あのあと、帰りぎわに、葉山先輩がこう言ってくれた。
『羽田さんの読書が、 また軌道に乗り始めたらさ、
ふたりでいっしょに本を読もうよ。
ね?w』
わたしは、なんていい先輩を持っているんだろう。
神さまに感謝したい。
× × ×
それでも。
思うように読書できないのを分かっていても、本のあるところに、自然に足は向かってしまう。
学校から帰る途中、公立図書館の入り口にふわふわと吸い込まれていった。
そしたら、新刊コーナーに、こんな本が並べてあった。
ベイスターズファンというつながりもあったし、保坂和志は苦手な作家ではなかった。
なによりも、『読書実録』 という書名が、読書にもがき苦しんでいるわたしの眼をひいた。
藁(わら)にもすがる思いで、わたしは保坂の本を手に取り、閲覧室で読み始めた。
かろうじて最初の章を読み終えることができたわたしは、ふらつく足どりでコピー機のあるコーナーまでたどり着き、必要な部分をコピーした。
戸部邸
「ねえ、アツマくん、ちょっとわたしの話を聴いて」
「ちょっと、じゃなくて、なんでも話していいんだぞ。
そのために早く大学から帰ってるようなもんなんだから」
「(-_-;)そう……」
「大げさ、って言わないんだなw」
「(^_^;)大げさじゃないと思うよ。
うれしい、わたしのこと、気づかってくれて」
「本に関する話なんだけど…」
「おい、本読むのつらいんじゃないのか」
「つらいよ。でも、読んじゃったの…」
わたしは事(こと)のいきさつをかいつまんで話した。
「吉増剛造っていう詩人、知ってる?」
「知らない」
「(-_-;)アツマくん、もっと勉強して……」
「吉増剛造が、最近、筆写ーー本の書き写しをしている。
そのことを知った保坂和志は、吉増剛造に触発されて、自分も書き写しを始めた。
最初の部分しか読めてないから、うまく説明はできないけど、そういうことが書いてあったと思う。
巻末に、保坂が書き写した本のリストが載ってたけど、それらの本がそのまま引用文献であり、参考文献なのね」
「で、おまえはなにがいいたいんだ」
「わたしも本の書き写しがしたいの」
「マジかよ」
「ピアノを弾くことも、料理を作ることも、手仕事じゃない?
だったら、ものを書くことだって、手仕事であるべきで、
たぶん…たぶん、読むことも、手仕事だから」
「書くことと読むことは、同じことなのか」
「そこは表裏一体と言って。
そ、それで…それでね、
ど、読書の、リハビリ? も兼ねて、筆写を…書き写しをしようと、
まーそういうわけで、
そうしないと、わたし読書に戻ってこられない気がする……」
「ずいぶん荒療治(あらりょうじ)だな」
「わかってる」
「本をまるまる書き写すんだろ。
すげーからだに負担がかかるじゃねーかっ。
自分の腕を痛めつけて、それが特効薬になるのかっ?」
「筆写は自分で自分を痛めつける行為じゃないよ、言いすぎ」
「重苦しく考えるな、愛」
「だってこうでもしないと解決にならないよ。
アツマくんは、わたしの読書リハビリに反対なの!?」
「おまえがやろうと思ってるのは、リハビリにならない。
火に油を注ぐ」
「…どうしてよっ」
思わず、彼から、アツマくんから眼をそらしてしまう。
「愛、命令だ」
「さ、指図しないで」
「いいから聴けっ!
おまえが書き写しで読書リハビリするのを禁止する」
「どうしてよ、どうしてよ、どうしてアツマくん」
「だからよく聴けって!!
お、ま、え、が、書き写すのを禁止するって言ってんだよっ」
「どどどどういうこと」
「おれがおまえの本を書き写す」
「…(゚Д゚;)はぃい!?」
「おまえが本を書き写す代わりに、おれがおまえの書き写してほしい本を書き写してやる」
「(゚Д゚;)それが…なんになるの。
無駄骨もいいとこじゃない」
「愛よ、わかってないなあw
おれは、無駄骨とか無意味とか、そういうの、ちょっと嫌いなんだ」
「(・_・;)……、
本気?」
でもーー、
アツマくんに、
アツマくんについていけば、
なんとかなる気がして。
だから、
アツマくんは、
口から出まかせを言ってるんじゃないって、
信じられる。
アツマくんなら。