていて、

お兄ちゃん、おねーさん、

ハルさん、

アカ子さん。 

 

 

奈美「あすか、MC」

わたし「あ、すみません。

 ド忘れしてました。」

 

(あたたかに拡がる笑い声)

 

わたし「えーっと、

 今年は、いろいろなことがありました。

 

 ほんとうに、いろいろなーー。

 

 わたしに、そしてわたしたち4人に影響を与えてくれた、いろいろな人たちみんなに向けて、この音楽をプレゼントします」

 

(拍手)

 

わたし「じゃあ奈美、曲紹介を」

奈美「はい。

 スリーピースじゃないけど、トライセラトップスやります。

 聴いてください。

Raspberry』」

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

不完全燃焼じゃなくって、

よかった。

 

でもーー、燃え尽きたその先が、

はじまりなんだ。 

 

 

 

「よぉ」

「お兄ちゃんなんでいるの?

 関係者じゃないでしょ」

「『家族』は関係者じゃないのか?」

「う」

「あすかーー、

 よかったよ、

 よかった、おまえのギター。

 

 つかみ取ったんだな、

 おれには真似のできないものを。

 

「お兄ちゃん……!」

 

 

「ありがとう」のしるしに、

お兄ちゃんを、

今度は笑顏で、

力の限り、

抱きしめる。