夕方の戸部邸
わたし葉山。
羽田さんに頼まれて、お邸(やしき) までやって来た。
「こんにちは羽田さん」
「こんにちは、葉山先輩。
わざわざここまで来させてすみません」
「いいのよ。
適度に外には出たいし」
「疲れませんでしたか?」
「平気だよw」
「お茶でも飲んでしばらく休憩しませんか」
「うん、
気をつかってくれて、嬉しい。
でも、
羽田さんーー、
あなたのほうが、いまは、わたしより疲れてそう。」
「(シュンとして)……」
「持ってる本を、譲ってくれるんだよね。」
(こくん、とうなずく)
「じゃあ、羽田さん、あなたの部屋に行かせて」
「お茶はーー」
「まず、あなたの事情を、部屋で聴かせてもらうのが先」
「(しょんぼりと)……」
× × ×
羽田さんの部屋
「すごい積ん読だね」
「(弱々しく)読めずに積まれていくばかりです…」
「(羽田さんの顔をきちんとまっすぐ見て)
どうして本を譲る気になったの?」
「だ、『断捨離』じゃないけど、思い切って片(かた)しちゃおうと思って」
「違うな。」
「(困り顔で)えっ…」
「もっと根本的な問題があるのね。
絶対そう」
「どうしてわかるんですか」
「本棚を見るのもつらいんでしょう」
「どうして、どうしてわかったんですか!?」
「あなたの電話の声、なにかを決心したような口ぶりだった。
読書がつらいだけじゃない、
『本』というものの存在自体が、あなたにとって、苦痛になってきてる。
寺山修司は、『書を捨てよ町へ出よう』って言ってるけど、
羽田さん、あなた、本棚ごと投げ捨てたいんじゃないの?」
「べつにっ、そこまで極端になってないです、わたし」
「たとえ話よ。
でもーー羽田さん、あなたは、あんなに好きだった読書することを、辞めてしまいたいぐらいに、追い詰められているのね」
(うつむき続ける羽田さん)
「けれど、羽田さん、その決心はーーまちがってると思う」
「そんなっ、読書を辞めてしまうなんて、決心も覚悟も、そんなものなくって」
「じゃあなんでわたしに電話したの、ここまで呼んだの」
「(おびえ気味に)怒ってるんですか…」
「…ちがうよ。」
「羽田さん…ベッド、座らせてもらうね」
(羽田さんの隣に腰掛けるわたし)
「ねえ、羽田さん」
「な、な、なんですか」
「抱いてもいい?
抱きしめても」
次の瞬間、
羽田さんのからだを、
そっと、
やさしく、
ふわっ、と、
包み込んであげる。
「先輩…恥ずかしいです」
「あーら。
あなたがわたしの卒業式の前夜にしてくれたのと、同じことやろうとしてるんだよ」
「せんぱい……」
「なーにっ」
「……つらいです」
「わかるよ。
わたしも、いろいろつらいし、
いろいろ、疲れてる。
いまはーーわたしがあなたを、いたわってあげる番。
…よしよし。
つらいね。
つらいよね。
しょうがないよ、
泣くのも。
わたしだって、泣き虫だし。
いっしょに泣いてあげようか。」
× × ×
「落ち着いた?」
「だいぶ」
「戸部くんがさ」
「アツマくんが?」
「戸部くんが帰ってきたら、ちゃんと言うんだよ、
つらいってこと」
「う、うまく説明できるかな」
「いいじゃん、『つらい』って、ひとことだけ言えば。
きっと、やさしくしてくれるよ、わたしよりも、もっと」
「(本棚を少し眺めて、)ねえ、わたしあの本好きだった。
あの本も。
あれもw
ーー読んであげようか、
羽田さんに」
「読み聞かせ…ですか」
「うん! どの本がいい?
あなたが読めないんだったら、わたしが読んであげればいいじゃん」
「じゃあ、
お言葉に甘えてーー」