アカ子邸
夕方
バスルーム
わたしの部屋の近くにバスルームがある。
おととい、取り乱して、
『アロマ入浴剤の入ったお風呂に入って癒されたい、気持ちを鎮(しず)めたい』と思っていたら、
ちゃっかり蜜柑が、わたしのぶんのアロマ入浴剤を買っておいてくれた。
bakhtin19880823.hatenadiary.jp
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ポチャン…と入浴剤を入れてみるわたし。
「こんなものかしら」
学校から帰宅したわたしは、制服を着たままバスルームに直行していた。
5月も中旬になり、気温が上がっている。
帰ったらまず、汗を流したかった。
『夏服を来ていけばよかった』と思いながら、上の制服を脱ぎ、スカートのファスナーを下ろす。
……湿っていて、気持ちよくなかったので、思わず乱暴な外しかたをして、ブラジャーを洗濯機に放り込んだ。
× × ×
おととい、ショッピングモールで、
いろいろなことがあったから、
きのうはなんにも手につかず、
きょうは授業も半分うわの空だった。
湯船につかると、
自分というものが自分の内部から生まれ変わっていくような感じがする。
いいお湯加減。
入浴剤の効き目を感じる。
思わず身をうしろにそらしたから、
髪が少し湯船に入ってしまって、
それはそれで気持ちよかった。
「は〜〜〜っ」
『お嬢さま〜、きこえてますよ〜♪』
💢
「うるさい! 用事が済んだらはやく出てって!」
<ガサッ
「(思わず湯船から身を乗り出して)ちょ、ちょっと、なにこっちのほうに近づいてるの蜜柑!?」
着替えに触ってる!?
蜜柑は手グセが悪いから……。
前にもこういうことがあった。
「わたしの着替えの服見てなにたくらんでるの!?
ヘンタイ!!」
『ーーこんなブラジャー、アカ子さん持ってましたっけw』
「変態!! お嫁に行けない呪いかけてやる」
『えらくしっかりしたワイヤーですねえ。
成長しましたね〜w あなたも』
「無神経!! 無神経蜜柑」
『これでワイヤー入りブラも4枚目ですか〜!ww』
問答無用で、
わたしは脱衣所兼洗面所にいる蜜柑にお湯をぶっかけた。
× × ×
『ヤレヤレ…』
「何がヤレヤレよ、この変態メイド💢」
『ハルくんって魅力的ですよねー。
なんか、輝いてる感じして』
湯船で思わずわたしはからだを丸くする。
『ひたむきな感じがする。サッカー部ですよね? サッカーひとすじ、っていうかーー』
「ハルくんは…ハルくんは、グラウンドを全速力で走って、ボールを追いかけることだけを…そのことだけを考えてるから」
『サッカー命w』
「サッカーが好きというより、もっと踏み込んでいえば、『サッカーする』ことが好きなの。
『サッカーする』ことに、高校生活を賭けているんだと思う……」
『この前もレインコート着て走ってここまで来たらしいですねえ』
「走って、走って、…走ってるハルくんの先には、見えないはずのサッカーボールが見えてる。
わたし、好きなことがオンリーワンっていう人、好きよ」
『……』
「好きなことがひとつしかないと、好きなものに裏切られたときの失望が大きすぎる、
だから好きなことは複数持っておきなさい、って、世の中の一般論みたいになってるでしょ。
でもーー、
『じゃあ、好きなことをいくつも持ちなさい、好きなことがひとつだけだときっと後悔する、そうあなたは言うけれど、例えばーー、
あなたの愛するひとは、たったひとりじゃないんですか?
同時に何人ものひとを愛するなんて、わたしにはできない』
そういう半ば一般論を言っている人に、わたしはこう言ってやりたい、かな」
『…好きな人に裏切られたらどうするんですか』
「裏切られないようにするのよ」
『どうやって?』
「わたしはわたしを裏切らないし、わたしが好きな人も裏切らない。
そしてわたしは、わたしが好きな人をひたすら信じているわ、
信じてたら、きっと裏切られないし、たとえ裏切られたとしても、わたし、心からその人を信じてるから、裏切られるの、なんにも怖くない」
『わかったような、わからないような…w』
「レトリック、ってやつよ。
(ポツリと)わたし、ハルくんを信じるわ」