【愛の◯◯】愛、『村上朝日堂』を解説する

村上朝日堂 (新潮文庫)

 

「ーーそれでね、最近読み終えた本は、村上春樹の『村上朝日堂』っていうエッセイ集で、何冊もシリーズがあるんだけど、なんにもついてない『村上朝日堂』で、ってことは『初代』村上朝日堂ってことなんだけど、あ、安西水丸さんっていうひとがイラスト描いていて、もう亡くなってるんだけど、このひとの挿し絵を見てると肩の力がほわほわ~んと抜けていくのよね、アカちゃんは表紙を見て、どう思う?

 ……『村上春樹の顔が適当でかわいい』?

 あ、そう……。

 

 肩の力が抜けていく、っていうのは、イラストだけでなくって、春樹の文章もそうなの、これじつは、さやかにすすめられてお邸(やしき)の書庫から発掘して読んだのよ、さやかが言うには『ガチガチな本ばっかり読んでないで、たまにはこういう本でも読んで脱力しなさい』って、ひどいよねw

 

 え、なに、

 ずるい?

 さやかがずるいって?

 わたしにも本を選ばせてほしい?

 あ、アカちゃん、身をあんまり乗り出さないで、

 

 ……、

 い、いいから、そんなにシュンとしないでw

 

 えーと、肩の力が抜けていくのはほんとうなのよ、こう、ぽよぽよ~んって。

 わたし、村上春樹は純文学系の日本作家だと群を抜いて売れてるから、あ、いや、それだけが理由じゃないのよ、でもやっぱり売れ線の作家であることは事実でしょ、本を出せば売れるんだし、とにかく有名すぎて人気すぎるのだけが村上春樹を敬遠してる理由じゃないんだけど、しょうじきあんまし読んでないんだよね、『春樹のことあんまり知らない』って言ったら『うっそー!』って驚かれたこと、これまでに3回あったんだけどさ、わたしとしては流行に疎(うと)いのは悪いことだとは全然思ってなくて、あっでも、前にアツマくんに『第二次世界大戦後に生まれた書き手の本をあんまし読まない、というか生きてる書き手の本をあんまし読まない』って言ったら、『極端すぎねぇか!?』って若干呆れられたの、ひどいよね。

 

 ーーえーっと、それで春樹の小説はしょうじきそれほど読んでないし、もちろんエッセイは全然だったんだけど、こういうこと言うとハルキストに怒られちゃうのかもしれないけどーーもちろんわたしは彼の小説は10作程度しか読んでないわよ、それでもーーこの『村上朝日堂』は、春樹の書く小説よりも面白いと思う。

 

『面白い』って言葉、あまりにも便利すぎるよね、わたし的には春樹の小説って読んでて楽しくない部分が勝(まさ)ってしまってる、というか、春樹が肩の力入れすぎてるんじゃないか、って思っちゃうんだけど、やっぱハルキストが噛み付いてくるのかな、そういやたしか春樹は小説家がエッセイを書くことに対してネガティブな見方をしていたように思うけど、いつごろから春樹はそう思うようになったんだっけアカちゃん知らない? ごめん無茶振りだったね、蜜柑ちゃんがローズヒップティー入れてくれたし、少し落ち着こうね。

 でもさ、そうはいっても春樹は断続的にエッセイ出してる気がするんだけど、もちろんもちろん読んでないから大それたことは言えないわね、春樹のエッセイを読むのは、これが初めてーー楽しかった。『面白い』って言葉を使わないならば。80年代前半に『日刊アルバイトニュース』っていう求人雑誌に連載していたエッセイが元(もと)らしいんだけど、当時の彼、たぶん楽しんで書いてたんだと思う、これを。それともやっぱり『雑文である』という意識のほうが大きくて、『おれは本業は小説家なんだぞ、がおー』って思いながらエッセイ書いてたのかな、ちょっと茶化しすぎちゃったけど、ね。でも、わたしだけは、春樹はこれを楽しんで書いていたと思うわ、楽しかった、楽しかったし、癒やされたーーヘンな表現なのは、じぶんでもわかってる。それでも、春樹にしか、エッセイストとしての彼にしか出せない『色』があってーー、ほかの書き手がエッセイ書こうとしても、ぜったいにこういうふうにはならないんじゃないかしら。

 

 どのエッセイが面白かったか?

 

 まず『僕の出会った有名人(4) 山口昌弘くん』(130ページ)。山口昌弘くんっていうのは、春樹が作家になる前に国分寺でやってたジャズ喫茶のアルバイトをしてた人なんだけど、久しぶりに連絡を取ったら、『日刊アルバイトニュース』、そう、これのエッセイが連載されていた雑誌の、『日刊アルバイトニュース』のテレビコマーシャルを作っていると言うではないか…といったおはなし。その山口昌弘さんが作ってる『日刊アルバイトニュース』のテレビCMの説明がおもしろくて、わたししばらく読んでから笑いが止まらなくなっちゃった。ところで、国分寺ってわりと近所だよね、どうでもいいけど。

 

 もうひとつ、『本の話(3) つけで本を買うことについて』(136ページ)。春樹って子どものころ近所の本屋さんでツケで本買ってたんだって! アカちゃん、もしかしてカード持ってる? ……あー、持ってないか、わたしもだけど。でもカードで本買うのと同じ理屈でしょ? 図書カードとはわけが違うし。親の黙許で活字の本が買い放題ってうらやましいにもほどがあるでしょ? べつに春樹みたいな家庭環境で育ちたかったわけじゃないわ。わたしはじぶんの家族と戸部邸のみんなが最高っ! って思ってるし、でももう少し親離れしたほうがいいのかなあ。『とくにお父さんね』って? ヤダーひどいなーアカちゃんww 

 ーーわたしは、お父さんに買ってもらった本を大切にしているし、ずっとずっと大切にするって、自分自身に約束してるけど。要するにうらやましい、というより、子ども時代の春樹に『嫉妬』してるのかな? ーーえ?! 『アツマさんに本を買ってもらったことは?』って?! どうしてそういうこと訊くの、アカちゃん…!

 

 

 

× × ×

「ずいぶんくっちゃべっちゃったね。

 疲れた?

 ごめんねアカちゃん。」

 

「………」

 

「(^_^;)あ、アカちゃ~ん?

 ひたすらお庭の入口のほう眺めてるけど、子猫でも侵入してきた?」

 

「……。

 村上ハルくん

 

「Σ(^_^;)」

 

 

 

村上朝日堂 (新潮文庫)

村上朝日堂 (新潮文庫)